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屋敷

 とある貴族の屋敷。


 そこには数十人の騎士と、紫の宝石の装飾品を身に着けた三人の青年が集められていた。


 青年たちは豪華な椅子に腰かける貴族の正面に並び、貴族はそんなことなど意識にないかのように周囲を不安げに見回している。


「改めまして、本日フレッツォ殿の護衛を務めさせていただく、フィロイドストーンのオルバ・フォニエーネ・リオエスティと申します。そしてこちらが……」


「ノイヴァ・アリーリエ・ドレイドです」


 二人は恭しく頭を下げた。

 その隣の、今この空間で最も背の高い青年___志名雅菊の姿に変化しているレイも、続いて一礼した。


「……イヴェリアです」


 レイの名乗りに、フレッツォは怯えを露にしたまま片眉を上げた。


「新入りのフィロイドだと? 護衛は務まるのか?」


「御心配には及びません。こちらのイヴェリアは我々に引けを取らない実力者であり、殆ど単身での迷宮攻略も成し遂げているので」


「……ならば良いが」


 オルバの説明にフレッツォは納得した様子だ。


 その視線を盗んでオルバはレイに思考の声を送り込んだ。


『まさかフィロイドが偽名可だとは思わなかったぜ。上に直談判したんだって?』


『一応イヴェリアも本名の内で、許可を取ったのは依頼人に対する略称の名乗りと苗字の隠匿だ。学院の生徒や、兄上と姉上にバレても面倒なので』


『お前の兄貴と姉貴は気づかないのかよ』


『本名が長いからな。多分覚えていない』


 他から聞けばひどい話だろうが、あの兄姉は人は良いが頭がそこまで良くないだけである。

 セノカとレイにとっては好都合だった。


 フレッツォは矢張り強い怯えを滲ませたまま三人を睨んだ。


「挨拶はもう良いから早く配置についてくれ」


 命を狙われているのだ、このようになるのも仕方ない。


 レイとオルバはフレッツォの傍らに並び、ノイヴァは部屋の扉の外に立ち、侵入者の有無を確認する。

 三人は魔力探知を発動させた。


 日付は予告されたが、時刻までは予告されていない。今すぐに攻めて来る可能性も十分にある。


 オルバとノイヴァは意識を監視に集中させた。


 しかしレイの中では大体の予想がついていた。


 予告が届いた以上、必ず標的は襲撃を恐れて護衛を付ける。それは犯人が一番よく分かっている。稀に単独で襲撃犯とやり合おうとする者も居るが、犯人はフレッツォの性格を知っている筈だ。


