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カインという名の少年


 朝日が昇り、辺境の地に朝が訪れた。

 気持ちのいい爽快な空気の中、エリスは真っ直ぐにカインの小屋へと近づいていく。


「……おはようございます。カインさん、少しお話をしたいのですが」


 しばらく沈黙が続いた後、軋む音を立てながら扉がわずかに開いた。

 

 カインの赤い瞳が、隙間から警戒しながら覗いている。

 その目には、深い猜疑心で満たされていた。


「……誰? 見ない顔だけれど、旅人?」


 か細く、震えた声をしながらカインは尋ねた。


「エリスと申します。旅の途中でこの村に立ち寄った者です。ぜひ、お話だけでもしたいと思って」


「僕に近づくと危ないよ。……村の人も、僕に近づこうとしない」

 

「ですから、少し距離を離したところからで構いません。あなたのことを少しでも知りたいのです」


 エリスは腰を下ろし、地面に直接座った。

 己の衣服が汚れようとかまわない、大胆な行動であった。

 

 それは、相手を威圧しない姿勢でもあり、魔王も「ふん」と鼻を鳴らしながらエリスの膝の上に移動して身を丸めた。


「…………」


 エリスの行動が功をなしたのか、長い沈黙の後、カインはゆっくりと扉を開け、やはり数歩離れた場所に座り込んだ。

 彼の粗末な衣服の袖口や靴は擦り減り、孤独な生活の痕跡が細部に刻まれている。


「……なぜ、僕のことを知りたいの? 皆は、僕が『呪いの子』だって話したんでしょ?」


「『呪いの子』という言葉だけでは、何もわかりません。あなた自身の言葉で聞かせてほしいのです」


 エリスの物怖じしない返答に、カインは動揺した。

 村の人たちとは違う、己に対する拒絶感をまるで持たない姿にうつむき、自分の膝をぎゅっと握りしめた。


 その指先は、力の入れすぎで白くなっている。


「……数年前のことだよ。僕もまだ小さくて……村の他の子たちと、外で遊んでたんだ。鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたり……すごく楽しかった。みんなが笑っていて、僕も笑っていたよ」


 カインの声は、遠い過去を思い出すように掠れていた。


「でも、ある日突然……身体がすごく熱くなったんだ。まるで中から火が燃え上がるみたいに。胸が苦しくなって、息ができなくて……」


 カインの語り口が早くなる。

 当時の恐怖が蘇ってくるようだった。


「すると、音もなく周りにいた友達が、みんな同時に弾き飛ばされたんだ。何か見えない壁に衝突したみたいに。僕は何か起きたのかがさっぱりだった」


《……ほう》


「吹き飛ばされた友達を心配する子以外にも、僕のことを心配してくれた子もいたんだ。……だけど、同じようにぱっと弾き飛ばされたんだ」


「それで……お怪我の様子は」


「地面に叩きつけられたせいで身体を打ったり、地面の石で血を流した子もいたよ。……『痛いよ!』って泣き出す子もいたさ」


 声が震わせながら、己がしたことの罪深さをカインは嘆くように続ける。

 

「騒ぎを聞きつけた大人たちが駆けつけてきた時、友達の一人が『カインのせいだ!』って叫んだんだ。それから、大人たちは僕から距離を置き始めたんだ」


《友の言葉は正しい。……だが、この小僧としては自覚のない力によるものなのに、何故? といった感情なのだろうな》

 

「その瞬間、僕は自分がしてしまったことに気づいて……すごく動揺した。そしたら、また身体が熱くなって……遠巻きに見てた大人たちまで、同じように弾き飛ばしてしまったんだ」


「そんなことが……」

 

「倒れた人たちは痛みで呻き声をあげていた。僕は『ごめんなさい、ごめんなさい』って謝ることしかできなかった。だけど、その時、皆の僕を見る目が既に全然違うものになっていたんだ」


