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少女は人の前に立つことで、その才能を発揮する。


 エリス達が魔法都市の門を出てから、すでに半刻ほどが経過していた。


 森の中にある古代魔法遺跡。

 そこに向かうために、森の中をひたすら歩いていく。


 先頭を行くハールは、時折立ち止まっては周囲の様子を確かめ、また歩き出す。

 その背中は、戦士としての訓練が行き届いていることを示していた。


《なかなか悪くない観察眼だ。無駄な動きが少ない》


 魔王がエリスの心に呟く。

 珍しく褒めているようだったが、その口調は相変わらず尊大だ。


 一行が小川にかかった古びた石橋を渡った時、サリーアが突然足を止めた。


「あ、ちょっと待ってください」


 彼女は道端の茂みにしゃがみ込み、注意深く草の形を確かめている。


 やがて「あった!」と嬉しそうな声を上げて、小さな草を数本引き抜いた。


「それは何だ?」


 ハールが振り返って尋ねる。

 サリーアは少し照れくさそうに、摘んだ草を見せた。


「これは『月見草』と言って、すり潰してからとある薬品と調合すると、特殊な香りを放ちます。その香りは、魔力に対して影響を及ぼすとか」


「へえ、ちなみにとんな影響?」


「調合する薬品によって様々です。リラックスして魔力を高めたい時に使うこともできますし、逆に魔法の効果を弱める時にも使えます。……香りが空気に分散してしまうため、対して効果が見込めないのが辛いところですが」


「あっ、聞いたことある! なんか魔獣がウヨウヨいる場所を歩く際に、大量の月見草を使って襲われることを防いだとか。すごい香りらしいね」


 そういえば、とアーシャが楽しげに話すのを見て、サリーアは頷きながら微笑む。

 そして念の為、ということで出来る限り摘んだ草を大事そうに薬草袋に仕舞い込んだ。



◇ ◇ ◇ ◇



 再び歩き出すと、またまたサリーアは目を見開いた。


「むむっ! これは火薬の原料にもなる『焔花』! あちらには傷薬の原料になる『碧の実』が! こ、こんな貴重なものが大量にあるだなんて……!」


「学院がこの道を禁足地としていたおかげで、人の気配が全くなかったからでしょうか? 遺跡の力がなんらかの影響を与えていたりするのかもしれませんね」


 フレイの言葉に出てきた“禁足地”という単語がエリスは気になるが、興奮しながら次々と草花や実を摘むサリーアの姿に、その考え事は吹き飛んでしまう。


 そしてサリーアにお供しながら薬草を摘んでいき、余裕のある道具袋一杯に詰め込んだ。

 

「火薬の原料ってことは、火に焚べるとなんらかの反応が起きるってことか?」


 ハールがふと質問すると、御名答!と言わんばかりに目を輝かせて、サリーアは答えた。


「その通りです! 火に焚べた途端、強力な爆発を起こします! 取り扱いには十分注意が必要ですが、擦り潰さないとそもそも反応を起こさないので、使用する時以外は限りなく事故は少ないです!」


「爆発……なら何かあった時には私の魔法の補助として使わせてもらおっかな?」


「勿論です! 適当にすり潰すだけじゃ反応が鈍いままですので、少々技術が必要となります。……ですが私、そういったところも得意ですので!」


 アーシャの提案にサリーアは喜びながら返す。


《なかなか優秀な薬師のようだ。知識も豊富、実践的な判断もできる。回復・補助役としては申し分ない》


 魔王の評価は、先ほどよりも少しだけ優しくなっていた。



◇ ◇ ◇


 

 再び歩き出した後、開けた場所に出ると、エリスの第六感が突然鋭く反応した。


「――止まってください」

 

 緊迫感を含めた声を出しながら、エリスは無意識に背中の棒を抜き、構えた。

 その動きは誰よりも早く、他の者は未だ状況を掴めていない。


「エリスさん……?」


 すぐ後ろを歩いていたサリーアが、驚いたように声を上げる。


「前方の茂みの中に、何かいます」


 エリスの声は冷静だった。

 しかし、その目は獲物を見据えるように鋭く細められている。


「数は……三匹。狼のような中型の魔獣です。体勢を低くして、こちらの様子を伺っているようですね」


 エリスの言葉が終わるか終わらないかのうちに、茂みが揺れ、三匹の黒色の毛並みを持つ魔獣が飛び出してきた。


 赤く光る目に、大きな敵意が見受けられる。


「……来るぞ!」


 ハールが叫び、前に出る。

 アーシャとフレイも戦闘態勢に入った。


 エリスはサリーアを守るように、棒を構えたまま一歩後ろに下がる。

 

