少女は紋鎧獣の獣の狩猟を体験し、新たな知見を得る
一行は街を出て小一時間歩いていると、目の前にはいつの間にか鬱蒼と茂る山森が立ちはだかった。
辺り一面に広がるのは深緑の木立、そして湿った土の匂いだ。
「さあ、山登りの時間だ! 気合い入れていこうぜ、皆!」
「ん〜! 森の空気が気持ちいい! やっぱり街の中より自然の中にいる方が好きだなぁ!」
ケイオスが一行に気合いを入れるよう景気のいい声を上げると、キャリーはリラックスしながら柔軟体操を行い、軽快に動き回る準備をし始めた。
その朗らかな笑顔は、これから魔獣退治に向かうとは思えぬほどの浮き立った様子だった。
「ったく、キャリーはいつも元気だな」
「だって、冒険は楽しくなくちゃね! エリスもそう思うよね?」
「はい。他者との共闘依頼は久々ですので、緊張しますが楽しみです」
キャリーは無邪気な笑顔を向けると、エリスはその勢いに少し圧倒されながらも、嬉しそうに頷いた。
「さてさて、まずは紋鎧獣の生態観察から始めましょうか」
ローナが分厚い記録帳と様々な道具が入った鞄を抱え、きょろきょろと周囲を見渡し始める。
「不用意に近づくと群れで襲ってくるので、発見した際には十分に距離を取りましょう。とりあえず見つけ次第、皆さんで共有しましょうか」
ローナの指示に従い、四人は山森の奥へと足を踏み入れていく。
期待と楽観と、そして多少の緊張感を抱きながら。
◇ ◇ ◇ ◇
一行はしばらく進むと、小さな川沿いの開けた場所で、目標の紋鎧獣が数匹いるのを発見した。
大きさは子犬ほどで、全身は灰色の硬い皮に覆われいる。
のそのそと動き回り、見た目は害意のない大人しそうな生物にしか見えなかった。
「おっ、いたいた。思ったより小さいな」
ケイオスが小声で呟く。
「ええ。ですが、あの皮膚は見た目通りかなり硬いです。特に魔法に対する耐性が高く、熟練者の攻撃魔法もほとんど通用しません。その性質を利用して、対魔法装備に加工されるというわけですね」
ローナは人差し指を立てながら蘊蓄を披露し始める。
有益な情報こそないが、聞いている側にとっては非常にわかりやすく、教えるのが上手という評価も容易に納得することができた。
エリスはローナの話を耳にしつつ、息を潜めて紋鎧獣の動きをじっと観察し始めた。
その仕草は、かつて魔王軍の動向を探っていた勇者時代の名残を感じさせた。
(あの動き……おっしゃる通り、確かに皮は分厚そうですが関節部分は比較的脆そうですね)
エリスが様子を伺っていると、ケイオスが背中の斧を手に取り力強く握り始めた。
「よし、俺とキャリーが囮になるからローナは剥ぎ取りの準備を始めてくれ。エリスはローナの護衛を。そして、剥ぎ取り方を教えてもらいながらローナを手伝ってやってくれ」
「了解です!」
ローナはケイオスの指示に大きな声で応え、鞄から小道具を出し始める。
その慣れた手つきは、いつも通りの作業をこなそうとするだけのようにも見えた。
キャリーは嬉々として両手に短剣を持ち、クルクルと回ってポーズを決めた。
「さあ、魔獣さん達、遊んであげるよ!」
「……キュゥゥ!?」
キャリーの陽気な声に驚いたのか、紋鎧獣の群れが甲高い音を出しながらざわつき始める。
そして、何を思ったのか丸まり始め、身体を球体のようにした。
「や……やべえっ! みんな、物陰に隠れろ!!」
「ご、ごめん皆!」
ケイオスが叫ぶと、一行はそれぞれ側にあった自分の身体を隠せる程度の大岩を盾にした。
そして、大きな衝突音が何度か発生し、岩の砕ける音が耳に響き始める。
紋鎧獣が丸まった身体で転がり、とてつもない速度で体当たりをしたのである。
「……っぶねえな! おらぁッ!」
「大人しくしててねっ!」
紋鎧獣の攻撃が止んだことを確認したケイオスとキャリーは、息ぴったりに前へ躍り出た。
ケイオスは巨体を活かして大斧を振り回し、その背で紋鎧獣を弾き飛ばす。
あまりの衝撃に、飛ばされた紋鎧獣はてんてんと地面に転がっていき、止まった途端にその身体を伸ばした。
キャリーは小回りの利く動きで側面から素早く間接を叩き、昏倒させていく。
「お二人とも、お見事です!」
エリスは思わず感嘆の声をあげた。
「でしょでしょ? もっと褒めて良いんだよ!」
「調子に乗んな! まだまだ動ける奴らがいるんだぞ!」
ケイオスの叱責に苦い顔をしながら、キャリーはエリスに悪戯っぽくウインクすると、再び戦闘に戻っていった。
エリスはその姿を見つめ、楽しそうに戦っていることに安心した顔になる。
「では、エリスさん。私達もそろそろ作業を始めましょう」
「あっ、はい!」
ローナの声で我に返り、エリスは気絶した紋鎧獣の元へと向かう。
手慣れた様子で特殊なナイフを取り出したローナは、丁寧に皮を剥ぎ始める。
「見ていてくださいね。まずは関節部分から慎重に。ここが一番質が良く、そして傷つきやすいのです」
エリスは真剣な眼差しでローナの手元を見つめる。
その細かい作業は、少々力を入れて触れると壊れるかのような繊細な手つきのものだった。
そして、あっという間に一匹分の剥ぎ取りが終わった。
「凄い……勉強になります!」
「ふふ、エリスさんも手先が器用そうですね。よかったら、やってみますか?」
「え? いきなり私がやっていいのですか?」
「ええ、コツさえ掴めば難しくありませんから」
ローナに促され、エリスは慎重にナイフを手に取る。
最初は緊張して手が震えたが、かつて剣を握っていた感覚が蘇ってきたのか、次第に落ち着いた動きになっていった。
「おや……なかなかお上手ですねぇ」
「そ、そうですか……?」
先程のローナの動きをそのまま投写するかのように、そのままの動きを再現する。
ゴツゴツとした皮膚が、驚くほど柔らかく感じるように剥がれていく。
そして剥ぎ取りがようやく終わると、ローナは目を見開きながらエリスの手を両手で包み込み、目を輝かせた。
「エリスさん、コツを掴むのが上手すぎます……! ま、まさか今回が初めてじゃなかったのでは?」
「そ、そんなことありませんよ。ローナさんの手の動きが本当にわかりやすくて、真似させていただいただけで……」
「……なんてね、冗談ですよ。――さあさあケイオス達が次々と紋鎧獣を気絶させていってますので、遅れないように剥ぎ取っていきましょう!」
「はい! 了解しました!」
ケイオス達の姿を追うと、その後には紋鎧獣の伸び切った姿がいくつも点在しているのが見える。
エリスはキャリーと一緒に、慌てて皮を剥いでいくのであった。




