初めての感情に、魔王の配下は困惑する
「ありがとうございます。大事に使わせてもらいますね」
「礼などいい。俺が持っていても仕方ないから譲っただけなのだから、深く考える必要はない」
エリスは魔封石の煌めきを眺めながら、大事そうに道具袋にしまう。
そして、気になる点をもう一つ、バルドルに尋ねた。
「あの、バルドルさん。答えられる範囲でよければなのですが、教えて欲しいことがあるのです」
「ん? 他にも何かあるのか。……可能な限りであればだが、答えてやる」
「――先程バルドルさんは、魔王の配下の一人である同士から、魔封石を渡されたとおっしゃっていました。そのお方の名前をお聞きしたいのです。……無理にとは言いません」
エリスが気になっていたこと。
それは、今後自分達に襲いかかってくる者達を束ねる主のことだった。
シルフィア曰く、勇者と魔王の現状を知っており、魔王復活を企んでいる者達。
いずれ邂逅するだろうその者達の主犯格を、エリスは先回りして知っておきたかったのだ。
無論、魔王もそのつもりであった。
「名前など知っていても、あまり意味はないと思うぞ。きっと魔王様もご存じない者であろう」
「それでも、知っておきたいのです」
エリスの意思は頑なだった。
そこまでして知りたい理由は、バルドルにはわからない。
しかし、きっと常人には理解できないような、この少女らしい理由なのだろうなと思い、バルドルは静かに微笑みながらその名前を告げた。
「――魔王様の配下の一人、セルヴァだ」
セルヴァ。
それが、今後自分達の脅威になる者の名前であるとのことだ。
「セルヴァ、さんですね」
「決して武力は高くないが、豊富な魔力を持つ。……そして、それ以上に頭はやたらと回る、参謀的な役割を得意とする者だ」
《余は聞いたことがないぞ。……ということは、その程度の実力しか持っていなかったのかもしれぬな》
「奴は魔王様や俺のように転移の術を使い、無闇に前線に出ようとはしない。しかし邂逅すれば、おそらく全力で魔法を使用し、排除しにかかってくるに違いない。気をつけろ」
「ご丁寧に教えていただきありがとうございます。……私は魔法が使えませんので、やはり対魔法に関する何かを考えておかなければなりませんね」
「……お前、魔法がつかないのか? 冗談だろう?」
「い、いえ……本当に使えないのです。魔王が付きっきりで特訓をしてくれたのですが、結局無理と悟られてしまいました」
「ま、魔王様との特訓だと!!!??」
魔王との特訓の単語が出た途端、バルドルの表情が変わった。
驚きと羨望が溢れ出ており、拳をぶるぶると振るわせ始めた。
「魔法の知識においては右に出る者がいないほどの存在が、付きっきりで教授してくれるなんて、そのような機会を持てるだけでも光栄だというのに……なんて羨ましい奴なんだ!!」
「で、ですが、それでも結局魔法は使えなかったのです。その後、魔法都市で関連書籍を漁っても、高位魔術師の方に教わっても無理でした」
「…………ふん、ならば仕方ないとしておいてやる」
「ありがとうございます……ですが、そういうこともあって、強力な魔法相手には魔法以外の何かしらの対策が必要なんです」
現在のエリスの棒術は常人よりも遥かに高みにある、というのは魔王の評価である。
しかし、そうであっても近距離での攻撃しかできないため、遠距離からの魔法攻撃には滅法弱いという現実がある。
それは、今後の襲撃における課題でもあり、早急な対策を練らねばならない事であるのだ。
苦笑するエリスに、バルドルは顎に指をそわせながら考え、そして一つ提案をした。
「――ならば、先程渡した魔封石を、お前の持つ黒樫の棒に埋め込めばいいのではなかろうか」
「えっ? そんなことが可能なのですか?」
「ああ。鉱石や宝石を木材に混ぜ込む技術を持つ、腕のいい鍛冶屋を知っているので紹介してやる。値は張るだろうが、一度話を聞くだけの価値もあるだろう」
そうしてバルドルは懐から地図を出し、指を這わせながら現在地とその鍛冶屋のいる街の場所の位置関係を教え始める。
「現在地から一日かけて歩けば余裕をもって辿り着けるはずだ。この孤児院で十分な旅支度をしてから行くがいい」
「その街に、魔法に対抗するための力を得ることができるきっかけがあるのですね……!」
エリスの声が昂っていく。
バルドルと再会できたことが、新たなる力を会得することができるきっかけになったのだ。
嬉しいこと、この上なかったのだ。
「バルドルさん、本当にありがとうございました! 私、あなたに再会できて、本当に良かったです!!」
「――ッ!?」
その瞬間、バルドルは自分自身の心の内に衝撃的な感情の揺らぎを感じた。
目の前で平謝りしながら感謝するエリス。
――その黒髪は汗で少し濡れ、頬には先程の戦いの名残りである、興奮の紅潮が差している。
純粋で、強く、そしてどこまでも優しいその少女を見ていると、彼の胸の奥で何かが熱く震えた。
(……これは……なんだ……?)
