勇者の剣の顛末。そして、領主の頼み事が少女を呆然とさせる。
「ば、馬鹿なことを言わないで! これは伝説の勇者の剣よ! 魔王様を倒した聖剣だ!」
パメラは必死に言葉を信じずにいる。
この剣こそが、魔王復活の鍵だと確信していたのだ。
「伝説かは分かりませんが、勇者の剣であることは確かです。ただ、その剣は安物だったというだけで」
「嘘よ! 信じない……絶対に信じないから!」
「ですが、私の友人である『勇者』が言ってましたよ。――この剣は、適当な場所で買った安物の剣だ、と」
パメラは剣を握りしめ、狂ったように振り回した。
「嘘! この剣には力が宿っていて、魔王様を目覚めさせるのよ! 絶対にそうなんだから!」
パメラは念じながら剣を振り回す。
しかし、剣からは何も起こらず、微かな魔力の気配すらない。
「あっ、危ないですよ。安物といっても重さはありますし、手が震えてます」
エリスが一歩前に出るが、パメラは剣を大振りに振り回して距離を取る。
重さのせいか、むしろ振り回されているようにも見える。
「近寄らないで! こ、この剣は私の希望なんだから!」
「――仕方ありませんね」
パメラが必死に剣を振り回す中、エリスは素早く動いた。
そして、手にしたモップを軽く操り、柄の部分で剣を強く弾き飛ばすように叩く。
すると、パキン!と乾いた音と共に、剣は弾き飛ばされる間もなく、あっけなく真っ二つに折れてしまった。
「あ……あああっ!?」
「うわああああああああっ!? ゆ、勇者の剣が!!!!!!!」
「お静かに、アーサー様」
動揺するパメラと共に絶叫するアーサー、そして注意するオズワルド。
きっと大金を積んで購入した剣なのだろう。
それがまさか、安物の剣だとは思うまい。
アーサーが絶叫するのも当然であった。
「あ……私の、希望が……そんな……」
「勇者の剣が! こんな!! 最も簡単に折れるなんて!!!」
パメラは愕然として折れた剣を見つめた。
アーサーは相変わらずうるさく反応し、ミリアとオズワルドも呆然としている。
「お……折れちゃった……大丈夫なのかな……?」
「まさか、本当に安物だったとは」
ミリアは苦笑いしながら呟く横で、オズワルドは驚きを隠せない様子だった。
「どうして……どうしてこんなことに……私は、一体……」
パメラはその場に崩れ落ちた。
今までこの館で働いてきた真の目的である、勇者の剣の入手。
叶ったのはいいが、ただの安物の剣だったため、結局徒労に終わってしまった。
項垂れ、肩を落とし、もはやその場から動くことすらままならなくなっていた。
「あの……大丈夫ですか?」
エリスは優しく近づき、声をかけた。
パメラは涙を浮かべながら、譫言のようにぶつぶつ呟いている。
「もう……終わりよ……魔王様を復活させる、最後の希望も……」
とりつく島もない状態に、エリスはどうしようもなくパメラを慰めるように背中を摩ることしかできない。
「……魔王復活とかなんとかはわからないけれど」
ようやく落ち着いたのか、アーサーはパメラに近づいた。
そして、救いの手を差し伸べるかのように、パメラへと片手を向けた。
「――とりあえず、お疲れでしょう? 何か紅茶でも飲むかい?」
◇ ◇ ◇ ◇
一同は応接間に移動すると、アーサーが奥に消えていく。
そして再び現れた時にはその手に紅茶のセットが置かれていた。
「はい、お待たせ。熱いから火傷しないよう注意するんだよ」
「わあ……いい香り。アーサー様、ありがとうございます!」
「うんうん、元気があっていいことだ。今が夜中とは思えないくらいだ」
アーサーとミリアが和やかに会話をしている中、エリスはパメラを見つめている。
パメラは縄で後ろ手を縛られ、俯きながら座っている。
紅茶の匂いが漂う中、アーサーが優しく尋ねた。
「パメラさん、なぜこんなことを?」
観念したのか、パメラは涙ながらに答えた。
「最初はお金がなかったから、この館で働きながら、何か値打ちあるものがあればって」
「……最初から魔王復活を目的としていたわけではない、と?」
「はい……そして、勇者の剣を領主様が購入したという話を聞いた時、ふと思ったんです。我らが魔王様の復活ももしかしたらできるんじゃないかって……」
「結果的にはナマクラだったので、ご破産だったみたいだけどね」
ミリアが苦笑しながら紅茶を啜る。
無理もない。
勇者の愛用していた武器が、子供のおもちゃと同じくらいの値段とは、誰も思うわけがなかったのだから。
「でも、もうどうでもいいです。煮るなり焼くなり魔獣の餌にするなり好きにしてください。魔族が人間に追いやられてから、散々な目にしか遭わないもの」
魔王が討ち果たされた後、誰もが魔族を歓迎したわけではなかった。
バルドルのように受け入れられた者もいれば、パメラのように酷い目に遭わされた者もいる。
