少女は対魔法武器の精錬を依頼し、そして二つの種族の共生を願う
「ごめんくださあい」
エリスは再び鍛冶屋を訪れると、相変わらずの槌の音と熱気が迎えてくれた。
鍛冶屋の店主はエリスを見るなり、にやりと笑った。
「おお、嬢ちゃん。無事に戻ってきたようで何よりだ! ……で、例の素材は手に入れたのか?」
「はい、おかげさまで」
エリスは大きく膨らんだ鞄から、丁寧に畳んだ紋鎧獣の皮を取り出した。
ローナの指導のもと、関節部の柔らかい皮を中心に傷つけずに剥ぎ取ることに成功したものである。
「おお! すげえ上等な皮だな! 軽くて丈夫で……それにここまで傷一つついていないものも珍しいぞ?」
親父は皮を手に取り、厳しい目で確かめる。
しかし、次第に感心したように鼻息荒く、その高い品質の皮に見惚れるのであった。
「一緒に行った仲間が、紋鎧獣の生態に大変詳しかったんです。それに、群れも多かったので数に困ることもありませんでした」
「ふむ、それにしても……この皮の量は、棒を精錬するだけには十分すぎるな。よかったら、ついでに身を守る防具として、外套も作ってやるが、如何かな?」
「そんなこともできるのですか?」
「勿論。鍛冶屋と言っても武器防具はある程度取り扱っているからな。外套なんかもお手のものよ」
「是非、お願いします!」
対魔法武器だけでなく、防具までお手製の元を作ってくれるとは思いもしなかった。
しかも魔法に強い外套ならば脱着も容易であり、あらゆることに使えそうなため、エリスは大いに歓迎した。
「よし、なら決まりだ! この大量の紋鎧獣の皮で、黒樫の棒の精錬と外套の作成を行う! 早速取り掛かるが、何か聞きたいことはあるか?」
「そうですね……でしたら、棒の精錬方法と、完成までどの程度必要かを教えていただけますか?
知識としては必要ないかもしれないが、エリスの個人的な興味で尋ねてみた。
鍛冶屋の店主は前向きに教わろうとするその姿勢に、大きく頷きながら微笑んだ。
「精錬方法は“象嵌”という技法を使用するんだ」
「ぞうがん、ですか?」
「ああ。紋鎧獣の皮を細かく裁断して魔封石を砕いた粒子と混ぜ合わせて高熱で溶かす。棒の表面を彫った跡に、その溶液を塗り込むんだ」
「成程……剥がれてしまいそうな予感がするのですが、そうでもないのですか?」
「いい質問だ。この皮の特性として、熱を加えると粘着性が非常に高くなり、しかも頑丈なこともあって棒以上の耐久性を持つようになる。むしろこれが剥がれる頃には、棒の方が耐えられない攻撃を受けた時くらいだろうな」
「凄い……! それなら、強力な魔法相手にも遠慮なく受けることができるということですね」
その通り、と店主はにこやかに即答する。
度重なる説明によって、エリスの心の内に敵の魔法に対する対抗策を持てるという実感が、ようやく湧き上がってきた。
早く完成しないかと待ち侘びるくらいに、そわそわしてしまうくらいである。
《落ち着け。慌ててもすぐにはできないだろう》
呆れながらの言葉にエリスはハッと我にかえり、ひとつ咳き込んだ。
「ごほんっ! ……わかりました。では、どの程度で完成する予定ですか?」
「大体3日程度あれば、最高のものを提供してやることができる。もしよければ、その間、街に滞在するつもりなら俺の得意先を紹介するが、どうだろうか」
「えっ? いいんですか? そこまでしてもらっても、そんな多くのお金は持ち合わせていないのですが……」
「遠慮すんな! 魔封石を取り扱うことができたこと自体が大きな経験と財産になるからよ!」
「そうは言っても……」
あまりの厚遇にエリスは流石に遠慮が出てきてしまう。
他者に何かしてもらうだけで、自分はそれをただ受け取るのみ、というのは性に合わないのだ。
店主は困った顔をするが、すぐにいい方法を閃き、拳で掌をパシッと叩く。
「ならこうしよう。魔封石を粉砕して溶かす際、どうしても細かい粒子が出てきてしまうんだ。それを代金にさせてもらうよ」
「ならば、それでお願いします!」
どうせ粉砕した魔封石など、上手く扱える自信はない。
代金として交換できるのであれば好都合であった。
「よし、交渉成立だ! 三日後には仕上がるようにするから、それまで楽しみに待っててくれよな!」
店主はそう言うと、早速作業に取りかかった。
エリスはその様子をしばらく見学させてもらおうとしたが、店主はすでに職人の目つきになっており、邪魔になるだけでしかなかった。
《……職人というものは、どこでも同じだな。己の技術に誇りを持ち、良い素材を前にすると目を輝かせる》
(魔王にも、お得意の鍛冶をする方がいらっしゃったのですか?」
《かつて余の配下にも、優れた鍛冶師がいた。魔剣や魔鎧を数多く生み出した者がな》
魔王の声には、どこか懐かしさのようなものがにじんでいる。
《む、さっさとこの場を離れるぞ。職人の邪魔になるのは御免だからな》
(ふふ、了解しました。いつもとは本当に態度が違いますね)
人(猫)が変わったかのように気配りを行う魔王の姿に、エリスは本当に武器に関することが好きなんだと微笑ましくなる。
自分よりも、遥かに長くその生を過ごしている存在であり、歳上も歳上だ。
だが、なぜか今だけはそれを感じさせないくらいに張り切っている。
(普段もこんな感じなら、私以外の人達も受け入れてくれると思うのに)
此度の共闘依頼によって理解した魔獣と人間の共存関係を聞き、世の中が次第に異種族の受け入れを行おうと試みていることを察していた。
そしてエリスは折衝によって魔族と和解し、共生することを願っている。
それは、魔王と自分以外の人間との関係も同様であった。
(世の流れに抗うことなく、このまま人間と魔の者達が敵対することなく、存在を認めることになってくれれば、それはなんて喜ばしいことなのでしょう)
そしてエリスは思う。
もし、いつの日か魔王がこの世界に顕現するときが来たとしたら。
いつかそのときは、他の魔族と共に、人間と共生していくことができれば何よりも嬉しいことだろう。
それは、あまりにも愚かしい考えであり、自惚れでしかないのはエリスは理解している。
だけど、それでもエリスは願わずにはいられなかったのだ。
――魔王が人間のことを認め、平和なこの世で暮らせる未来を。
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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
作者の観葉植物です。
いよいよ物語も後半戦に入ってきて、エリスの愛用の武器も最終形態になりつつあります。
そして作中の人間達も魔獣にいつまでも遅れをとっていることなく、知識によって対抗し、そして共生関係まで結ぼうとするような変化な兆しを見せてきました。
そして新たな武器を取得したエリスに、何が待ち受けているのか。
物語は転換点をすでに迎え、大きく動き出していきますので、どうか今後の物語も読んでいっていただけると幸いです。
次回閑話休題を挟み、再び長編です。
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