 自分の身を守るためならば金は惜しまないという、フレッツォの性分。


 フィロイドが護衛に就く可能性が低くないことも犯人は知っている。

 相手の視点に立ってみれば、万全の状態のフィロイドと真正面から戦いたくない。

 だから犯人はおそらく、長時間にわたる探知によってある程度の魔力を消費したタイミングで仕掛けて来るだろう。

 そしてフィロイドの魔力探知に引っかからない自信も犯人には無い。


 つまり犯人は______今屋敷内に居る誰か。


 更に、予告を出して態々標的を怯えさせたということは犯人の動機は怨恨だ。相当緻密な計画を練り、確実に標的を殺そうとする。


 レイは視覚を飛ばし、屋敷内を監視し始めた。


 騎士の顔を一人一人観察し、思考を読んでいく。

 一人の思考を読むまでには数秒しかかからず、騎士の人数は数十人なので全員分を読み終えるまでには一時間も必要ない。


 大抵のものは真面目に周囲を見張っているが、偶にやる気の無い新人が混じっている。


 目的の人物はすぐに見つかった。


 フィロイドには届かないが、ルズディアイトには相当する魔力量。

 他の騎士に比べるとかなりの強者だ。

 しかし今すぐに倒してしまうわけにはいかない。


 何故ならそいつが、騎士の誰かに成り代わった偽物ではなく、確かに依頼を受けた本職の騎士だったからだ。


 あとで適当な証拠を作り出すよりも、相手が動いてから倒す方が効率的である。

 それに今動くと単純に怪しまれる。


 レイはハルクとゾルヴィアからの魔力供給を利用し、魔力探知は維持したままその騎士に視線を固定した。


 あとはその騎士が行動を始めるまで待つだけ。

 政府の高官の護衛をさせられた時よりもずっと簡単な任務である。


・・・


 シラー、セノカ、テオの三人は森を歩いていた。


 今居るのがその三人だけであるためセノカとテオは素の姿のままである。


 この先に貴族の屋敷があるとは思えないほど深い森に、テオはしきりに視線を回している。高い樹木の葉が地上を覆い隠し、日光は殆ど届いていない。

 貴族がこのような場所に左遷されれば、かなり精神を追い詰められそうなものである。


 木々の間を通り抜け、屋敷に近づいていく。


 貴族のものだということは分かるが下級貴族にしても小さい屋敷が夥しい数の木々の向こうに現れる。


「さあ、見えて来たよ。二人とも戦闘準備と変装は問題ないね」


 シラーが背後に付いてきていた二人を振り返る。


 そこに小柄な少年と長身の少女はもう居なかった。

 暗闇に浮かび上がる紅の瞳に、長い黒髪の長身の女性。外套は青から黒に変わっている。

 そして肩近くまで伸びた鳶色の髪の、女性と同じように長身の青年。一部が編み込まれ、ベージュを基調にした衣装に変わっている。


 二人の手には、それぞれ刀と短剣が握られていた。


 シラーは頷き、そして前に向き直った。


 嫌な魔力が屋敷を中心に広がっている。

 まるで何者かの呪詛をそのまま魔力と言う形に表したような。

 テオの表情が強張った。


 三人は魔力探知を発動させながら前に進んだ。


 周辺に人の気配は無い。前回の荒野のように騎士たちが結界を張り、その場所を隔離しているからだった。


 屋敷に接近するごとに木は少なくなっていくが、それでも気味の悪さは拭えない。

 魔力探知には屋敷内からの反応の他には特に何も引っかかっていない。


 ついに屋敷の玄関にまで到達し、シラーに代わってセノカが前に出た。


 細腕に見合わない腕力で扉を押す。重い門がゆっくりと開く。

 屋敷内の何者かが音に反応する気配も無く、あっさりと門は三人が通れる程度には開かれた。


 そして屋敷の扉を魔法で開く。三人は扉の横で中を覗き込み、武器を構えた。


 中は差し込んだ光で微かに照らされているが、薄暗く碌に手入れもされていないらしかった。


 そこには異臭が漂っていた。


 攻撃の気配も感じられず、音も無い。

 そのあまりに不自然で不気味な状況に緊張が高まる。


 そこには大量の死体が散乱していた。乾いた、枯れ木色に変色した皮膚が歪に骨の輪郭をなぞっている。


 テオは口元を抑えた。現役のフィロイドで最も古株のシラーと殺し屋だったセノカと違って、奇術師志望だった一般人のテオにその手の耐性は無い。

 三人は視線で意図を読み合い、シラー、セノカ、テオの順に屋敷内に侵入した。


 その瞬間。


 シラーの背後で一つの音が響いた。何かが地面に落ちるような。


「……姉、さん……?」


 テオの声は震えていた。


 シラーは素早く背後を振り返る。


 そして、信じがたい光景が視界に映った。


 セノカが倒れていたのだ。変装の魔法は解けていないが、制御されていない魔力が揺らいでいる。


「姉さん⁈ 姉さん、聞こえてる⁈」


 テオはセノカの体を起こし、何度も名前を呼ぶ。返答は無く、指一本も動かない。

 魔力からして死んではいないようだ。だがテオほどではなくても白い顔には生気が無い。


「これはまずいね……」


 シラーの呟きが屋敷に反響する。


 次の瞬間。


 一つ、呻き声が上がった。


 テオがびくりと体を震わせ、シラーはその声の源を探った。


 それはすぐに見つかった。動いていたからだ。


 散らばっていた死体の一つが。


 それに続くように、他の死体が壊れた玩具のような、不自然な動きで起き上がる。腐りかけの声帯から、掠れた低い呻き声が漏れ出している。


 テオはセノカを壁に寄りかからせ、立ち上がった。


『ディウルカさん、レムノスさん、姉さんを守って』


