鼓舞の舞台
交流祭は毎年、四日に渡って開かれる。
一日目は各院各学年の演劇。
二日目は学院共有施設で開催される展示会。屋台から娯楽まで、生徒が考案した企画を展示する。
三日目は試合。各学院から十名ずつ選ばれた選手による戦い。
四日目は学院交流会。全学院生が夜、食事会を開くのだ。
第一学院は戦闘において有利である一方、展示会と一日目の出し物は毎年他学院に後れを取っている。
貴族はその誇り故に態度が大きくなりやすく、実際に動くことが苦手である癖に自分たちの実力を過大評価しやすい。勝てない理由は大体それである。
だが今回は、彼らの無駄な誇りの高さを利用できるかもしれない。
レイは全生徒を集めた広場に向かう道でそのようなことを考えていた。
書類を提出した翌日、シラーが魔法によって録画していた一昨年と昨年の出し物を見た。
貴族の悪い所が出ていたというべきか、演技は見るに堪えない出来であるのに堂々としているためより痛々しさが増していた。あの様子では碌に練習もしていなさそうだった。
今年の一年生にはロザリエとアイレンが居る上に、その二人がとてつもないやる気を見せているので昨年ほどにはならない筈だが、生徒自身の意欲はそこまで高くない。
そもそも勝敗は公式に決定されたものではなく、来院者や生徒教師による個人的な評価である。驕りのある第一学院生は態々それを他者に聞く気が無いためいつまで経っても改善されない。
しかし逆に言えば、それを全員に示すことが出来れば大幅な意欲向上につながる可能性が有る。
そのために大勢の生徒たちを集めたのだ。
広場に到着したレイは、他の生徒同様何も知らない風を装って周囲を見回した。
生徒には集まること以外知らせていない。事前に内容を教えてしまっては途中で退屈を感じる者が出て来る。
レイはセノカとテオを探しながら通信魔法を発動させた。
『全員集まったようです。始めてください』
『何をだ、主』
『間違えた』
ハルクに繋がってしまった。
通信魔法の相手を切り替え、レイはもう一度言った。
『……始めてください』
『うむ? もう良いのか?』
『全員集まりましたので』
『分かった。後は私たちに任せろ』
相手からの通信が遮断された。
レイはセノカとテオの姿を見つけ、小走りでそこに向かう。
生徒が騒がしく話していた、その時。
空に火の噴水が上がった。
「皆の者、注目!!」
甲高い声が叫んだ。
全員の視線が、一斉に広場の舞台の上に集まる。
そこには二人が立っていた。
同じ金髪の、同じ瞳の色をした、よく似た男女の二人組。少女の方が背は高く、誇らしげに胸を張っている。その背後に立つ少年はそれを冷たい目で眺めている。
少女は更に前に出た。
そして大きく息を吸い、拡声魔法を発動させた。
「私はクラニスタ帝国の皇女、ロザリエ・ミリージオ・ファル・クラニスタである! そして私の後ろに立つこの者は……」
「皇子、アイレン・ミリゼーレ・ファル・クラニスタだ」
ロザリエと比べると冷たく、知性に溢れた声が響いた。
生徒たちは最初の炎に意識を引き寄せられ、ただ二人を見詰めている。
ロザリエとアイレンは満足げに笑んだ。
ロザリエがアイレンに視線を飛ばす。アイレンが頷き、ゆっくりと歩き出した。
足は虚空を踏み、アイレンは空中に上っていく。
そしてある一点で足を止めた。
片手を掲げ、魔法陣を出現させる。
魔法陣の中心から、細い光の線が伸びた。線は速さを変えずに動き、空中に巨大な長方形を描き出す。
その長方形の内部に、薄く白い光が満ちた。
光の板の上に、更に別の図形と文字が浮かび上がる。
生徒たちが首を傾げる中、ロザリエが再び口を開いた。
「これは学院長など一部の教員が記していた、過去十年間の、交流祭における三学院の評価である!」
生徒たちは目を見張った。
アイレンが作り出している図形に描かれているのは、各学院の展示物の満足度についての調査結果だった。
「見ての通り、第二、第三学院は来訪した者たちから高い評価を受け、順位は十年間で一、二を幾度となく繰り返している! しかし我が第一学院はどうか?」
アイレンが指を振る。すると、図形の一部が拡大された。
