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続く嫌がらせを全て跳ね除け、少女はさらに成長する。


 親睦会も中盤となり、貴族達はそれぞれ経営の話や領地との関係性を語り合い始める。

 随伴していた婚約者達も同様に、それぞれ貴族である夫に恥じないよう、立ち回り始めた。


(……多くの方からの敵意が分かりやすく感じ取れます)


 夫人達が目をつけたのは――エリスただ一人だった。


 先ほどの展示武具にて多くの貴族を引き連れて、誰もが知らない知識を披露する。

 新参者である少女が、アーサー・ローウェンの婚約者として急に現れ、そして会場の多くの貴族の視線を一つに集めたのだ。


 ――敵意を向けられるのも仕方がなかったのだ。


《反応せず、堂々と構えていろ。所詮は雑魚共だ)


 魔王の励ましに、エリスは背筋を伸ばしながらアーサーに随伴しようとする。


 すると、物質的な損害を与えようと一人の貴族夫人がわざとらしく振り返る。

 エリスに衝突し、彼女の持つ扇子を落とそうとした。


「おっと、危ない」


「っ!?」


 しかし、エリスの反射神経はそれを許さない。

 かすかに体をひねり、扇子をわずかに高く掲げるだけで、接触を回避した。


 貴族夫人は逆にその勢いを殺せず、ふらついてしまった。


「大丈夫ですか? 転ばずに済んでなによりです」


 エリスはむしろ、ぶつかってきた夫人を転ばせないように手を取り、心配そうに見つめた。

 周囲の目が一瞬でその夫人に向けられ、彼女は申し訳なさそうにその場を離れた。


 言葉の罠も巧妙に仕掛けられる。

 ある年配の貴婦人が、慈愛に満ちた表情で近づいてきた。


「お綺麗な方ですね、エリス様。まるで、路傍に咲く可憐な野の花のよう……」


 一見褒め言葉だが、その中には「路傍の花」という、身分の低さを暗示する侮蔑が込められている。

 

 しかし、エリスは穏やかな微笑みで返した。


「お褒めいただき光栄です。しかし、私は野の花などではなく、アーサー様が丹精込めてお育てになった庭の一輪だと思っております。これからも、この庭を彩る一輪として咲き続けたいと願っています」


 その返答は、侮辱を逆に領主からの寵愛の証へと見事に変換した。

 貴婦人は見事な返しに絶句し、それ以上言葉を続けられなかった。



 心理的駆け引きも行われた。

 エリスが少し疲れを見せた頃を見計らって、一人の貴婦人が近づいてきた。


「お疲れでしょう? 無理もありませんわ。貴女のような方が、このような場に慣れるには、まだ時間がかかりますものね」


 エリスは深呼吸一つせず、微笑みを保ったまま答えた。


「お心遣いありがとうございます。確かに少し緊張はしておりますが、アーサー様のそばにいられれば、それだけで心強く感じます。このような素晴らしい経験をさせていただけること、心から感謝しております」


 

 外見への批判も陰でささやかれた。

 エリスの耳元で、かすかな声が聞こえる。


「髪飾り、確かに綺麗だけど、もう三年前の流行よ」

「ドレスの色合い、肌の色に合っていないわ」


 エリスはそれらの声に直接反応することはない。代わりに、アーサーの元へと歩み寄り、嬉しそうに囁いた。


「アーサー様、このドレスを選んでくださって、本当にありがとうございます。皆様が、とても素敵だと褒めてくださるのです」


「それは良かった。王都で有名な仕立て人を呼びつけて、君に一番似合うものにしたんだ。むしろ変に思う方がいたら聞いて見たいくらいだよ」


 その言葉は、陰口を叩いていた者たちにも明確に聞こえるように発せられた。

 当てつけのようにされた者たちは、顔を赤らめて俯くしかなかった。




◇ ◇ ◇ ◇



 結局、どのような嫌がらせもエリスには通用しなかった。


 彼女の対応は常に事実に基づいて冷静に反論した。

 悪意を優しさで包み込み、第三者の権威を借りて自己を防衛した。


 そして――どんな状況でも感謝の態度を忘れなかった。


 エリスの肩の上で、魔王が感心したように呟いた。


《見事なものだ。戦闘の時のように、悪意をここまで受け流すことができるとはな》


(命の取り合いじゃない分、余裕が持てるのが大きいです)


 エリスの心の内には、もはやこれらの小さな敵意など気にならないという、静かな強さが息づいていた。

 それは、生死をかけた経験を持つ者だけが持つ、揺るぎない自信だった。


 

 やがて、エリスに対する嫌がらせは次第に収まっていった。



 エリスを貶めようとするあらゆる試みが逆にはね返され、むしろその気高さと知性が際立っていくのを、誰もが悟ったからだ。


 最初は冷笑的な目で見ていた者たちでさえ、次第に敬意を抱き始めていた。


 アーサーはそんなエリスを見つめ、胸の内から湧き上がる誇りを感じずにはいられなかった。

 そして、そっと手を差し出した。


「……貴女を今日の親睦会に誘うことができて、本当に良かった」


 エリスは戸惑いの表情を浮かべたが、やがて彼の手を優しく握り返した。


「むしろ私こそ、このような機会を与えてくれて感謝しておりますよ」


 初めて経験することばかりであった貴族という立場での振る舞い。

 戦場に立つ、田舎者のようなエリスにとっては全てが新鮮であり、学ぶことが多かった。



 しかし、そんな中でもしなやかでありながら、決して折れることない強さを発揮し、見事に切り抜けることができたのだ。


 それは、真の貴婦人としての風格を周囲に認めさせていったも同然であった。




◇ ◇ ◇ ◇




 パーティはまだ続いていたが、もはやエリスに対する敵意は霧散し、称賛と好奇心の視線だけが彼女を包んでいた。



 しかし、そんな中でもエリスの鋭い第六感は、異変を感じ取っていた。



 

 ――会場の隅の壁際で一人、グラスを握りしめる中年の貴族の思い詰めた感情が、エリスの第六感を刺激し続けていたのであった。

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