『分かってる』『はいはい』


 自分と姉の従者の声が脳に入り込んだ。


 黒曜石の瞳に怯えは無い。短剣が僅かな光を受けて鋭く輝く。


「じゃあ行くよ、シラーさん」


「セノカ君は良いのかい?」


「心配無いよ。オレたちの役目はそのご令嬢をとっ捕まえて姉さんを目覚めさせることだろ」


「……そうだね」


 テオは姿勢を低め、脚に力を込めた。

 シラーは片手剣を構えた。


 死体が三人を取り囲む。呻き声が幾つも重なっていく。


 短剣が緑を帯びた。片手剣が冷たい風を纏った。


「オレは一階を見るから、シラーさんは二階をお願い」


「了解したよ」


 そして、風が吹いた。


 死体の大群が凍り付き、白い花びらとなって散る。


 二人の姿はもうそこには無かった。


・・・


「新しいお友達! ようこそ、私のお部屋へ!」


 無邪気な、甲高い少女の声が部屋に響いた。


 その正面にはセノカが居た。

 しかし玖鴎華奈兎の姿ではなく、本来のセノカに戻っている。


 セノカの手には持っていた筈の刀が無い。反射的に魔力探知を発動させようとするが、どうやら魔力も奪われているらしかった。


 セノカの前で床に座り、歓迎するように腕を広げるのは豪華なドレスを身にまとった少女だった。

 夢見心地に笑い、少女は浮ついた声で語り始めた。


「ここに居れば、誰も私たちの邪魔をしないの。とっても素敵なことでしょう?」


 セノカは少女を無視し、周囲に視線を配る。

 背後に扉があった。鍵は掛かっていないように見える。


「他の者はどうした」


「前のお友達のこと? 皆、すぐに消えちゃうの。私はもっと遊びたいのに。もう何日も待ってたのよ!」


「ここはお前の夢か?」


「よく分かったわね! 本当はずっとここに居たいのに、起きてご飯を食べなくちゃいけないの」


 少女は眉尻を下げた。


「……何故私をここに招いたのだ。二人に何をするつもりだ」


「あの二人は遊んでくれなさそうだったの。だからお人形さんたちに倒してもらって、ご飯にするの」


「予定と違うが……まあいい。ここから出る方法は」


「駄目よ」


 セノカが尋ねるのと殆ど同時に、少女が言った。

 甲高い声が突然低められ、重い魔力が広がった。

 床から魔力の腕が伸び、セノカの足を掴んだ。


「お父様のせいでお友達なんて居なかったの。夢の中くらい遊ばせてよ。……それともあなたは、私のこと嫌いなの? どうせあなたのお友達は死んじゃうんだしあなたは出られないんだから、ここで私と遊ぶくらい良いでしょ」


「残念ながら私も暇ではない。予定を無視してあの二人に任せるわけにもいかないので、さっさと出してもらう」


 セノカは足を掴む手を振りほどき、足早に少女に歩み寄った。

 少女は俯き、何かをぶつぶつと呟いている。


「何で……私の夢なのに……お友達と遊びたいのに……」


 セノカが少女の肩を掴む。


 その時。


 少女が顔を上げ、涙を散らせた。

 空間が歪み始めた。


「あんたなんかお友達じゃない! ぐちゃぐちゃになっちゃえ!」


 少女が叫んだ。


 床が波打ち、壁が遠のき、照明が点滅した。

 少女とセノカの間の床までもが歪み、二人の間の距離が広がっていく。

 泣き声が遠ざかっていく。少女を隠し、守るように新たな壁が床から生えて来た。


 そしてセノカの前に、奇妙な色の影が出現した。水たまりのようなそれは風も吹いていないにも関わらず水面を揺らし、光源を位置を無視して光っている。


 突然、影が膨張した。


 山のように膨らみ、何かの形を取ろうと蠢く。


 セノカは魔法を発動させようとするが、反応は無い。

 少女の夢の中で、少女に害を為すものは排除されている。魔法や武器が無いのはそれ故だろう。


 影は巨大化し、ある瞬間、その顔にあたる場所に大きな眼が浮かび上がった。


 その眼はじろりとセノカを見下ろした。


(痛めつけるだけ……とは考えにくい。現に肉体が無いにも関わらず私は動いている。精神に干渉できるのかは知らないが、もしそうであるならば厄介だ)


 肉体とは別の『体』である精神。それが壊れた時、どうなるのか。


 もしも精神に死というものがあり、それが魂の転生に影響を及ぼすならこの危機は絶対に避けなければならない。

 神から精神についての説明も貰うべきだったか。


 影はようやく膨張を止めた。既にその体長は十数メートルを超えている。

 歪んでいるが、どことなく少女の形に似ているように見えた。


 セノカは試しに、床に手を付く。


 そして一気に力を込めた。


 床に蜘蛛の巣状のひびが走った。


(身体能力は残っている……ならば天与魔術は……)


 少女と自分以外誰も居ないこの状況なら、種族に情報が洩れるとは考えにくい。

 余った片手の手袋を外して床に付き、セノカは静かに念じた。


 何かの液体が染み出す。床が煙を出しながら融けていく。


(こればらば勝つことはそう難しくも無いか)


 セノカは立ち上がり、影を見上げた。


 ____拳が眼前に迫っていた。


 腕で打撃を防ぐ。衝撃波が走り、床にひびが入った。

 セノカは力を横に長し、拳を回避した。


 跳躍し、影の腕を走り、背後に回る。


 影が振り向き、体勢を直す前にセノカは再び念じる。


 セノカの周囲に透明な欠片と、液体が浮いていた。


「出さないというのなら、私から見つけ出して痛めつけるまでだ」

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