ミリアとの別れ
「失礼します!」
ミリアは元気な声のまま、教授室の扉を開ける。
そこには、書類の山を前に穏やかな表情を浮かべている教授オルディスの姿があった。
「おお、ミリア君。この度は時間をとらせてしまって申し訳ない」
「いいえ! とんでもないです!」
「ローウェン領に実地調査に行っていたと聞いたが、旅は楽しめたかい?」
「はい、教授! たくさんのことを学びました!」
それはいいことだ、と微笑むオルディスの姿は、学徒想いの教授そのものだ。
しかし、主題を話し始めたその時、その目つきが変わった。
「……ところで、君の友人であるエリスという娘についてなんだが」
「エリスのこと、ですか?」
「少々興味深いことがあってね。――よければ彼女のことを、少し聞かせてくれないかな?」
「…………!」
ミリアの心臓が大きく跳ねた。
オルディスは微笑んでいるが、その笑顔の奥には底知れぬものを感じてしまう。
だからこそ、ミリアはすぐに平静を装った。
「――エリスはかけがえの無い友人です。特別なことは何も無い、普通の女の子です。……ただ、勇者のことについてよく調べていて、私も教えてもらったところがあります。それに、とても優しくて、とても強い子です」
オルディスはミリアの瞳をじっと見つめた。
その中に、嘘はない。
しかし、何かを隠していることも見逃さなかった。
「……そうか。それは良かった」
オルディスはそれ以上追及しなかった。
長年の経験から、無理に聞き出そうとしても良い結果は得られないことを知っていたのだ。
「ひとつだけ聞かせて欲しい。もし彼女の身に何かが起きてしまい、一人でいることを望み始めた時……君ならどうする?」
オルディスの問いに、ミリアは即座に答えた。
「放っておけません。だってエリスは、私にとって大好きな友人ですから」
その言葉に、オルディスの胸に温かいものが広がった。
エリス――『勇者論』で変装していたあの少女のことを思い出す。
そして、あの様子から思い浮かべたのは、紛れもない勇者の姿。
(――かつて勇者は常に孤独だった)
オルディスが想う勇者像は、ごく普遍的な勇者に対するイメージだ。
誰にも頼らず、誰にも弱音を吐かず、ただ一人で戦い続けた。
それが勇者の強さであり、同時に悲しみでもあった。
(――しかし今は違う)
エリスには、ミリアという大親友がいる。
かつては孤独であったとしても、今はもう、孤独では無いのだ。
それがたとえ、今後離れてしまったとしても、心の距離はいつまでも近い場所にある。
「……そうか。それは良かった。君には、いつまでも彼女の友人であり続けて欲しい。それが彼女のためであり、そして君のためでもあるだろう」
「はい、教授。私はずっと、エリスの友人です」
ミリアは深く頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇
「お帰りなさい、ミリアさん。……どうかしましたか?」
寮に戻ったミリアは、即座に待機していたエリスの元へ駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。
突然の行為にエリスは少々戸惑うが、ミリアの様子がおかしいことを察したことで、その背中をゆっくりと摩り始める。
「――オルディス教授が、エリスのことを怪しんでた。『勇者論』での変装もきっとバレてたんだと思う。……もしかしたら、教授はエリスの正体を――」
エリスは表情を変えなかった。
少々目立ちすぎた自覚はあり、むしろ妙な納得があったため、静かに頷いた。
「……そうですか。ならば、もうここには長く居ることはできませんね」
「……うん」
二人の間に、寂しい沈黙が流れた。
抱擁を解き、エリスは道具袋から地図を取り出すと、次の目的地を指でなぞる。
「明日にはこの街を出ようと思います。次の行き先は深く考えていませんでしたが、武器である棒を調達したいので、この山の麓にある村を目指そうと思います」
淡々と話すエリスに、ミリアは唇を噛みながら、小さく呟いた。
「……エリス。私達、また会えるよね?」
「ええ、勿論」
「絶対にだよ? 私、ずっとエリスに会えることを楽しみにし続けるからね?」
「ええ、絶対です。私も、いつかまたミリアさんにお会いできることを、楽しみにしますね」
