来訪者
数日後、全ての役者が決定した。
主人公エレニカ……セノカ。
幼馴染ビリア……レイ。
下級貴族の令嬢シオジー……シャノン。
国王ディモン……ハイケ。
ビリアの父イガト……エギスト。
兵士……ハロスタ、ヒディヤ、フルグ、ヘイリ、ホーヴァ、その他十数名。
謎の人物……テオ。
他の者は裏方に回り、役者の補佐と舞台演出を担当することとなったのだった。
・・・
「へえ……意外だね。まさか君たち全員で出るとは」
学院長室に役割を示した書類を提出しに来たレイに、シラーが言った。
優雅に紅茶を楽しみ、書類を楽しそうに眺めている。
「テオが乗り気のようなので」
「それも意外だ。あの子は緊張に弱いとばかり」
「昔からその手の話題には興味があった。実際に演じられるのが嬉しいのだろう。……それに、テオは割と肝が据わっている。余程重大なことでない限りは」
「成程」
シラーは紅茶を一口飲み、書類を机上に置いた。
まだ昼であるため部屋の照明は点いておらず、外から差し込む青空の色が室内を満たしている。
レイは一度頭を下げ、部屋から出ようと扉へ歩く。
その肩を、魔法で転移していたシラーが掴んだ。
「何だ」
「学院宛てに届いた文の中に、興味深いものが三通見つかってね。君にも見てもらいたい」
シラーは外套の内側から三枚の紙を取り出し、レイに手渡した。
突然渡されたそれの向きを確認し、レイは折り畳まれた紙を開く。
一枚目は小さな文字がぎっしりと敷き詰められた、三枚の中で最も大きな紙。二枚目と三枚目はどちらも簡潔に用事だけが書かれているようだが、紙質がかなり違う。
レイは字を読み進めた。
そして無表情のままシラーを見た。
「受け入れたのか」
「断るわけにもいかないだろう?」
レイは読み終えた手紙をまとめてシラーに返した。
シラーは普段と同じどこか胡散臭い笑みを浮かべていた。
「君たちの父、イーグ伯爵はまあ良い。親が見に来るのは珍しいことではないし。しかし面倒なのが、もう二通でねえ」
紙を団扇のように揺らしながら、シラーが歩き始める。
違いはあれど紙質が良いのか、折り目が付く気配は無い。
レイは扉に背を向け、そのままシラーの話を聞いた。
「聖仙の王と、獣鬼であるバグロバ殿がこちらに来て劇を見たいと」
「何故」
「さあね。バグロバ殿は私がフィロイドになって以降毎年来てくれるが、もう一方、聖仙の王の目に留まるようなことをした覚えは無いんだ」
机の上で手を組み、シラーは視線を落とした。
「毎年来る獣鬼は別に問題ないだろう。見たところ敵意は感じられなかった」
「異種族の来訪がバレないように工作するのは私なんだよ」
「……貴方も大変だな」
レイは表情を変えずに同情の視線を向けた。
「しかし聖仙の王は今年が初めての来訪だ。何がきっかけなのか、何を目的に見に来るのか、一切が不明であるこの状態で準備できるのは、可能な限り質の高い舞台を作ること。押し付けてしまうようで申し訳ないが、聖仙の王の機嫌は君たちに掛かっているとしか言えない」
「そして、その王が支配するのはクラニスタの隣であり重要な交易相手の国である、と」
「そういうこと」
「俺に態々それを話した理由は?」
「こっそり君たちの練習を見せてもらったが、演技は得意なように見えたからね。他の子に教えてやってほしいけど、君たち……というか、君の妹は理由が無いと協力してくれなさそうだから」
「セノカはそのような人でなしでは……………………ない」
「結構な間があったよ」
レイは明後日の方を向いた。
不意に、シラーが立ち上がり、レイの方へと歩き始める。
そして一つ咳ばらいをして続けた。
「我が国の命運がかかっていると言っても過言ではない。……頼んでもいいかな?」
シラーの目は、僅かな不安と期待を宿していた。
命運がどうと言っておいて、彼は彼で生徒の舞台を楽しみたいらしい。
レイは目を伏せた。
「問題ない」
「返事が早くて助かったよ。……それでは、よろしく」
シラーはいつの間にかサインを済ませていた書類をレイに差し出した。
台本の使用の許可を記す書類だった。レイが持参した台本を読破しなければ書けない筈の。
大方、練習を覗くついでに盗み見ていたのだろう。
レイは細い手から書類を受け取った。
シラーは普段のどこか胡散臭い表情に戻った。
レイは今度こそ扉の取っ手を掴み、一度礼をして部屋を出る。
重い音と共に、室内にはシラーだけが残された。




