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処刑されそうになった勇者を救ったのは、彼女がかつて打ち滅ぼした魔王だった  作者: 観葉植物
閑話休題

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その昔、少女はその圧倒的な力を拒絶された

 

 


 次なる街へ向かう時のこと。


(この森……確か……)


 目の前に広がる景色は、どこか懐かしいもの。

 鬱蒼と茂る木々やうっすらと苔むした巨岩、そして遠くで轟く滝の音に、その足が自然と緩む。


 胸の奥で、かすかな疼きのような感覚が走る。

 それは遠い記憶であり、色褪せた痛みを伴う思い出であった。


《どうした? 足を止めてぼんやりとして、何か気になることがあるのか?》

 

「ええ……少し、見覚えのある場所でして」


 エリスは答えるが、その声にはどこか曇りがかった響きがあった。

 黒猫はその肩から軽やかに飛び降り、鋭い深紅の双眸で周囲を見渡した。


《ふむ……確かに、何らかの戦いの痕跡がかすかに残っているな。魔獣の爪痕の他に――人間ではあり得ないほどの力を持って、破壊された跡が》

 

 エリスはゆっくりと歩き出し、記憶を手繰り寄せるように森の小道を進んでいく。

 木々の間を抜ける風の音が、まるで過去からの囁きのように聞こえる。


 そして、エリスはとある場所に立った。


 その場所は、少し開けた空地。

 地面は草に覆われてほとんど判別できないが、巨大な爪らしき跡がいくつか残っている。


 周囲には、かつて凄まじい何かで斬り飛ばされたことを物語る、数多くの切り株があった。


(そうか、ここはあの時、魔獣と戦った場所。――そして)

 

 ――エリスの脳裏に、あの日の光景が鮮明に甦った。



◇ ◇ ◇ ◇



 それは、エリスがまだ銀髪の勇者として旅をしていた頃のこと。

 魔王討伐前、魔獣の脅威を静めるために各地を巡っていた時の話であった。


「……近くに魔獣の気配、それも複数……巨大な瘴気も!」

 

 森の中を歩いていると突然、第六感が魔獣の気配を察知した。

 その数、その大きさともに放っておくことはできないエリスは、その方向へと一瞬にして駆け出した。




「これは……!」

 

 空地に辿り着いた時、そこには絶体絶命の状況があった。

 十匹の鋭い牙と爪を持つ紫色の魔獣に、二人の子供が追い詰められていたのだ。


「こ、来ないで……誰か……」

 

 十歳前後の姉と、さらに幼い弟だろうか。

 弟は怪我をしたのか地面に蹲り、姉が涙を流しながら必死にその前に立ちはだかっている。

 しかし、姉の小さな身体では障壁にもなるわけもなく、魔獣達はゆっくりと包囲網を狭めていた。

 

「離れてください!」


 エリスの声が空地に響き渡る。

 そしてほぼ同時に、その身体から迸る光が銀髪を煌めかせた。


 魔獣たちは新たな脅威に注意を向け、低い唸り声を上げて襲い掛かってくる。


「邪魔です!」


 一振りの剣撃で、複数匹の魔獣が一瞬にして弾け飛ぶ。


 増援の遠吠えをしている魔獣を掌底による衝撃波で吹き飛ばしてその目論見を阻止。

 周囲に展開する魔獣を拳の乱撃で次々と殴り潰していく。


 大木と同じくらいの背丈を持つ、巨大な魔獣も拳の一撃で破裂させた。


 魔獣の体液が、血液が雨のように降り注ぎ、エリスの身体に付着していく。

 村娘のような衣服が赤と黒に染まっていき、その美しい髪にも汚液が滴り落ちてく。

 

 この時のエリスは未熟だったため、いわゆる“絶対防御“を常時展開できない時期であり、戦闘技術も華麗さや武芸としての美しさはなかった。


 ただひたすらに魔獣を「排除」することに特化した、効率的で――ある意味では残忍なまでに直接的なものだった。


(早く……早くこの子たちを安全な状態にしなくては!)


 焦りがエリスの動きを速め、攻撃を鋭くする。


 再び魔獣が草むらから飛び出してきたが、エリスの金色の瞳はそれを見逃さず、光り輝いた。


 一匹目は放った手刀が光の刃となり、魔獣の首を刎ねる。

 二匹目は光術によって地面に叩きつけられ、次の瞬間、頭部を粉砕し絶命させた。

 

 血と土埃が舞い上がり、またも汚液がエリスに染み込んでいく。


 そしてエリスの猛攻によって魔獣の群れが一瞬、たじろいだ隙にエリスは姉弟の元へと駆け寄った。


「大丈夫ですか!? 今のうちに逃げ――」


 その言葉が途中で止まった。


 姉と思しき少女が、震える両手を精一杯広げ、弟を守るようにしてエリスの前に立ちはだかっていたのである。

 その目には涙が溢れ、恐怖で瞳孔が開いていた。


「っ……来ないで……! 化け物……!」


 少女の声は震えていたが、弟を守る姿勢は微動だにしない。

 