二人は顔を見合わせ、再び抱擁を交わした。
◇ ◇ ◇ ◇
その夜、エリスはミリアと同じ布団に潜り込み、二人で並んで天井を見つめていた。
外はすでに真夜中。
もう寝る時間だというのに、二人にその気配は全くない。
「ねえ、エリス。最初に会った時のこと、覚えてる?」
「ええ。私が港街で金欠になったことで、依頼を受けようとあたふたしていた時、ミリアさん達に声をかけられた、でしたね」
「そうそう! それで道中でエリスが棒術を披露したら、みんなビックリしてさ!」
「――勇者の力を使ったのも、今では遠い昔の気がしてきます」
「うん。エリス、とってもかっこよかったよ。勇者の正体がこんなおとなしそうな女の子で。それでいて、こんなに優しいって知ったのも、あの時だった」
二人はあの時のことを思い出し、くすくすと笑った。
他愛もない話をしながら、時は過ぎていく。
「魔法を使えるようになりたくて、立ち寄った場所で再会できるとは思ってもいませんでした。……ミリアさん?」
「……すぅ……すぅ」
気づけばミリアの方から、規則正しい寝息が聞こえ始めた。
すでに夢の中にいるようで、その寝顔は穏やかで何の憂いもない。
エリスはそっとミリアの寝顔に手を添え、撫でていく。
「……ミリアさん。私のことを、友人と言ってくれてありがとう。――本当に、嬉しかった」
ほとんど聞こえないほどの小さな囁きを向けながら、エリスはミリアをぎゅっと抱きしめた。
その腕は、戦士であることを忘れさせるほど優しく、そして温かい。
そして、エリスはそのままそっと瞳を閉じた。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、エリスは簡素な朝食をミリアと共に済ませると、魔法都市の正門へと向かった。
「エリス……本当に、行っちゃうんだね」
ミリアの目が潤んでいる。
エリスは微笑みながら、頭を優しく撫でた。
「大丈夫。またいつか会えますから。――約束します」
「……うん。絶対だよ」
「はい、絶対です」
二人は最後に再び固い抱擁を行う。
今生の別では無い。
だからこれは、いつかまた再会できることを誓う約束であった。
「ミリアさん。――どうか、お元気で!」
「エリスもね! 身体には気をつけるんだよ!!」
エリスは歩き出した。
その背中を見送りながら、ミリアはいつまでも手を振り続けた。
遠ざかっていくエリスの姿。
やがてそれは点のように小さくなり、道の彼方へと消えていった。
ミリアは、しばらくの間、その場に立ち尽くしていた。
そして、誰にも聞こえないように呟いた。
「……ありがとね、エリス。私の、誰よりも大好きな親友」
風が吹き抜け、その言葉を空の彼方へと運んでいった。
ミリアはようやく手を下ろし、振り返ると、そのまま魔法都市の門をくぐり、寮へと戻っていく。
その背中は、かつてない程にまっすぐに伸びていた。
(私は、もっと強くなる。エリスに会った時に、恥ずかしくないように)
それは、今は小さな決意でしかない。
しかし、いつか彼女に再会する時を信じて、突き進む未来となるだろう。
――それは、エリスという一人の少女が、また一人の人間の心に消えない光を灯した瞬間でもあった。
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ここまでお読みいただきありがとうございました!
作者の観葉植物です。
エリスが令嬢になり、貴族の嗜みを身につける長編でしたが、如何でしたでしょうか?
田舎者(本人自認)であることからも普段の何でもできる存在であるエリスがやたら手こずったり、うまくいかなかったりする姿を描いてみたい、からの長編でした。
最後は彼女の超常的な能力で目立ってしまうのですが、それもまたお約束。
そして、次からはまたエリスの旅が始まります。
本格的な戦闘がだいぶ遠い昔の話になっていることからも、そんな感じの話に入っていくと思います。
そして、魔王というキャラクターについても掘り下げていくつもりです。
感想、評価、様々な反応をしていただくと作者が喜びます!泣いて転げていきます!
まだまだ話は続きますが、どうかこれからもよろしくお願いします!




