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ローウェン領からの旅立ち。そして、魔法都市への帰還


 親睦会から数日後、アーサーはエリスの尽力もあり、多くの領主たちとこれまで通りの取引を継続することで合意を得た。

 

 追い詰められていたマルコム卿も、アーサーや他の領主たちの支援を受けることになり、領地再建の道筋がようやく見え始めた。


 結果的には、全てのことが大成功ということで収まった。

 その中心にいたエリスにとって、これほど嬉しいことはなかった。



◇ ◇ ◇ ◇

 


「エリスさん。今回の件、貴女の協力がなければ、私はきっと何も成し遂げられなかった。心から感謝している」


 館に戻った後、アーサーはエリスに深々と頭を下げた。

 エリスは微笑みながら首を振る。


「いえいえ、私はただ、お役に立てたならそれで十分ですから」


 遠慮がちに手を振るエリスに、アーサーは顔を上げながら真剣な眼差しで見つめた。


 少女の赤い瞳はどこか深く澄んでいて、周囲の何気ない風景さえも引き締めるように鮮やかに映る。

 それでいて、戦士のようにしゃんと伸びた背筋と、どこか寂しげな微笑み。

 

 慈愛のようでありながら、寂寥感を覚える微笑みを持ち、それでいて誰にも負けないほどの強さをも持つ。

 アーサーはいつしか、その二面性に自然と目を奪われていたのだ。

 

 ――そして、少し躊躇いながら口を開いた。


「……エリスさん。もしよろしければ、本当に私の――」


「――いけませんよ、アーサー様」

 

 言葉が完全に終わる前に、エリスの細い指がそっとアーサーの唇に触れた。

 エリスの声は優しく、はっきりとした意志を込めたものだった。


「私は旅人で、アーサー様は領主。――住む世界が違うのです」


「……ははっ。本当にエリスさんには、敵わないや」


「ふふ。お役に立てたこと、光栄に思います。どうか、これからも領民のため、ご自身のためにお務めを果たしてください」


 アーサーはしばらく呆然としていたが、やがて力なく笑った。

 エリスもその姿を見て、優雅に一礼した。



 オズワルドに鍛えられた仕草を、エリスは最後まで披露したのであった。



 

◇ ◇ ◇ ◇


 


 翌朝、エリスとミリアは館を後にする準備をしていた。

 オズワルドをはじめとする使用人達が、玄関前に集まっている。


「エリス様、短い間でしたが、本当にありがとうございました。貴女のおかげで、これからもこの領地はさらに繁栄するはずです」


 オズワルドが深々と頭を下げる。

 他の使用人たちもそれに続いて、その中にはパメラの姿もあった。


 彼女の姿は、気恥ずかしそうに目を伏せているが、元気そうであった。

 その姿は、魔族であるが、人に求められていることを理解したという証拠。


 人間と魔族の共存が、ここでも成し遂げられたのだ。

 エリスにとって、これほど嬉しいことはなかった。


「こちらこそ、お世話になりました。皆様、どうかお元気で」


 エリスは一人一人に丁寧に挨拶をし、感謝の言葉を伝えた。

 

 

 そして最後に、アーサーが前に出た。

 するとエリスはアーサーに深々と頭を下げた。


「アーサー様、遅くなってしまいましたが、勇者の剣を折ってしまい、申し訳ございませんでした。あなたの貴重な財産であったのに、安物と看破するために、折る理由はありませんでした」


 アーサーは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに優しく微笑んだ。


「顔を上げてほしいな。貴女が謝ることではないのだから」


「しかし……」


「確かに、私はあの剣を『平和の象徴』として買いました。でも―― それは間違いだった」


 アーサー遠い目をしながら、剣を買った当時のことを思い出す。


「あの剣がなくても、平和の象徴として提示できるものはいくらでもある。物に頼らず、これからは自分の手で、領民のために働くと誓うよ」


 そして、アーサーは真っ直ぐにエリスの目を見つめた。


「勇者の剣は、あなたと私の縁を結びつけるためにあった。それだけで、あの剣は十分に役目を果たした。だから気にしないでくれ」


エリスの胸に、温かいものが広がった。


「……アーサー様」


「何より、貴女のおかげで気づけました。本当に大切なものは、形のあるものではないと」


 アーサーはそう言って、エリスに握手を求めた。

 エリスはその手を握り返し、静かに微笑んだ。


「貴女のこれからの旅路に、幸多からんことを祈っているよ」


「ありがとうございます。アーサー様もどうか、どうかお元気で」


「アーサー様! 私も楽しかったよ! また何かの機会があれば遊びに来るからね!」

 

「勿論! 美味しい紅茶を用意しながら、待っているよ!」



 そしてエリスとミリアは馬車に乗り込み、領主の館を後にした。

 


 遠くに向かう場所を眺めながら、アーサーはポツリと呟いた。



「ありがとう、エリスさん。――本当に、愛していました」


 

 それは、誰に聞かれることを望んでいない、自分だけで完結する想い。

 言葉にすることで、思いを断ち切ったのだ。



「君が言ってくれた通り、領民のために、この一生を捧げてやる。……だからいつか、この領地を真に繁栄させることができた時……その時に、また会おう」

 

 

 そうしてアーサーは館へと戻って行った。


 その背中は、以前よりも大きく見えた。



◇ ◇ ◇ ◇



 魔法都市アルカディアに戻ると、ミリアはすぐに教授の部屋へと駆けて行った。


「私、なんか教授に呼ばれたみたいだから、ちょっと行ってくるね」


 館へ行ってる時の不在中、ミリアの友人が寮の部屋に手紙に届けたらしい。

 そこには教授がミリアに聞きたいことがある、との記載があったとのことだ。


 教授の名はオルディス。

 そう、『勇者論』の司会を務めた、エリスにとっても馴染み深い存在であった。


 しかし、教授自ら人を呼びつけるのは珍しいらしく、そこがエリスにとって気掛かりであった。



 

(なんともなければいいのですが……不安です)


《気にしても仕方あるまい。何かあったときは、お前があの娘を助ければいい。……そうだろう?》


(ええ、そうですけれど……不安はやはり尽きないのです)



 魔王の言葉に鼓舞されながらも、エリスの第六感が、無性に不安を煽っている。



 ――そして、その感覚はおそらく間違いではなかった。




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