共闘を経て、バルドルは少女のことを認める
取り立て屋が尻尾を巻いて逃げた後、子供達は何事もなかったように遊びに戻っており、バルドルは少し距離を置いて立っていた。
しかしながら、その表情は苦笑しつつも、子供の無事に安心してそうな様子であった。
「お見事でした、バルドルさん。さすがの強さでしたね」
「……お前の動きがなければ、ああはいかなかった。こちらこそ感謝する。驚くほど動きやすかった」
「そんなことありませんよ。バルドルさんがいてくれたから、みんな守れたんです」
先程の戦いの感想を、エリスとバルドルは共に口に出していく。
かつての勇者と魔王の配下の共闘は、呆然とするほどに息が合っていて、お互いがお互いの強さを讃え、称賛した。
しかし、そんな中でも、バルドルは照れくさそうに顔を背けるのを忘れない。
沈黙が流れる。
エリスはバルドルの隣にそっと近づき、ためらいながらも口を開いた。
「あの、バルドルさん。ちょっとお聞きしたいことがあるんですが……少しお時間はよろしいでしょうか」
「……いいだろう。少し席を外すか」
◇ ◇ ◇ ◇
二人は中庭の花壇の側まで移動し、腰を下ろした。
先日再会し、下手くそな転移の術で飛ばされた場所であることが恣意的なものを感じるバルドルであったが、敢えて何も言わない。
エリスの横顔が、真剣そのものだったからだ。
「すみません、お時間をいただいてしまって」
「前置きはいい。さっさと言いたいことを言え」
「――バルドルさんが、目指してることについてです」
その言葉に、バルドルは警戒したように眉をひそめた。
「なぜ、今でも魔王の復活を望んでいらっしゃるんですか? 子供のことをあんなに大切に想っているのに」
エリスの声は真っ直ぐで、純粋な疑問に満ちていた。
「あなたは人間社会を見て、手伝って、子供達まで守ろうとしている。そんなあなたが、どうして再び世界を恐怖で覆おうと思っているのか。……それが知りたかったんです」
バルドルの表情が硬直し、遠くを見つめながら深く息を吸った。
その横顔には、葛藤の重みがにじんでいた。
「――人間は、愚かだ」
バルドルは静かに、そして力強く語り始めた。
「弱者を虐げ、強者に媚び、自分さえ良ければそれでいい。そんな輩が余りに多すぎる」
静かな怒りを含んだ言葉は、先ほどの取り立て屋や、世界を救った勇者をその手で消し去った人間に対するものかもしれない。
そう思ったエリスは、黙ってその言葉に耳を傾ける。
「しかし同時に、そうではない者も確かにいる」
バルドルの声に、仄かな温かみが宿る。
「この孤児院の神父のように無償で他人を救おうとする者、弱者に手を差し伸べる者だ。俺は、そのような存在を尊敬している」
それはもちろん、勇者エリスのことも含めている。
チラリと少女の横顔を見ながら、バルドルは拳を握りしめ、続けた。
「……だが、個の善意だけでは世界は変わらん。この愚かで矛盾に満ちた世界を根底から変えられるのは、何よりも勝る力と意志を持つ者だけだ」
「――だから、魔王を復活させ、全ての存在の上に立ってほしいと」
「その通りだ」
バルドルの目は、強い信念に輝いていた。
「俺はこの目で両方を見た。人間の醜さも、尊さもだ。だからこそ俺は信じる。魔王様の力こそが、この矛盾を断ち切る唯一の道だと」
エリスはその言葉を深く噛みしめた。
バルドルの意思は、単なる盲目的な忠誠ではなく、深い失望とわずかな希望の上に築かれた、確かな信念だったのだ。
「バルドルさんの想い、ようやく理解することができました。ありがとうございます」
「……礼を言われるようなことはしていない」
バルドルの素直じゃない態度に、誰に似たのかとエリスは微笑む。
一方の魔王は、バツの悪い顔をしながら尻尾をべしべしとその背に叩きつけている。
明らかに不機嫌だ。
「でもバルドルさんのことを知りたいと思ってましたから。あの時から――ハッ!?」
「ど、どうした!? 急に叫ぶんじゃない、驚くではないか!」
「……お金」
「金?」
エリスは口をパクパクさせながら、次の言葉を紡げない。
そして、深く項垂れると、申し訳なさそうにバルドルにそのまま頭を下げた。
「あの……初めてお会いした時の銀貨ですが……」
「……銀貨?」
「はい。以前お手合わせした際に、お金を落とした私に銀貨を二枚、貸してくれたじゃないですか。……すみません、今手持ちがなくて、またしばらく待っていただけませんか?」
エリスの本当に申し訳なさそうな態度に、バルドルはきょとんとした顔をした。
感情が追いつかない。
なぜ目の前の少女は、こんなにも悲しい顔をしながら、自分に謝罪しているのかがわからなかったのだ。
「い、いや……あの時の金は、貸したわけでは無く譲っただけ……」
「あんな大金、いただくことなんてできません! 貸してもらってるだけですし、利子をつけて絶対に返してみせますから!」
真っ直ぐなエリスの瞳に、バルドルはたじろいでしまう。
正直、金のことなんてどうでも良かったのだ。
しかし、ここまで真剣に話されると、その言葉も向けることはできなくなってしまう。
バルドルは一瞬呆然としたが、すぐに照れくさそうに顔を背けた。
「……急ぐことはない。いつか返してくれれば、それでいい」
その声には、わずかなためらいと、仄かな期待が込められていた。
“いつか返してくれれば、それでいい“
――それは、再び会えることへの、バルドルなりの希望の表明だった。
「それと、よければこれも貰ってくれ。俺には過ぎたものでしかない」
「これって……まさか!?」
それは、紫色に怪しく光る大きな宝石。
魔王の配下の一人であるシルフィアやフィールが持っていた魔封石そのものであった。
《シルフィアの持っていたものと遜色ない大きさのようだな。この大きさであれば、バルドルほどの実力でも余を一時的に封じることもできたはずだが……》
「俺の同士である魔王様の配下の一人に渡されたものだ。お前とはもう戦うつもりはないし、むしろ魔王様を守るために使ってくれ」
「で、でもいいんですか? 確かこれ、かなり貴重なものだってフィールさんも言ってましたけど」
「ん? あの青二才にも会ったのか? なんというか、不思議な巡り合わせの多いやつだな、お前は」
「はい。話せばわかるとおっしゃっていたので、一緒に喫茶店でお茶を楽しませてもらいましたよ」
「お、お茶……?」
フィールを指導した当人からしてみれば、エリスと戦っても敵うわけがないとは思っていた。
しかし、まさか戦闘発生すらしなかったとは、予想外であり、驚きのあまり口をあんぐりと開けながら呆然とするばかりであった。
そして、バルドルは想う。
かつて勇者であったとはいえ、この少女は本当に不思議な存在である、と。
人間は愚かであり、救いようがないという想いを捨てきれない自分とは違い、人間も魔族も、分け隔てなく信じているのが、この少女なのだ、と。
(そうか、この光のような笑顔が、かつて敵だった俺や魔王様、他の魔族達の心を溶かし、そしてその心に新たな光を灯したのか――俺が敵うはずがなかったのだな)
満面の笑みを浮かべているエリスに、バルドルは苦笑しながらも認めていく。
そして、その心の中には一つ、新たな可能性が芽生えるのであった。
――全ての者の上に君臨すべき存在が、この少女なのではないか、と。




