元勇者と魔王の配下の共闘
エリスとバルドルが孤児院で手伝いをする平穏な日々は、ある午後、突然の訪問者によって破られた。
「おおい! 神父さん、約束の日だぜ!」
教会の扉が乱暴に開かれ、筋肉質の大男たちが数人、ずかずかと中へ入ってきた。
彼らの先頭に立つのは、狡猾な目をした取り立て屋だった。
「貧乏孤児院とはいえ、家賃は払ってもらわんとなぁ? 金の用意はできるよな?」
老神父は蒼白な顔で前に出ると、両手を合わせて詫びた。
「も、申し訳ありません……今月は寄付も集まらず、子どもたちの食事代すらギリギリで……」
「ふん、またその言い訳かよ」
取り立て屋は嫌味な笑みを浮かべた。
「でもな、俺たちも商売だ。金がなきゃ、それ相応のものを受け取るしかない」
子供達は恐怖で固まっており、次第に嗚咽をあげ始める子も出てきた。
「大丈夫、怖くないですよ」
エリスはすぐに子どもたちの前に立ち、優しく囁きながら背後に導いた。
その瞳には恐怖は一切なく、いつも通りの彼女の優しさが浮かんでいる。
「……ここは聖域だ。引き上げろ」
バルドルが静かに前に進み出た。
その整った顔は鋭い表情に変わっている。
その威圧感に、取り立て屋たちは一瞬ひるんだが、すぐに苛立った様子を見せた。
「なんだ、小僧。でけえ口たたきやがって。金が出せねえなら、代わりに子供を何人か貰うぜ。働かせて元取るまでだ」
エリスが前に出る。
「事情があるのは察しますが、それはできません。どうか、お引き取りください」
取り立て屋はエリスをじろりと見下ろし、下卑た笑みを浮かべた。
「……なら、お嬢ちゃんが代わりになるか? それなら話も考えてやるぜ」
エリスは静かに、しかし強く首を横に振った。
「いいえ、それは困ります」
「いい加減にしろ!」
バルドルの声が雷のように響いた。
彼の周囲の空気が震え、武人としての本来の威圧感が迸る。
「金がなければ力で奪う? 弱者を脅す? それこそがお前たちのいう商売か?」
「う、うるせえ!」
「そもそも当初、お前達が神父様を騙し、法外な家賃であることを隠しながら契約を結ばせたのが元凶だろう。それを馬鹿正直に払っているだけでもありがたく思うがいい」
「てめえ……いい加減にしやがれ!」
取り立て屋たちは明らかに怖じ気づいたが、面子を保とうと、一人が怒鳴りながらバルドルに掴みかかろうとした。
次の瞬間、パシッという鈍い音が響いた。
男の拳がバルドルの頬を捉えたが、バルドルは微動だにしていない。
むしろ、その目は冷たく静かな怒りに輝いていた。
「……先に手を出したのを、後悔するがいい」
バルドルの動きは電光石火だった。
殴ってきた男の腕を掴み、全力で放り投げる。
「ヒィッ……!?」
男は恐怖の声を上げ、仲間を巻き込みながら吹き飛んでいった。
「おい! 手伝え!」
バルドルが叫ぶ。
エリスはすでに動いていた。
ちょうど掃除中だったモップの柄を抜き取り、すっと構える。
「名前を呼ばれないと誰のことかわかりませんよ、バルドルさん」
「……手伝え、『エリス』!」
バルドルは一瞬ためらい、そう言い直した。
その言葉に、エリスは満面の笑みを返す。
「――了解しました! でも、殺しちゃダメですからね。手加減しましょう」
エリスはいたって冷静に返し、不敵な笑みを浮かべた。
バルドルはその向けられた言葉に対し、笑みを返しながら黙って頷くのであった。
――そこから先は、圧倒的な力の差を見せつける時間だった。
バルドルは鍛え上げられた肉体と武人としての技術で、男達を次々と無力化していく。
一撃一撃は正確で、気絶する程の必要最小限の力しか使わない。
エリスは第六感による“先読み“と機敏な動きで、全方位から襲いかかる者をモップの柄で巧みに流し、足を払い、バルドルの死角を守りつつ、急所に打ち込んでいく。
二人の動きは、まるで長年からの相棒のように連携をしていた。
バルドルの力強い攻撃と、エリスのそれを補佐するような細やかな動き。
それは、かつて死闘を繰り広げた敵同士とは思えぬ、見事な共闘だった。
(……まさか、余の配下と勇者が共闘する日が来るとはな)
魔王の声には、呆れとある種の感慨が込められていた。
◇ ◇ ◇ ◇
教会の中庭は、かつてない緊張と安堵が入り混じった空気に包まれていた。
地面には取り立て屋の手下たちが呻吟し、最後の一人は恐怖に駆られて逃げ去ったばかりだ。
埃が静かに舞い降り、遠くで聞こえていた小鳥のさえずりが、再びゆっくりと戻ってくる。
「――よく聞け」
バルドルは、最後に残った取り立て屋の親分――地面に転がり、震え上がっている男の前にゆっくりと屈み込んだ。
その整った顔には、冷たい怒りが静かに燃えていた。
エリスの手を借りたとはいえ、武人としての誇りはこのような弱者を脅す行為を許さない。
「――契約書を改訂し、正当な家賃に変更しろ。そしてそれが終わり次第、二度とこの聖域に足を踏み入れるな。……さもなくば、次はこれ以上の代償を要求する」
バルドルの声は低く、鋭く、氷のようだった。
その目はほんの一瞬だけ――深紅色の不気味な輝きを帯びた。
それは人間を超越した存在の威圧感であり、男の魂の底まで凍りつかせるような恐怖を湧き起こした。
「わ、わかった! わかりました! もう絶対に逆らいません! だから……だから……!」
男は泣き声を上げながら必死に懇願する。
それを見たバルドルはゆっくりと立ち上がり、微かに顎を動かした。
それだけで、男は這い立ち、必死の形相で逃げ出していった。
静寂が戻り、バルドルは深く息を吐くとその場に立ち尽くした。
拳を握りしめた手が、わずかに震えているのに気づいた。
興奮か、怒りか。
――あるいは、エリスとの予期せぬ共闘による、複雑な感情の高ぶりか。
「バルドル兄ちゃん! 超強い!!」
「凄いかっこよかったよ!」
子供達の歓声が、その沈黙を破った。
恐怖で固まっていたのも先程までだけの話、一気にバルドルを取り囲み始めた。
それらの目は、純粋な尊敬と賞賛で輝いていた。
「は、離れろ……汚れるぞ……」
バルドルはぎこちない様子で子供達から少し距離を取ろうとした。
しかし、それは逆に子供達の興味を引き、さらにまとわりつかれる結果となった。
もごもごと言いながらも、子供達を乱暴には扱わない。
エリスはその光景を、温かい眼差しで見守っていた。
彼女の胸には安心感と共に、ある疑問が静かに湧き上がっていた。
(なぜ、バルドルさんは孤児院の仕事をしているのに……それでもなお、魔王の復活を望んでいるのでしょう)
その疑問は、エリスの心の中でゆっくりと形を成していった。
バルドルが人間社会に溶け込む中で見たもの。
それは、弱者を虐げる者たちの卑劣さ。
そしてそれに抗う者たちの優しさ。
バルドルの心の中には、人間への失望と、それでもどこかに希望を見出そうとする葛藤があるに違いない。
そして、そのすべてを超越する存在として、彼は魔王に答えを求めているのではないか――
エリスの疑問は、複雑に絡み合っていくばかりであった。




