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魔王は懸念する。少女の未来を。


 母親たちに赤子を無事に引き渡したエリスは、本来の目的を果たすために鍛冶屋へと足早に向かった。


「すみません! 遅くなってしまいましたが、武器の精錬は終わっていますか!」


 鍛冶屋の扉を勢いよく開け、肩で息をしながら駆け込んだエリス。

 店内は炭の香りと金属の冷たい匂いが混ざり合い、槌音の残響が壁に吸い込まれていく。


 店主は待ち侘びたかのように、真っ黒なエプロンで手を拭きながらにこやかに迎えた。


「遅い! どこで道草食ってやがったんだ! ……というのは冗談として、最高傑作ができたぞ! 受け取りな!」


「ありがとうございます! これが……私の新しくなった武器なのですね……」


 先日預けた漆黒の棒は、その姿を大きく変えていた。


 表面には紅の唐草模様が夜霧のように漂い、まるで生きた血管が這っているかのような不思議な光沢を放っている。

 鏨の跡一つ一つに、技術のすべてが織り込まれていることが、視覚だけでなく触れた感触からも伝わってきた。


「魔封石と紋鎧獣の皮を混合させたからなのか、象嵌部分が紅色に変色しちまったが……大丈夫か?」


「ええ、大丈夫です。むしろ、ありがたいまであります」


 エリスは棒を手に取り、その重みと手触りを確かめた。

 黒と紅が混在して形作られた至高の一作は、なぜか自分を形容する色のように見える。


 かつての銀髪金眼の勇者ではなく、今の黒髪紅眼の自分にふさわしい武器――偶然にしてはあまりにもでき過ぎていた。


「大切に使わせていただきます。本当に、ありがとうございました」


 エリスは深々と頭を下げた。

 店主は照れくさそうに頭を掻きながら「また何かあったら頼りにしろよ」と太い腕を組んだ。

  



◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 対魔法武器をようやく得たエリスは、次の街へ続く街道を歩いていた。

 手に持つ精錬を終えた黒樫の棒は、陽光を受けて紅の輝きを放ち、不思議な力の波動を感じさせる。


「思えば、長い道のりでした」


 エリスは感慨深げに呟いた。

 その瞳には、ここ数週間の様々な出来事が走馬灯のように過ぎていく。


 シルフィアと対峙した時――強力な風魔法に翻弄され、自分の力不足を痛感した。

 魔王の力に頼らなければどうにもならない自分が、悔しくてたまらなかった。


 あの日から始まった対魔法に関する探求は、決して平坦ではなかった。

 魔王との特訓、聖女セシリアとの出会い、魔法都市での魔法に関する書籍探し、そして今回の紋鎧獣の皮の採集。


 そんな様々な出来事が、既に遠い昔のように思えてくる。

 そして、その全てがこの手に収められた一本の棒に込められている。


「これで、強力な魔法に対する対抗策ができましたね。ですが更に精進し、もっと強くならないといけません」



 エリスは静かに拳を握りしめた。

 いくら強力な武器と防具を得たところで、己の技量が伴っていなければどうしようもない。


 既に他者から見れば達人級の実力を持つエリスであっても、本人にとってはまだまだ不十分であると感じていた。


「――ですので、今後もどうかご教授をよろしくお願いしますね、魔王」


《………………》


「……魔王?」


 返ってこない返事にエリスは足を止めた。

 肩の上の黒猫を見上げると、ぼんやりと遠くを見つめたまま、何かを考え込んでいるようだった。


《……ああ、そうだな。お前の強くなりたい意志があれば、きっと強くなれると思うぞ》


「…………?」


 エリスは首を傾げた。

 魔王の様子が明らかにおかしい。


 いつもなら鼻息を鳴らしながら「まだまだ未熟だ!」と冷笑するか、「そんなことより次の街では豪華な魚料理を所望する」と文句の一つでも垂れるはずなのに。

 この素直な言葉は、間違いなく異常としか思えなかった。


「魔王、何かあったのですか? もしや、私が無意識に変なことをしてしまったのでしょうか……?」


 エリスは心配そうに顔を覗き込む。

 魔王は一瞬、目を泳がせたが、すぐにいつもの尊大な口調を取り戻した。


《……そういうわけではない。気にするな》


 しかし、ただそれだけしか答えず、結局沈黙が場を支配してしまった。


(お腹が減っているのでしょうか? いえ、それならいつものように文句の一つくらいぶつけてくるはずですし……)


 思い当たる節のないエリスは、ただ勝手な想像しかできないが、どれもこれもピンとくるものはない。

 一人で云々頭を悩ませながら、エリスは魔王の様子がおかしいことの理由を考えるのであった。




 

 エリスのそんな姿を、魔王は訝しげな目つきで眺めている。

 

 今までずっと側にいたからこそ、感じてしまった。

 彼女にとっての幸せとは何か、という戯言を。


 

(……エリス。お前は本当に、これでいいのか?)


 

 ――少女の歩もうとする未来を、懸念するかのように。









=============================


ここまでお読みいいただき、ありがとうございます。

作者の観葉植物です。


閑話休題と言いつつ、結局長編になってしまいました。

ですが主人公であるエリスのスタンスを、再度お見せする機会となると思われますので、どうか見てやってくださると幸いです。


次回、小さな命に触れて編 最終話です。

そして、今まで挟んできた閑話休題としての最終話にもなります。


どうぞよろしくお願いします。


 

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