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『勇者論』その三 〜『永劫回帰の儀』とは何だったのか〜


 ――『永劫回帰の儀』とは何だったのか


 オルディス教授が提示した後、講堂が長い沈黙に包まれた。

 

 研究者や学徒、大衆でさえも真に正しかったか判断が分かれる儀式だったからだ。


「誰もが是非を判断できるものでない空気が、儀式そのものを禁忌とし、口にすることすら憚れるようになった。――だが、誰かがそれを総括しなければならない」


 だからこそ、議題として挙げたのだ。


 オルディスはそういいたげに微笑んだ。



 

 重い沈黙が場を支配してから少し経ってから、年長の老研究者が重い口を開いた。


「儀式の名の下に行われた、勇者の処刑でした」


 誰もが考えていたが、口にしたくなかったその言葉は、講堂に冷たく響いた。


「勇者の力という、魔王さえも凌駕した超常的な力。それが暴走する危険性を考慮すれば、一定の理解はできます。しかし、結果として国は英雄を自らの手で消したのです」


 老研究者は事実を提示するため、手帳をめくりながら続けた。


「記録によれば、勇者は処刑されるまでの間、一ヶ月以上も監獄に幽閉されていました。提供されたのは、最低限の水のみ。不死身の肉体を維持するための魔力を、枯渇させるためだけに投獄されていたのです」


 その事実を知るものは、限りなく少ない。

 貴重な書籍の、ごくひと部分にしか記載されていないことだったからだ。

 

「しかも、勇者は儀式の当日にようやく牢から出された。その時にはすでに、立つのもやっとだったという記録があります。これは明らかに人道的な扱いではありません」


 事実を初めて知った者は騒めき、すでに知っている者も内容の惨さに目を瞑った。


「それでも彼女は、最後の時を笑顔で迎えた。その精神の強さには驚嘆させられますが、それで許される話ではない」


 沈痛な雰囲気が講堂に広がり、当の本人であるエリスも深く目を瞑ってしまった。

 いくら仕方のないことだったとはいえ、その苦しみは思い出すだけで辛いものがあったからだ。


「……エリス」


 隣に座るミリアがエリスの手を優しく握る。

 知らなかったことの謝罪か、それとも同情か。


 当時を思い出したエリスの様子が、見ていられなかったのかもしれない。


 しかし、エリスにとってはただ手を握ってくれるその事実だけでありがたかったのだ。


「……すみません、ありがとうございます」


「ううん、大丈夫」

  



 続いて最前列の青年からは、理論的な意見が出た。


「建前としては勇者の力を『概念』として昇華させ、再び魔王が現れた時の切り札とする。理論上は、彼女は永遠にこの世界の護り人となった。もし、それが本当に成ったのであれば、あの儀式も否定することはできないのでは」


 しかし、その意見に別の学徒が厳しい口調で反論する。


「建前などどうでもいい! 結局は英雄を火炙りにした事実は変わらない! 実際に『概念』となったという確証もないではないか!」


「し、しかし……高位魔術師の魔法ならば不可能ではないのではないか?」


「なんだと! 貴様ぁ……!!」


 ガタン、と強く席を立った学徒が興奮のため顔を真っ赤にしている。

 今にも議論の応酬をしていた青年に掴み掛かろうという雰囲気が漂い、講堂が一気に緊張に包まれる。


 

 ――しかし、そこに澄み渡るような少女の声が響いた。

 


「あ、あの!」

 

  

 挙手した少女を見ながら、隣に座っているエリスは目を見開いた。



「み、ミリアさん……?」


 研究者や専攻の学徒と違い、勇者に関する知識も調べ物も全くしていない。

 それは、ミリアが今ここにいること自体が明らかな場違いであることを証明していた。

 それは否定できなかった。


 それでも――ミリアは口を出さずにはいられなかったのだ。

 

「私、思うんです。あの儀式をする前に、やるべきことがあったんじゃないかって」


 立ち上がり、意見を提示した少女に講堂の視線が一斉に向く。


「勇者の力を『概念』として残すことが目的なら、もっと別の方法があったはずです。監獄に閉じ込めて一ヶ月以上も苦しめて、そして火炙りにするよりも出来ることがあったんじゃないか、と」


