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古代魔法遺跡への導

「エリス! おはよう!」


「はい、おはようございます」

 

 ミリアの寮で迎えた朝。

 一つのベッドで一緒に寝るのは流石に狭かったのか、少し身体が痛む二人。


 しかし、昨夜の夜遅くまで続いていた楽しい語らいの余韻がそのまま残っており、二人は顔を見合わせ、微笑んだ。





◇ ◇ ◇ ◇




「それでね、私が今調査してるのはとある貴族の――」


 簡素な朝食をミリアと共にしながら団欒をしていると、机の上でパンを齧っていた黒猫が、突然ぴくりと耳を立てた。


《……エリス》


 魔王の声は、いつもの尊大さとは違う雰囲気を帯びている。


(どうしました?)


 エリスがコップを置き、心の声で尋ねる。


 ミリアはパンをちぎりながら、マオに顔を寄せるエリスの様子を不思議そうに見ている。


《昨日、お前が勇者論の講義に参加する直前のことだ。余は学院の廊下で床下に入る方法を探していた。――その時だ》


 魔王の声に、微かな興奮が混じり始める。


《学徒達の会話が耳に入ったのだ。どうやら古代魔法遺跡の調査が行われるらしい、と。学院でもまだ解明できていない、由緒正しい遺跡だとか》


(……それがどうかしたんですか?)


 いまいち理解できていないエリスに、魔王は額を素早く殴打する。


「いたっ。もう、ダメですよ? 急にぶつなんて」


《どうかしたもなにもない! 魔法に長けた学院が未だ解明できぬ遺跡だ! これが何を意味しているかがわからないとでも言うのか!? 》


(す、すみません。いまいちピンとこなくて)


《お前というやつは……ふん。お前の魔法が使えない、というのも解消できる機会になるかもしれぬというのに》


 その言葉に、エリスの心臓がドクンと跳ねる。


 魔法が使えるようになるかもしれない。


 エリスのコンプレックスとも言えるそれが解消できる可能性がある。


 それは、甘美な誘惑でもあった。


「ど、どうしたのエリス? 顔色が急に……」


 ミリアが心配そうに顔を覗き込む。

 エリスは深呼吸を一つして、意を決したように口を開いた。


「あの、ミリアさん。学院で古代遺跡の調査をするって話、ご存知ですか?」


 ミリアの目が大きく見開かれた。


「えっ、なんでそれを知ってるの? 確かに最近、知り合いの学生たちがその話をしてたけど……確か報酬がすごく良いから、護衛とか手伝いを探してるって言ってたような」


《よし! 詳細を聞くのだ、エリス!》


 魔王の声が急かす。

 エリスは頷いて、さらに尋ねた。


「その調査には、外部の人も参加できるんでしょうか?」


「うーん……確か護衛を探してたから、学院の人間じゃなくても大丈夫かもしれない。ちょっと聞いてみるね!私も参加できるか――」


 ミリアはそう言って立ち上がりかけたが、ふと何かを思い出したように動きを止めた。

 

 そして、その表情が一瞬で曇った。


「あっ……」


「どうかしましたか?」


 エリスが尋ねると、ミリアは申し訳なさそうに俯く。


「そういえば私、教授から頼まれてた調べ物があるんだった……」


「調べ物、ですか?」


「うん。結構前に頼まれてたものが、どうしても近日中に終わらせないといけなくて。この前も先延ばしにしちゃってたから、今日こそやらなきゃって思ってたのに……」


 ミリアは机に突っ伏すようにして、大きなため息をついた。


「せっかくエリスと一緒に行けると思ったのに……古代遺跡なんて、滅多にないチャンスなのに……ううっ」


 机の上で両腕をバタバタさせる様子は、まさに幼い子供が駄々をこねているようだった。


 エリスは思わず苦笑する。


「ミリアさん……」


 ミリアは顔を上げて、エリスの手を握った。

 その目には、本物の悔しさが浮かんでいる。


「エリス、もし行くことになったら、後でいっぱい話聞かせてよ。約束だからね!」


「は、はい」


 エリスが戸惑いながらも頷くと、ミリアは勢いよく立ち上がった。


「よし、それじゃあ話を聞いてくる! エリスはここで待ってて!」


 そう言うと、ミリアは部屋を飛び出していった。





 