 その役割は護衛。

 前線に立つことよりも、後方の安全を確保することが優先されるからだ。


「雑魚が調子に乗るな!」

 

 一匹目の魔獣が鋭い爪を振りかざして飛びかかるが、ハールが剣で弾いた。

 魔獣は吹き飛び、体勢を立て直す。


 しかし――


「受けなさいっ!」

 

 その隙を狙い、アーシャの手から灼熱の火球が放たれる。


「ギャアアアッ!!」

 

 火球は魔獣の目前で炸裂し、その身が炎に包まれた。


 二匹目が別の方向から襲いかかろうとしているのを、フレイが先手で封じた。


「まだ先は長い。……節約せねばっ!」


 フレイが片手を振り下ろすと、同時に水の刃が魔獣を切断した。

 絶叫すらできずに、裂かれたその存在は地面に崩れ落ちた。


 三匹目は、二匹の末路に恐れ慄きながらも、唸りながら威嚇をしている。


「トドメだ!」

 

 ハールの身体が淡く光り、その動きを俊敏にする。

 肉体強化の魔法なのだろう。


 ハールの剣が魔獣を横薙ぎにすると、絶叫と共にその身体が大きく弾け飛んだ。


 

 三匹の魔獣は、みるみるうちに紫煙と化して消えていく。


 ほんの数十秒の戦いであった。


 

 戦闘が終わると、エリスは棒を下ろし、サリーアに振り返った。


「大丈夫でしたか?」


「は、はい……エリスさん、ありがとうございます」


「私は何ともありません。サリーアさんが無事で何よりです」


 エリスは微笑んで、棒を背中に戻した。


《お前の感知は相変わらず正確だな。数も、位置も、相手の動きも――誰よりも早く、正確に捉えていた》


 魔王の声には、感心の色が混じっていた。


《それに、戦闘では一歩引いていたな。護衛としての役割を優先したか。悪くない判断だ》


(ありがとうございます。でも、ハールさんたちが強かったから、私の出番はありませんでしたね)


《だが気を抜くな。もし数がもう少し多ければ、あるいは強い個体が混ざっていれば、対応は難しかった。あらゆる想定外の状況を常に頭に入れておけ》

 

 魔王の微かな懸念が混じる声にエリスは黙って頷いた。



「エリスってば本当にすごい! 私たちよりも先に気づくなんて!」


 アーシャが感心したように言う。エリスは首を振った。


「いえ、たまたまです。風の音で、何となく……」


「謙遜するなって! まだ先は長いし、魔獣の襲撃もきっとある。頼りにしてるぜ、エリス!」


「わわっ!」

 

 ハールにどんと背中を小突かれ、エリスは短い悲鳴と共に狼狽える。


 しかし、それが友好の証だとすぐに理解し、お互い微笑んだ。

 



◇ ◇ ◇ ◇




「――あの木の側とさらにその奥側の草むら。五匹ほど潜んでいますね」


 エリスが少し距離のある場所を耳打ちし、魔獣の存在を一向に警告する。

 すると、ハールは不敵な笑みを浮かべた。


「流石だな……っと!」


 魔力によって筋力を増強し、ナイフを投擲するとエリスの指差した場所へ正確に突き刺さる。


「グギャアアアッ!!」


 痛みに悶えながら転がり出てきたのを、ハールは次々と叩き潰す。

 そして、安全を確保すると再び一行は歩き出す。


「貴女のおかげで温存できるよ。本当にありがとう」


 フレイの礼の言葉に、エリスは照れながらそれほどでもないと謙遜する。

 

 いつの間にかエリスは最前列に配置され、他の者がその後ろを歩いていた。

 その第六感の強力さを、エリスを除く全員が信頼したからだ。


「それにしてもすっごい特技だね……よし、これから先も頼むよエリス!」


 アーシャが笑顔でエリスと腕を組みながら歩く。

 突然のスキンシップに驚きながらも、受け入れる。

 



 魔王は思う。


 やはりこの娘は、人の上に立つ天性の才能を持っている。


 勇者であった時も、今も、他者への共感を誰よりも強く望んでいて、それが他者とのやり取りの何気ない瞬間に現れ、その心を掴む。


 それは、人を導き、束ね、勝利へと導く資質だ。

 

 この娘は、誰かのためにこそ、真の輝きを放つ。

 誰かを守り、誰かを生かし、誰かを勝たせる。


 それがエリスという存在の、最も本質的な力なのだろう。


 ――悲しいことに、本人はそれを望んではいないが。



(皆を導け、エリス。そして、この旅を無事に終えるのだ)



 魔王はエリスの肩上で、期待を込めながら尻尾を優雅に揺らすのであった。

 


 


 

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