『勇者論』その二 〜魔王とは何だったのか〜
第二の議題――『魔王とは何だったのか』
始まるや否や、講堂の空気はさらに熱を帯びた。
先程までの勇者論とは異なり、魔王という存在に正面から向き合うことへの戸惑い。
そして、それ以上に秘められた好奇心が混ざり合っていた。
最初の意見は、最も単純明快だった。
「『完全なる悪』だ。人間を恐怖に陥れ、数多の命を奪った。それ以上でも以下でもない」
最初に手を上げた学徒が、きっぱりと言い放つ。
その口調には、一切の妥協が感じられなかった。
しかし、すぐに別の声が上がる。
「単なる悪では説明できない。魔王は『武人』だった。勇者との一騎打ちを受け入れ、卑怯な真似を一切しなかった。それは魔王という存在の一面として、無視できない事実だ」
《ほう? 人間のくせに、見どころがあるではないか》
魔王の声に、僅かな満足が混じる。
武人としての誇りが、他者に評価されることに悪い気はしないらしい。
そして、正反対の評価軸を持つ人間の、議論の応酬が始まった。
「魔王を称えるつもりか!」
「称えているのではない。敵を知ることもまた、勇者を正しく理解することにつながる。魔王が武人であったからこそ、勇者は正面から挑めたのだ。もし魔王が卑怯な手を使っていれば、あの戦いはもっと長引き、被害は拡大していただろう」
「それは結果論だ! 魔王が武人であろうがなかろうが、引き起こした惨劇の数々は変わらない!」
「しかし、だからこそ議論する意味がある! 魔王という存在の本質を理解しなければ、次に同じような脅威が現れた時、我々はまた無力になるだけだ!」
「――そこまで」
白熱する応酬に、オルディス教授の横槍が入った。
「ふむ、直情的ではあるがはっきりとした評価を持っている者、一方、冷静ではあり、客観的に物事を評価するが、結果だけを見て語る側面を持ってしまっている者。――どちらも正しい」
耳にするだけで落ち着いていくような声に、昂っていた感情も静まっていく。
二人は深呼吸をし、相手に礼をすると、ゆっくりと着席した。
「他に意見はないか?」
その声に、中段にいた眼鏡をかけた少女が手を上げた。
「魔王は『鏡』だったという意見があります。魔王の存在があったからこそ、人間は団結した。魔王という共通の敵がいなければ、我々はおそらく別の争いをしていた。魔王は人間の結束を生み出したという点で、皮肉にも平和の一因となった」
「なんだと!?」
別の学徒が、怒りの声を張り上げた。
「平和の一因? ふざけるな! 魔王が生み出したのは恐怖と絶望だ! たまたま人間がそれに抗ったからといって、魔王に平和の一端があるなどと言うのは、あまりに冒涜的だ!」
別の学徒が口を挟む。
「ならば、魔王は『災害』だと? 竜巻や地震と同じで、そこに意思や美学を読み取る必要はなく、たまたま勇者という防波堤で防がれただけだと言いたいのか?」
学者風の男が反論する。
「いや、魔王には明確な意思があった。配下を率い、人間を支配しようとした。それは災害ではない。『敵』だ。単純明快であり、それ以上でも以下でもない」
魔王はその意見に思うところがあったのか、眉間に皺を寄せた。
《……率いたわけではなく、勝手についてきただけだがな》
(そういえば言ってましたね。一部を除き、野放しもいいとこだった、と)
言っていたのは、確かこの旅を始めた初期の話だった。
今では懐かしい旅の始まりの当時を思い出し、エリスに懐かしい感情が芽生える。
「……私は『秩序の破壊者』だと思っています」
中段の別の学徒が手を上げ、意見を提示した。
「魔王の目的は混沌を生み出すことそのものでした。“負の感情“を糧とする以上、平和は彼の存在意義を損なうと思われますから。……だからこそ、彼は我々の永遠の敵たり得たのです」
「だが、その『秩序の破壊者』が、なぜ自ら危険を冒してまで勇者との一騎打ちに応じたのだ?」
最前列の青年が冷静に反論する。
「混沌を望むなら、勇者が快進撃を続けていたの感知した直後、逃げることも、罠を仕掛けることもできた。しかし魔王は正面から向き合った。そこには――何か別のものがある」
《ふむ。なかなか面白いことを言うではないか》
魔王は再び己を評価する意見に悪くない、と頷き、さらに興味深げになる。
「魔王は『孤独な存在』だったのではないでしょうか」
最前列で黙って聞いていた青年が、ゆっくりと口を開く。
その声は静かだが、不思議と講堂全体に響いていた。
「圧倒的な力を持ちながら、その力ゆえに誰も対等に扱えなかった。配下はいても、理解者はおらず、心を通わせられる者はいなかった」
《…………》
「勇者という対等な相手が現れた時、彼は――もしかすると、待ち望んでいたのではないか」
《…………ふん》
孤独、という言葉に納得し難いと思う魔王。
しかし、勇者と対峙した時の当時の高揚感は否定できず、ただそっぽを向くのみ。
(私との死闘で楽しかった、と言ってましたものね。……私だって、あなたと全力で戦えて良かったと思ったのは嘘ではないですから、否定しなくて大丈夫ですよ)
《…………黙れ》
講堂が、深い静寂に包まれる。
そして、最上段にいた少女が恐る恐る手を挙げ、意見を提示した。
「……それって、勇者も孤独だった、ということでしょうか」
第一の議題でも、提示されていた勇者の孤独。
魔王も同様に孤独であったとするならば、表裏一体の存在と評しても違和感はない。
しかし、叫ぶような怒声が講堂に響き渡った。
「無礼者! 勇者様を魔王と一緒にするだなんて!」
同意するように、中段にいた研究者が挙手もせずに立ち上がった。
「そもそも魔王に理解者だの孤独だのと、そんな言葉を贈る必要はどこにもない。そんなもの、同情でしかない」
しかし、魔王が孤独という評を提示した少女は動じない。
「ですが、敵を理解することは、二度と同じ悲劇を繰り返さないために必要なことです。魔王がただの悪であれば、話は簡単でした。しかし彼は違いました。だからこそ、我々は考えなければなりません。――彼の行動の背後にあったものは何か、と」
「だが……!」
議論は白熱し、収束の気配はない。
続いてあちらからもこちらからも、様々な意見が飛び交う。
魔王という存在をどう捉えるか。
――それは、勇者をどう捉えるかと同じくらい、根深い問題だった。
その時、オルディス教授が静かに手を上げた。
「そこまで――誠に興味深い意見を提示してくれて感謝する。急遽掲げた議題ではあったが……提示して本当に良かった」
微笑み、目尻の皺が深く刻まれた顔を見た場の者たちは、冷水を浴びせられたかのように喋れなくなる。
そして、ようやく冷静になれたのか、やはり礼を行い、静かに着席していった。
オルディス教授は小さく頷き、そして議論を進めた。
「第二の議題はここまでとしよう。では第三の議題に移る。その題名は――」
提示された議題の名前に、講堂の空気が一瞬で引き締まった。
今回の『勇者論』、そして勇者に関する言論の中でも、核となるものであることは誰も否定できなかったからだ。
その議題の名は――
「――『永劫回帰の儀』とは何だったのか」




