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そして始まる嫌がらせに、少女は真っ直ぐに立ち向かう

 パーティは中盤に差し掛かると、エリスに敵意を向ける者の存在が、第六感を通じて認識できてきた。


 おそらくアーサーのことを狙っていた、貴婦人達だろう。


 あちこちから放たれる無数の小さな棘を鋭く感知するが、エリスの表情は微動だにせず、優雅な微笑みを崩さない。



 まずは色鮮やかなドレスをまとった若い貴婦人が、親切そうな笑顔を浮かべて近づいてきた。


「ご機嫌よう、ローウェン夫人」


「こちらこそ、ご機嫌よう」


 エリスは真正面から立ち向かう。

 オズワルドからの教えを何度も頭の中で反復し、どのような状況にも対処できるように。


 

「まあ、そのお立ち位置、実は少し作法に反しているのをお気づきですか? 婚約者様の真後ろに立つのが正しいのですよ」


 まずは情報操作的な嫌がらせから始まった。

 明らかに間違った情報を、さも正しいかのように指摘する貴婦人。


 しかし、オズワルドからは、斜め後ろに控えるよう厳しく教え込まれている。

 エリスは軽く頷き、いたって穏やかな口調で返した。


「ご親切にありがとうございます。しかし、執事のオズワルドより、このようにするよう指導を受けまして。最近まで王宮に仕えていた彼の方が、最新の作法に詳しいと存じます」


「なっ……!」


 その言葉に、貴婦人の笑顔が一瞬でこわばった。

 執事の経歴を持ち出され、それ以上何も言えなくなってしまった。




「ねえ、エリス様。ちょっとだけいいかしら」


 次に、一人の勝ち気そうに見える貴婦人がエリスが知らないだろう話題を振ってきた。


「先日の狩猟大会での出来事、ご覧になりました? あのフリードリヒ侯爵の御猟ぶりは、さすがとしか言いようがありませんでしたね!」


 エリスは狩猟大会など知る由もなかった。

 しかし、少し恥ずかしそうに俯き、澄んだ声で答える。


「申し訳ありません、その光栄にはあずかっておりません。ですが、お話をお聞きしていると、それはそれは見事なものだったのですね。侯爵様のご武勇伝、いつか詳しく伺える日を楽しみにしております」


 無知を逆に好奇心として表現し、侯爵を称える。

 その姿勢に、敵は嫌味を言う隙を見つけられなかった。



 次に、社交的な孤立工作も始まった。


「ご機嫌よう、皆様」


「……」

「あら、あちらのお食事も試してみませんか、皆様」


 エリスがグループに近づくと、たちまち会話が途切れ、冷たい視線が向けられる。

 そして、その場から離れていく。


(……成程、そういうことですね)

 

 しかし、エリスは全く意に介さない。

 むしろ、一人でいる時間を利用して、会場の美術品を鑑賞したり、遠くにいるアーサーと視線を交わして微笑んだりする。


 すると、少し歳を重ねた青年貴族がエリスに尋ねてきた。

 

「おや、あなたもこの展示武具にご興味が?」


「はい、《かつて魔王に挑み、深い一撃を与えたと言われているヴァールツ太公の鎧》です。あの凄まじい強さを誇り、今まで誰一人傷つけることのなかった魔王に、初めての一撃を入れた、偉大なる先駆者様です」


「おお! ヴァールツ太公の鎧という事実を知っているものこそ多いが、魔王に一撃を入れた先駆者であることを知っているものはそうはいない!……よく調べていらっしゃいますな!」


「いえ、私も伝聞を耳にしただけですので、誇らしげには言えませんが……ですがその強さ、是非拝見したかったものです」


《……擦り傷でしかないものを過剰に盛りおって》


 魔王は少々愚痴が混じった不満を表明する。


 ヴァールツ太公の存在を魔王から教えて貰い、エリスはそのまま口にしたのはいい。

 しかし、彼の入れた魔王への一撃は、傷とすらいえない程の軽いものだったのだから、魔王にとっては釈然としないのは無理もない。


(すみません、魔王。ですが、あなたが誰よりも強いことは、私が一番知っていますから)


《……ふん、調子のいい奴だ》


 エリスは感謝しながら魔王の顎を撫でると、満足そうにごろごろと音を鳴らす。

 どうやら機嫌を直したようで、エリスは心から安堵した。


「――では、あの剣と盾についてもご存知ですかな?」


 続いて青年貴族は、確かめるように問う。

 

 エリスは魔王の言葉を復唱するように答える。


「《あれは確か……》ステュアー侯爵の特注した武具ですね。魔王の配下であるバルドルという男と激戦を繰り広げ、退けた時の傷が脇腹の……ええと……あっ、ここにありました」