 エリスは一瞬、言葉を失った。

 自分自身の姿――銀髪が魔力で輝いているが、顔や服は魔獣の血で染まっている。

 その上、必死の余りに漲らせた殺気が、眼前の少女にとっては襲い掛かる魔物以上に恐ろしいものに見えていることに、ようやく気がついたのだ。


 エリスの心が、締め付けられるように痛む。

 そして、寂しげなままの優しい笑みを浮かべた。


「――ごめんなさい。怖がらせてしまいましたね」


 エリスは一歩、二歩と姉弟から離れていき、確実に距離を取る。

 その動きは極めてゆっくりで、威嚇ではないことを示そうとした。


「お姉ちゃんはとても優しいですね。弟さんを守ろうとして」


 エリスはゆっくりと魔獣の群れの方へ向き、姉弟に背を向けながら静かに言った。


「――私が魔獣の囮になります。だから、先に見える村まで振り返らずに走ってください」


 そして最後に、姉に向けて心からの願いを込めて告げた。


「――どうか弟さんを、しっかり守ってあげてくださいね」


 姉は一瞬躊躇ったが、エリスの眼差し――恐怖に震える自分を決して責めず、ただ優しく見守るその瞳に頷き、弟の手を握りしめた。


「さあ、走って!!」


「…………!!」

 

 姉弟は無言のまま、必死で走り出した。

 怪我をした足を引きずる弟を、姉が肩を貸しながら、振り返らないままに。



◇ ◇ ◇ ◇


 

 姉弟が去っていくのを背中で見送りながら、エリスは深く息を吸った。

 体内に眠る膨大な魔力が、静かに沸騰し始めるのを感じていく。

 

 その眼差しは、一変していた。

 優しさは消え、そこには冷徹な決意の光だけが宿っている。


「あの子たちの脅威になるものは……一人残らず、消し去らないと」


 その瞬間、エリスの足元から衝撃波が走り、周囲の小石が浮き上がった。

 銀髪は無風であるのに翻り、黄金の瞳はより一層深く輝く。


 周囲の空間が歪み、圧倒的な威圧感が魔獣達を貫いた。


「ヴ、ヴヴヴ…………!!」


 魔獣達は、本能的な恐怖に吠え立てる。

 しかし、逃げる間も与えられはしなかった。



 エリスは地面を蹴り、神速の移動を開始した。

 その速度は目で追うことすら困難で、残像を描きながら一匹の巨大な、熊のような魔獣の眼前に現れる。


「――せいッ!!」


 拳が魔力の光をまとって魔獣の胸部を貫く。

 強化された胸骨が砕け、肉が裂ける鈍い音が響き渡った。


 魔獣は悲鳴すら上げられずに、絶命した。




「ヴォォォォ!!!」

 

 激しい怒声と共に、二匹目が鋭い爪で襲い掛かるが、エリスの周りに展開された不可視の障壁に阻まれる。

 感情の昂りが勇者の力を覚醒させ、“絶対防御“が無意識下で展開されたのだ。

 

 そして次の瞬間、エリスの掌から放たれた光の奔流が魔獣を飲み込み、その身体を粒子のように分解していった。




「ギャオオオン!!」

「グアアアアッ!!」


 複数の魔獣が、エリスに一斉に襲いかかっていく。

 全方位からの襲撃だったが、エリスは腰の剣を抜き、そして両手で柄を握り、全力で薙ぎ払った。


「はあっ!!」


 鋭い真空波が周囲全方向に放たれ、空気が叫び声を上げながら切り裂いていく。

 周囲の魔獣は木々を巻き込みながら、寸断され、切断された木々は地響きを立てながら倒れ込んでいった。


「ギギギィ…………!」

 

 最後の一匹は恐怖の余り後退りする。

 しかし、エリスの視線がそれを捉えただけで、四肢が氷結したかのように動きが封じられた。


「――逃しませんよ」

 

 エリスはゆっくりと近づき、そっと手の平をその頭部にかざす。

 その瞬間、純白の光が魔獣を包み込んでいく。


 そして、その身体は青白い豪炎に包まれ、その存在は焼散していった。




◇ ◇ ◇ ◇



 

 戦いは、圧倒的な力により終結した。

 空地には静寂が戻り、魔獣がいた場所には激しい戦いの痕跡しか残っていない。


「……ふ、ふふふ…………」

 

 エリスはその場にひざまずいた。

 強大な魔力を解放した反動が、じわりと身体を襲う。


 身体中の光の輝きは次第に収まり、その肩は小さく震えていた。


「……これで……よかったんです。……拒絶されるのは仕方ない……そうですよね……」


 エリスは寂しげに呟きながら、一粒の涙が頬を伝い、血で汚れた地面を濡らす。


「あの子たちが無事でいてくれるなら……それでいい……」



 その声は次第に弱まり、寂しげながらも、どこか清々しい笑みが消えることはなかった。

 


 遠くでは、無事に村へ辿り着いた兄妹の安堵の声が、かすかに聞こえるような気がした。


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