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処刑されそうになった勇者を救ったのは、彼女がかつて打ち滅ぼした魔王だった  作者: 観葉植物
更なる力を求めて

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人類と魔獣の現在の関係

「ローナさんは、紋鎧獣のことに本当にお詳しいですね。皮の強度について、もっと詳しく教えていただけませんか?」

 

 皮の剥ぎ取り作業を続けながら、エリスはさりげなく話題を振ってみた。


「ええ、もちろんです。紋鎧獣の皮は、魔力の波長を散乱させる構造になっていると言われています。つまり、魔法そのものを無効化するのではなく、魔力の『形』を崩してしまうのです」


「なるほど……では、強い魔法にも効果はあるのでしょうか?」


「理論上は魔力の密度が高ければ高いほど、効果は限定的になるでしょうね。例えば、高位魔導師クラスの魔法ともなると、この程度の耐性では太刀打ちできないかもしれません」


「そ、そうですか……」


 エリスは俯きながら考える。

 今後自分を襲撃してくる魔王の配下の魔力は、高位魔導師よりも遥かに上だろう。

 やはり、もっと強力な対策が必要なのだろうか。


「ですので、紋鎧獣の皮に触れる前に魔法の威力を多少弱めれば良いのです。例えば……魔法やその他の手段とか」


「あっ……」


《成程。魔封石を混在させることで、それも可能となるということか。……フッ、あの鍛冶屋の店主、やはり見所のある男だ!》


 何故か嬉しそうに尾を振り回す魔王の姿に、エリスは目を丸くする。

 人間をここまで前向きに評価する姿は、あまりにも珍しかったからだ。


(ま、魔王……? 何かやたらあの方に対して評価が高いような気がするのですが)


《あの男の店、棒以外にも全ての武器を大切に扱っていた。……余にはそれが肌で、感覚ではっきりと理解できたのだ! その事実がある相手であれば、人間とて余は称賛すべきだと思っている!》


 つまり武人として、鍛冶屋の店主があまりにも丁寧に武器を取扱っていることが嬉しかったということである。

 その感覚がいまいちよくわからないが、エリスは魔王の機嫌がいいのは歓迎しているので、特に否定する気はない。


(……ローナさんの言っていることが本当ならば今後の強力な魔法相手でも太刀打ちできそうですね)

 

 紋鎧獣の皮と魔封石を持って、対魔法武器としては上々のものになることは理解できた。

 であるならば、とにかく今は紋鎧獣の皮を可能な限り採取し、鍛冶屋に持っていくことだけを考えねば。

 エリスは静かに気合いを入れ、明確な目標を定めた。

 

「それにしてもエリスさん、ずいぶんと詳しいことを聞きますね。もしかして、かなり強力な魔法を使う人に因縁か何かがあったり?」


「え? そ、それは……」


《下手に答えても墓穴を掘るだけだ。誤魔化せ》


 まさか魔王の配下に追われているだなんて言えるわけがない。

 魔王の進言の通り、誤魔化すしかないのだが、いい感じの言葉が思い浮かばない。


 そうしてエリスが慌てていると、ちょうどキャリーが戻ってきた。

 背後には、既に大人しくなっている紋鎧獣が点々と横たわっている。


「はー! いい準備運動だったよ! って、どうしたの二人して真面目な顔しちゃって」


「あ、キャリーさんお疲れ様です! すぐに皮の剥ぎ取りを行いますので、少々お待ちを!」


 エリスはキャリーの登場にホッとし、ローナの追求を逸らすかのように再び紋鎧獣の皮の剥ぎ取りを始めた。


「おっ、エリス凄い上手じゃん! 初めてとは思えないほどスムーズに剥いでる!」


「キャリーもそう思います? このままでは役目を取られてしまうから、私もうかうかしてられないくらいなんですよ〜」


「だ、大丈夫ですよローナさん。まだまだぎこちないし、それに対象が小さいからまだどうにかなってるだけかもしれませんし」


「ふふっ、ありがとうございます、エリスさん! ……だけど、大型にはなるべく逢いたくないものですね」


「あんなちっちゃいのに頑丈さと破壊力が凄かったもんね……あれがもっと大きい個体なら、逃げるしかないかも」


 エリスが紋鎧獣の皮を剥いでる中で、キャリーとローナは楽しく会話をしていく。


 そして、エリスが転がっていた全ての紋鎧獣の皮を剥ぎ終わった後、ケイオスが何かを大量に抱えて戻ってきた。


「おっ、エリスもうまくやってくれたみたいだな。ローナの教え方上手が功を成したか!」

 

「ケイオスさん、それは……木の枝ですか?」


「ああ、しっかりと密度のある葉をつけた枝を切り集めてきたんだ」


「ケイオス、わざわざありがとうございます! それだけの量があればきっと寒さを凌げるはずです!」


「寒さ? ……これを、野宿の時に使うのですか?」


「違う違う! 紋鎧獣のことだよ!」


 イマイチ言葉の意味を掴めないエリスは、頭に疑問符を浮かび上げる。


 一方、キャリーがケイオスから枝を一部受け取り、そしていつの間にか一ヶ所に集められた昏倒中の紋鎧獣に被せていく。


 隙間が無いよう被せていく様子は、寒さを凌げるようにする計らいのようにしか見えない。

 