皆が皆、単純ではないのだ。
「……うーん、そうは言ってもねえ」
しかし、アーサーはあごに指を乗せながら深く考える。
その表情は深刻なものではなく、現状を特に問題視しているようには見えない。
そして、指をパチンと鳴らし、パメラに静かに告げた。
「――ならば、貴女を許しましょう」
「えっ!?」
エリスを除いた一同が驚いた声を上げる。
しかし、アーサーは真剣な表情で続けた。
「条件は二点ありますけどね。一つ目は金が貯まるまで、この館で真面目に働くこと。二つ目はもう二度とこんなことはしないこと」
指を一つずつ上げながら、条件を提示するアーサーの姿にパメラは目を潤ませ、俯いた。
「……どうして、あんなことをしたのに」
「貴女の働きぶりをよく知っているからですよ。真面目で、何をするにも素晴らしい手際で、まるで芸術を見ているような姿だった」
遠い目をしながら、アーサーは続ける。
「もし、貴女が良ければの話なんだけれど……このまま館で働いてくれると嬉しいな。多分辞められると、他のメイドさんたちにものすごい負担がかかるだろうし」
「で、でも……私は……魔族で……」
「魔族とか、人間とかは関係ないよ。そんなことより、貴女が抜けた後、他のメイドに与える影響を考えてくれると嬉しいな。……きっと君の不在に悲しんだり、不安がってしまうのは想像に難くない」
パメラは望まれているのだ。
この館の主人がそう言っているのだから、否定することはできなかった。
その事実に、パメラは咽び泣いて、俯いた。
「あ、ありがとうございます……!」
(――良かったですね、パメラさん)
エリスの望む平和の象徴――それが折衝を経た共存。
バルドルやシルフィアに次ぐ、人間と魔族の共生が造られた瞬間だった。
「それにしてもエリスさん、貴女があんなに強いとは思いもしなかったよ。それに、なぜあの剣が安物だとわかったのですか?」
アーサーはエリスに向き直り、疑問を呈していく。
エリスは少し慌てたが、落ち着いて答えた。
「ええ、勇者と親しい間柄でしたので。彼女はよく、自分の武具は全て安物だと話していました」
「ゆ、勇者様とご友人だったとは……只者ではないようですね」
「そ、そんなでもないですよ」
エリスは微笑みながらも、内心では冷や汗をかいていた。
館の応接間は、事件の緊張が去った後の、ほっとした空気に包まれていた。
事件は無事に解決し、パメラも更生の道を歩み始めた。
「それでは、私はこれで……」
これでようやく、静かな旅路に戻れるとエリスがほっとしたのもつかの間。
アーサーの表情に再び暗雲が漂い始める。
「エリスさん。よければ一つだけ、お願いしたいことがあります」
アーサーはそう言うと、いたく気まずそうに手を組み、俯き加減になった。
「はい、何でしょう?」
エリスが穏やかにそう答えると、肩の上の魔王が低く不満げな声をあげた。
《また面倒な依頼を受けるというのか?》
(まあ、お話を聞くだけでもいいじゃないですか》
エリスは内心で苦笑いした。
魔王の忠告は概ね正しい。
しかしエリスは、眼前の人間が明らかに困り果てているのを放っておける性格ではない。
「実はね、三日後に開かれる領主や貴族達の親睦会に参加しなければならないことになっているんだ」
「そ、それは大変ですね……」
「領主として必ず参加しなければならない親睦会です。厄介なことに、参加するために必要な条件があって……」
オズワルドが言いにくそうに口を黙むが、アーサーは苦笑しながら続けた。
「――妻となるべき女性を同伴しなければならないんだ」
エリスとミリアの目が見開かれた。
妻。
それはアーサーと婚約した者という証。
「本来であれば、アーサー様には婚約者をお連れになるべきですが、現状お一人でいらっしゃいまして……。急ぎでお見合いをセッティングするにも時間が足りません」
メイドの誰かを急遽仕立て上げるにも、教養や礼儀作法を教え込むには三日間ではあまりに短すぎる。
オズワルドの苦々しい表情からは、そう言いたいように見えた。
「そこで……ええと……」
アーサーは顔を上げ、埃りながらも必死な眼差しでエリスを見つめた。
「エリスさんに……一夜だけの役をお願いできないだろうか? パーティに同行する“婚約者”として」
「――えっ?」
エリスは一瞬、耳を疑った。
理解できても、その荒唐無稽さに言葉が出ない。
(な……なんだと……!?)
心中で魔王の怒号が轟いた。
役とはいえ、アーサーの妻となるエリスの姿を想像しただけで、身体の芯から怒りが込み上げてきたのであった。
今まで味わったことのない感覚だった。
全身の血が騒ぎ出し、今にも暴れ出したくなる。
――そんな必死じみた感情が、魔王の身体に湧き上がっていた。