 カインは自分の腕を抱きしめ、小刻みに肩を振るわせながら身をすくませた。


「それ以来、誰も僕に近づかなくなった。食べ物は置いていってくれるけど、みんな怖がっている。話しかけてくれる人もいない……僕は、ひとりぼっちなんだ」


 彼は顔を上げ、涙で曇った赤い瞳でエリスを見つめた。

 その目には、長年積もりに積もった絶望がにじみ出ている。


「……なんで、こんな力を持っちゃったんだろう。この力さえなければ、みんなと一緒にいられたのに。きっと、お父さんとお母さんが僕を捨てて行っちゃったのも、こんな呪われた力を持つ僕が嫌だったんだよね」


 カインは細かに身体を震わせて、涙をボロボロとこぼしていく。

 ――全て、自分が悪いのだ。

 そう決めつけるように、自罰的な感情は止まることを知らない。


「――僕なんか、生まれてこなければよかったんだ」


 その言葉が、エリスの胸を深く抉った。


(……ああ、この痛みを私は知っている)


 彼女の脳裏に、清浄なる炎に包まれたあの日の自分がよみがえる。

 己が制御できない強大すぎる力故に、大切な者たちから疎まれる理不尽。

 

 カインの苦しみは、エリス自身が味わったものとあまりにも酷似していた。


《……成程。無意識の防御本能というやつだな。感情の高ぶりが引き金となり、無差別に発動する。魔族の血の特性が、制御できずに暴走しているのかもしれん》


 魔王はカインの感情的な言葉に流されることなく、冷静に分析していく。

 

 呪われた力の原因が判明したのなら、対処は可能だ。

 そう思ったエリスは希望を見据え、カインに自分の見解を告げた。


「カインさん、その力があなたを苦しめているのですね」


「……うん。僕はそんなことしたくないのに、みんなを傷つけてしまう。こんなの……僕が怪物だって言ってるようなものだよ」


「――力そのものは、悪ではありませんよ」


 エリスはそっと自分の胸に手を当てた。

 黒髪が朝風に揺れ、枯れ葉の擦れる音が周囲に響く。


「私もまた、強大すぎる力を持っていました。その力のために、大切な人を守れることもあれば、恐れられてしまうこともありました。――だから、あなたの気持ち、とてもよくわかります」


 カインは驚いたようにエリスを見つめた。

 彼女の赤い瞳に秘めた謎の力が、カインに異質の存在であることを悟らせたのかもしれない。


「でも、どんな力でも使い方次第で善にも悪にもなります。あなたが今、制御できないと言っている力も、きっとどうにかできるはずです」


「……そんなの、無理だよ、僕にはできない。……だって、もう何年も試してきたんだから」


 呪われた力を制御しようと思ったことは幾度ともあった。

 魔法を学び、肉体を酷使し、武力を磨く。

 鍛え上げられた精神と肉体によって、この呪われた力をなんとか制御できないか試してきたのだ。


 しかし、結果は残酷なものだった。

 必死になればなるほど力は暴走し、周囲を拒絶し始めたからだ。


「もういい、僕に構わないで」


 カインは立ち上がり、小屋へ戻ろうとした。

 その背中は、失望と諦めに満ちている。


「待ってください! ……力の制御について練習してみませんか? 私がお手伝いしますので、まずは、力の正体を知ることから始めましょう」


 しかしカインは振り向きもせず、扉を閉めてしまった。



◇ ◆


 

 エリスは、閉ざされた扉の前で、深いため息をついた。


(無理もありません……彼は長い間、ひとりでこの苦しみを抱え込んでいたのですから)


《時間をかけよ、エリス。傷ついた獣は、簡単には心を開かぬ》


 エリスは立ち上がり、小屋を見つめたまま呟いた。


「ええ、わかっています」


 心を開くまでこの村に留まり、そしていつの日か必ず、救ってみせる。


 そう誓いながら、エリスはカインの小屋に背を向け、歩き始めるのであった。

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