 先ほどの最前列の青年が反論する。


「しかし、魔力を枯渇させ、力を完全に封じるにはそれしか方法はなかった。記録にもそうある」


 しかし、ミリアは食い下がる。


「それでもです。あの時、勇者は最後まで笑顔でした。誰も恨まず、誰も憎まず、ただ静かに受け入れた。それを聞いて私は思ったんです」


 ミリアは緊張のせいか、汗が滴り、動悸のせいで胸が痛む。

 しかし、胸に手を当て、ギュッと握ることで耐え、深呼吸をしながら言い放った。 


「――勇者は自分が殺されることを最初からわかっていて、陛下や側近は、その勇者の優しさを利用したのではないかって」


「……!」


 エリスが息を呑み、場は騒然とした。

 陛下への侮辱にも近いその言葉は、思っていても口に出してはいけない禁忌のもの。


 あくまで議論のための言説とはいえ、危険極まりないものであることは間違いなかった。

 

「想像にしては悪く捉えすぎている。当時の状況を冷静に分析すべきだ」


 中段から冷ややかな声が上がるが、負けじとミリアは声を強める。


「だって、勇者の優しさと自己犠牲心の強さは誰もがわかっていたはず! 抵抗する道だってあったはずなのに、彼女はそれを選ばなかった。それは絶対、彼女の優しさでしょう!?」


 興奮で言葉が荒くなるミリアに、嗜めるように別の学徒が口を挟んだ。


「――勇者は自ら儀式を受け入れた。ならば、それでいいではないか」


「いいえ、よくありません! あの日、広場にいた多くの人は、勇者が火炙りにされるのをただ見ているだけでした。……私もその場にいたら、きっとそうしたし、何もできなかったはず」


「し……しかしだな……」


 ミリアは顔を真っ赤にしながら、今にも泣きそうな悲痛の表情を浮かべている。

 その勢いに、嗜めた学徒は狼狽えてしまう。


「でも、それじゃいけなかった。もしまた同じようなことが起きたとしても、同じように英雄を火炙りにするのでしょうか? ……そんなこと、絶対に間違っている! 声を上げなければいけません!」


 叫ぶように自分の意見を提示し、息切れを起こすミリア。

 最後は思い切り深呼吸をした後に、意見を締めた。


「――それが、勇者の犠牲を無駄にしないってことなんじゃないでしょうか」


 そう言ってミリアが着席し、深く息を吐いた。



「ごめんね、私、言わずにはいられなかった」


 

 あまりにも興奮したせいか、その手は少しだけ震えていた。

 隣にいるエリスはその手をギュッと握り、微笑む。


 ――ありがとう、私のために意見を提示してくれて。


 そう言っているかのような、慈しむような笑顔にミリアは涙が出そうになり、なんとか堪えた。


 震える背中をエリスは摩り、落ち着くまでずっとそのままにしていた。






 講堂内はしばらくの沈黙が覆った。


 そして、しばらくした後、オルディス教授が言った。


「他にできることがあったのではないか。勇者が儀式を受け入れたから、それでいい。どちらも間違いではない」


 両側の意見をも肯定する教授は、深く頷きながら若き学徒の意見に感銘を受けていた。


「儀式の是非は、当事者の納得によるものだとしても、だからこそ問わなければならない。どうしてそう判断したのかを。その妥当性を。……だから問わせてもらおう、第四の議題を」



 次に提示する議題は、『永劫回帰の儀』を論ずる上で、避けては通れないものであった。




「第四の議題――『陛下の決断は間違っていたのか』」




 それは、ミリアの言葉をさらに追求するものだった。



“勇者を火炙りにする前に、出来ることがあったんじゃないか“




 その意見が、場にいるすべての人間に駆け巡った。


 

 それは、誰もが目を逸らし、考えようともしなかったこと。


 

 ――当事者である陛下ですら、おそらくそうだっただろうから。


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