第一学院の評価と順位が示されている欄である。
「十年間、大差で最下位に留まっている! 年によっては良い評価を全く得られていないこともある! ……お前たちはこのことを知っていたか?」
生徒たちがざわついた。
二年、三年生は絶対的な自信があったのか言葉を失っている者が多い。一年生は理想と現実との差を嘆いている。
そんな周囲をよそに、三人は黙ってロザリエとアイレンの話を聞いていた。
「これはお前たちの実力不足によるものではない! 貴族である、という驕りが導いた結果だ!」
よく響くロザリエの声は、生徒の騒ぐ声を貫いて広場中に広がった。
生徒たちが静まったのを確認し、ロザリエは続けた。
「お前たちに誇りがあるなら、このまま負け続けるわけにはいかない筈だ! 数十年に渡る敗北を黙って見逃しても良いのか! そんなわけはない! 我々がすべきことは、この国を導く者として誇れるよう、この敗北を清算することである!」
仰々しく手を掲げ、ロザリエは声高らかに宣言した。
一つ、強い風がその場を通過した。
生徒たちは相変わらずロザリエを黙って見詰めているが、その瞳には先ほどまで無かった意思が宿っている。
アイレンは上空で愉快そうに地上を見下ろしている。
ロザリエはもう一度、大きく息を吸った。
「お前たちは第一学院生! この国において最高の称号を持つ若者たちだ! 計り知れない才能を持っているのがお前たちだ! しかし才能と言うのは光り輝く宝石の原石に過ぎない! 磨くことが出来るのは努力、そして精神のみ!」
握りこぶしを頭上に振り上げ、ロザリエは魔力を爆発させた。
濃い風が巻き起こり、生徒たちが息を呑む。
そこに立つのは、この国の支配者の血を引く少女。
アイレンは不愉快そうに眉根を寄せた。
上空から降下し、ロザリエの隣に立った。
その体からも絶大な魔力が溢れ出た。
「脳筋の姉上を肯定するのは癪だが、私も君たちには期待している。学友たちよ、共に勝利を掴もう」
小柄な体格に反して堂々とした立ち居振る舞いが生徒たちの意識を集める。
ロザリエはアイレンを横目で見ながらあからさまに顔を顰めた。
しかしすぐに誇らしげな笑顔に戻った。
「第一学院……」
ロザリエが姿勢を低め、拳を握った。
アイレンは僅かに距離を取った。
生徒たちが目を合わせ、頷き合った。
ロザリエは、拳を天高くつき上げた。
「勝つぞー!!」
「おおー!!」
生徒たちが歓声を上げた。
音の嵐が風圧を起こし、熱を持った魔力が火花を散らせる。
ロザリエは熱狂する生徒たちを見下ろし、無邪気に笑った。王族の娘としてではなく、歳相応の笑みだった。アイレンの姉と同じような表情を浮かべていた。
二人は三つ子を見つけ、手を振った。
そしてロザリエは嬉しそうに片目を瞬かせた。アイレンは柔らかく微笑んだ。
セノカとレイは一礼で返し、テオは少し恥ずかしそうに笑った。
二人は視線を前に戻した。
「では諸君! ここからは互いに尽力するのみだ!」
ロザリエとアイレンの足元に魔法陣が描き出される。
生徒たちが静まり返る中、魔法陣の輝きが強まっていく。
魔法陣から炎の帯が昇り始めた。
「一年生諸君、これから改めてよろしく頼む! 先輩方、交流祭でまた会おう!」
ロザリエは外套の端を掴んだ。
魔法陣から巨大な炎の形をした魔力が噴き出した。
「さらば!!」
ロザリエは外套を翻した。
二人の姿が炎の中に消える。
その炎も消し飛んだ。
舞台には誰も居なくなっていた。
生徒たちから感嘆の声が上がる。静まっていた広場に徐々に会話が広がっていく。
興奮の余韻を残したまま、生徒たちはその場から立ち去って行った。
「あれって兄さんの計らい?」
「そうだ」
「乗り気じゃなかったくせに、ちゃんと考えてくれてるんだね」
テオは大きな瞳でレイを見上げて言った。
レイはテオの頭の上に手を置いた。テオは反射的にか目を細めた。
「こうすればお前も楽しめるだろう」
「頭撫でるなってば」
テオはレイの手首を掴み、腕を下げさせた。
レイは僅かに肩を落とした。
「……でも、ありがと」
テオが言った。
レイは無表情のまま小さく頷いた。