「ッ!? ……そのお話は一体どこでお聞きになりましたか?」


 男は驚き、息を呑んだ。

 しかし、冷静さを取り戻し、続けてエリスに問う。


「えっと……貶めるようなことを言ってしまいましたか? であれば申し訳ありません。謝罪を――」


「いや、違う! ……ステュアー侯爵は私の恩人でね。かつての戦いの深い傷が原因で不幸にも亡くなられたのだが、その理由を絶対に話してくれなかったのだ。――念の為に聞くが、その話は真か?」


《当時、バルドル本人から報告を受けた。奴は嘘をつかぬ。……そういえばバルドルは勝ち逃げされたと悔しがっていたな。確か彼の男の言葉は――》


 エリスは魔王が告げる、侯爵の武勇伝ともいえるその話を肯定し、そしてバルドルに向けた言葉を、一字一句当時のままに、伝えた。


「はい、もちろん真の話です。『もしお互い、生き延びることができれば――次こそは』とも言っていたそうです」


「そうか。……そうだったのだな」


 男は目を瞑りながら、天井を仰いだ。

 まるで今は亡き恩人に対し、懐かしむのと同時に寂しい感情を向けているようだった。


 そして急にエリスへと向き直り、深々とお礼をした。


「――疑って悪かった。その言葉は私も知っていてね。一字一句同じ言葉を告げられれば、真の話であることは間違いない。……本当にありがとう」


「感謝されるようなことはしていません。私、こういった場は苦手で、名の知れた芸術品や作法とかはよくわかりません。むしろこういった武具への興味の方が強いのです」


 苦笑しながら、エリスは正直に答えた。


「申し遅れました。私の名はクリフ。以後よろしく、ローウェン夫人」


「あ、ありがとうございます。そんなに畏まらなくてもいいですし、むしろ夫人ではなくエリスでいいですよ」


「む、そうか。ならばその通りにやらせてもらおう。……それより、この屋敷にある武具は他にも沢山ある。――よろしければ、ご存知のことを沢山お聞き願えるかな?」


 その顔は、青年であるのにまるで少年のような瞳の輝きを持っていた。


 きっと知りたいのだろう。

 展示されている武具にまつわる多くの話を。


 栄光を。

 そして、かつての戦いで刻まれた、武勇を。


(……魔王、いけますか?)


《余を誰だと思っている。かつて余に挑んできた者ならば、誰一人として忘れておらぬ。――それが、武人の勤めだ》


 魔王はかつて、人間を見下していた。

 しかし、己が命を賭して挑んできた者に対しては、最大の敬意を払いながら、全力で相手をした。


 それが例え、一瞬で終わったとしても。

 明らかに実力差があり、命からがら敗走したとしても。

 命乞いをして、無様に逃げたとしても。


 ――魔王にとって、己に挑んだという事実は、全てを凌駕するものだったのだ。

 

 クリフ伯爵は目を輝かせながら、エリスを連れ歩き、武具の解説に耳を傾け始める。


「な、なんということだ!! この剣に、そんな武勇があったとは!!」


「なんだと!? 聞いていた話とは真逆ではないか!!」


「流石にそれは……え、本当だって? ……そうか」


 その大きな声と大袈裟なリアクションは、他の貴族達の目にも入ったようで。


 いつの間にかエリスとクリフ伯爵の周囲には、多くの貴族が集まっていた。


「ローウェン夫人の博識ぶり、あやかりたいものだ!」


「まさか武具に関する知識がこんなに豊富とは……女性でありながら、尊敬に値する!」


「つ、次は? 次の話も聞かせてくれ!!」


 大勢に囲まれながら、こんなはずじゃなかったとエリスは後悔しながら狼狽する。

 まさかこんなにウケるとは思っていなかったのだ。


(ま、魔王……どうしましょう……)


《……ふん。お前が蒔いた種だろう。責任を持って全てを説明するまで終われんぞ》


(そ、そんなぁ……)


《……まあ、余にできることは解説のみだ。お前に恥をかかせないようにはしてやる》


(魔王……ありがとうございます)


《ふん、さっさとその情けない顔を戻せ。貴族達に見下されるぞ》


 そしてエリスは顔を上げ、貴族達に向き直ると、優しく微笑んだ。



「では、次の武具についてですが――」



 いつの間にか、エリスが親睦会の中心になっていた。

 他の婚約者達や、貴婦人達を脇役にする形となり、大勢の視線を一気に集めている。


 それは、数々の嫉妬を生み、多くの棘として第六感を刺激し始めていた。


「ははは……。エリスさん、貴女はやはりとんでもない人だよ」



 苦笑するアーサーの呟きが会場に消えていく。


 そして、その瞳は以前とは違い、別の熱と輝きを帯びているようにも見えた。

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