バルドルは内心で戸惑った。
これまで感じたことのない、甘く切ない感情。
エリスと顔を合わせることができなくなるほどの恥ずかしさが、身体を奥底から燃え上がらせていく。
――もうここには、居られなかった。
「お、俺はここで失礼する! 神父には荷物の手配をしに行ったと伝えておけ!」
「えっ? ちょ、ちょっと!」
「いいか、魔封石も譲った上、鍛冶屋も紹介してやったんだ! セルヴァから魔王様を絶対に護り通すんだぞ! わかったな!? ――さらばっ!!」
ドタバタと忙しなく立ち上がり、捨て台詞のようにエリスへと告げるとそのまま駆け足で去っていった。
置いて行かれたかのように、一人になったエリスに寒々しいか細い風が吹き付ける。
「――バルドルさん、一体何があったんでしょうか?」
《さあな。あの阿呆の考えることはわからん》
それでもエリスはまた、再び会えることを信じている。
バルドルも、それを望んでいると言ってくれたから。
「……さて、残った仕事を片付けなければ。バルドルさんの分も頑張って働きますよ!」
そうしてエリスは孤児院へと戻っていく。
バルドルのことを多少ながらも、理解できた嬉しさを胸に抱いて。
◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ……はぁ……はぁ……!!」
体力が続くまで全速力で駆け出したバルドルが、別の街でようやくその足を止めると孤児院はすでに遥か遠くの場所にあった。
あの少女も絶対に追ってはこれまい、と安心した瞬間、足が限界を訴え、なんの変哲もない壁に寄りかかった。
身体が熱い。
動いたことによる熱ではない、もっと心の奥底から燃え上がるような、昂りである。
(な、なんだ……この感覚は……)
息苦しさを感じ、どうあっても落ち着くことができない。
瞑想をしようと目を瞑っても、その瞼の裏に浮かぶのは――あの少女の無垢でありながら艶のある姿。
あの少女の側にいたい。
――そう思うだけで、心臓が高鳴り、胸が締め付けられるような感覚が迸っていく。
(まさか俺は……あの娘に……)
バルドルはその感情のことを知っていた。
物事を知り、他者を知ることこそ、武人としての強さを高める近道であると思っていたからだ。
しかし、この感情を抱くことはあるわけがないと思っていた。
だからこそ、バルドルは自分の感情を認めることを恐れた。
魔王様の配下である自分が、魔王様を倒した勇者に。
――それも、自分より遥かに年下の少女に、そんな想いを抱くことなど、許されるはずがない。
しかし、感情は理性よりも速く、深く、彼の心を侵食していった。
「――エリス」
その名を呼んだだけで、気恥ずかしさと共に、その隣にいたいと思ってしまう。
エリスの笑顔、その強さ、優しさ、不器用さ。
――すべてが、バルドルの胸を熱くさせずにはいられなかったのだ。
「またいつか、会えた時にはどんな顔をすればいいのだ……?」
その言葉は、呟きのような些細なものだった。
そして、誰にも聞こえない路地裏にかき消えて行くのであった。
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ここまでお読みいただきありがとうございました。
作者の観葉植物です。
魔王の配下であるバルドルとの再会話でしたが、いかがでしたでしょうか?
コメディを混ぜつつもさまざまな様子をぶっ込んだエピソードでした。
そして、いよいよ黒幕的な存在の名前も開示され、140話といういつの間にかこんなところまできていたのかと作者自身驚いているタイミングでしたが、まだまだお話は続きます。
新たなる力を求めて、次なる街へと旅するエリスが出会うものは、そして、今後の彼女の展望は。
是非、お楽しみにしていてくだされば幸いです!!
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今後とも、よろしくお願いします!!