「皮を剥いじゃったから、このままだと寒さで弱っちゃうからね。それに、草食だから長期の食糧にもなるし」


「……そうだったんですね。私、てっきりこの子達を倒したのかと思ってました」


 エリスは弱肉強食だから仕方ない、と紋鎧獣の命を奪ってしまっていたのかと思っていたのだが、どうやら全く見当違いだったようだ。

 むしろご丁寧に傷つかないよう昏倒させる程度の威力に抑えた、ケイオスとキャリーの技術が光っていたのだ。

 

「魔獣とはいえ紋鎧獣は何もしなければ大人しい、害意のある生物じゃ無いんです。それに、皮の剥ぎ取りもむしろやらなければ皮膚の重さに耐えられず、自由に動けなくなってしまう恐れがあるのです」


「つまり私達は皮を剥ぎ取ることで利益を得ることができるし、この子達にとっても動けなくなるリスク回避にもなるってことだね」

 

「事前にローナから聞いていたものの、実際に目の当たりにすると不思議なもんだよな。魔獣との共生関係が成り立ってるってことだし」


「共生関係……」


 その言葉によってエリスの頭に過ったのは、バルドルやシルフィアといった魔族との共存のこと。

 お互いを理解して和解し、仲良くなることはなくとも共に生きることはできる。


 それが魔獣相手にも成り立つとは、エリスは全く思っていなかったのだ。


「狼とか熊型の魔獣なんかは理性がなくて、人間に危害を及ぼすから排除しなくちゃならないけど、魔獣全てがそうじゃないってことだよね」


「その魔獣も前までは腕の立つ人間にしか退治できない存在だったのが、今じゃ罠なんかを駆使することが広まったおかげで、そこらの村人達でも対応できるようになった。人間が脅威という認識が共有されていけば、他の魔獣もいずれ大人しくなると思いたいぜ」


「そんな変化が起きていたとは……」


 エリスの魔獣に対する認識とは違う内容が、ケイオスとキャリーから告げられていくことに、目から鱗が落ちていく。

 

 残念ながら、魔獣とは分かり合えない。

 だから、危害を及ぼす前に排除しなくてはならない。


 そんな固定概念が、エリスの中で崩れていく音がした。


「皆さん、そろそろこの子達も目覚めてしまいますので、この場から離れないと。また怯えて攻撃を仕掛けられても困りますし」


「おっ、そうだな。じゃあさっさと奥地まで進んでみようぜ」


 ローナから告げられたケイオスが行動指針を決め、一行は荷物をまとめて紋鎧獣の側から離れ、山の奥地へと足を進めていく。

 その雰囲気は穏やかで、精神的にも余裕のある何の気負いもない旅をしているかのようだった。


「エリスさん、もっと知りたいことがあれば言ってくださいね! 私、色んな方と知識を共有するのが大好きなので!」


「はい、本当にタメになりますので、今後もよろしくお願いしますね!」


「ちょっとちょっと! ローナばかりずるい! 私もエリスといっぱいお話ししたいんだからね!」


「で、では武術の話とか……剣術や棒術なんかは色々とお話しできますけれど」


「……エリスってば、見た目によらず女の子っ気がないんだね。こんな可愛いのに、なんかもったいない! ……よし! この依頼中にエリスの中の女の子を覚醒させてやるんだから!」


「なんだその気合いの入れようは……」


 エリスをぎゅっと抱擁しながらキャリーは妙な目標を掲げながら気合いを入れ始め、ケイオスに呆れられる。

 それを見てローナは微笑み、それはいい考えですねとキャリーの主張に乗っかろうとする。



 一時的な関係であるが、なんて楽しい旅なのだろう。

 むしろ依頼中であるのに、緊張感もなくこんなことをしているのが、夢心地のように感じてしまう。


 現実は、魔王の配下の襲撃に備えて準備をしている最中なのに、だ。



(それでも、こうやって他者と旅をして、お話ができるのは……本当に楽しくて、嬉しい)



《……ふん。まあ、お前にもたまにはこういう息抜きが必要なのかもしれんな》



 魔王はエリスが喜び、歳相応の笑顔をしているのを見ると、こういった時間は本当に必要なのだと再確認する。



 かつて命拾いし、勇者であることを強制されなくなった身の上だった。

 しかし結局、かつて勇者であった責任を果たすことを、当の本人が望んでいる。


 

(何も気にせず、気楽に生きる。……いつかそんな生き方を、この娘が選択するとすれば)


 しかし、魔王はその先を考えることをやめた。

 己の責任を投げ捨てるような、軽薄な娘ではないことは魔王が一番知っていたからだ。


 だけど、それでも魔王の心の片隅には、その可能性を残したままであった。




 ――いつか勇者でも何者でもない、ただ一人の村娘として、エリスが生きていけるようになれることを。

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