 部屋に残されたエリスは、肩の上の黒猫に小声で話しかける。


「魔王、随分と興味があるようですね」


《な、なにを言う。ただの学術的興味だ。古代の魔術や技術がどのようなものか、この目で確かめてみたいと思ったまでよ》


 エリスは思わず口元を緩めた。

 素直じゃない返事のわりに、その尻尾は嬉しそうに揺れている。

 

「へえ、そうなんですね。魔王だから、こういったものも全て理解しているものかと」


《ふん。余は現代の魔法であれば知らぬものはない。だが、古代魔法の類なら別である。そもそも古代魔法とは――》


「ちょ、ちょっと待ってください! 今教えられても全然理解が――!」


 突然興奮する形で古代魔法についての蘊蓄を語り始める魔王。


 やれ体系が違い、魔力素からの変質による現代魔法とは違うだの。

 やれ召喚術に特化したものが多いだの。

 やれ詠唱を必要とせず、陣を描くことで出力を上げることができるだの。


 兎にも角にも、息つく暇もない言葉の洪水に、エリスは狼狽えるだけだった。


「お待たせ!」


 しばらくして、ミリアが息を切らしながら戻ってくる。


「聞いてきたよ。エリス、参加できるって」


「本当ですか!」


 エリスが喜ぶ一方、ミリアは喜びと悔しさが入り混じったような顔をしている。


「うん。メンバーもエリスの参加を喜んでた。報酬もしっかり出るって」


「それは良かったです!」


「でも……何が起きるかわからない、とも伝えて欲しいといわれたんだ。それって、エリスが危険な目に遭うってことだよね?」


 ミリアは上目遣いでエリスを見上げる。

 エリスはそんなミリアの頭を、優しく撫でた。


「大丈夫。何か起きる前に逃げられる準備は整えますから。……リスクが高いので、勇者の力は使用しませんけどね」


「あっ、そうか……勇者であることが教授あたりに知られたら、それこそエリスが酷い目に遭うかもしれない……」


 調査参加者には、おそらく昨日の『勇者論』に参加していた学生もいる。


 そんな中、勇者が実は生きていた!だなんて知られたら、それこそどこまでその事実が知れ渡るかわからない。


 そもそも、ミリアを含めた、今まで勇者だと明かした者達がいまもその事実を内緒にしてくれてること。


 それ自体が奇跡と言ってもいいのである。


「約束します。必ずここに戻ってきますから」


「本当? 絶対、無事に帰ってきてね?」


 ミリアが顔を上げる。


 その目は少し潤んでいたが、エリスの言葉に少しだけ笑顔が戻った。


「勿論です。それで、帰ってきたらゆっくり話を聞いてくださいね」


「うん……わかった。じゃあ、エリス、よろしくね。それと……」


 立ち上がったミリアは、真剣な表情でエリスの目を見つめた。


「気をつけてね。遺跡には危険もいっぱいあるって聞くし。無理だけはしないで。何かあったら、すぐに逃げるんだよ。いいね?」


「はい。ありがとうございます」


 ミリアはエリスの手を強く握り、そして名残惜しそうに離した。


「じゃあ、メンバーを紹介するね。みんな良い人たちだから」


 そう言ってミリアが連れていったのは、学院の控え室だった。



 再び他者と協力して一時的な旅ができる。

 その事実に、エリスは自分の胸に手を当てた。


 湧き起こるのは、これから先、他者と協力して旅をすること。


 未知の遺跡、古代の魔術、そして新しい出会い。


 そういった、これから始まる冒険への期待が、エリスの心を子供のように弾ませていたのだった。


 

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