夢の中は大体混沌
セノカは影が繰り出してくる拳を回避し、床を蹴って跳躍した。
生成した液体を、同じく生成した透明な破片を集めて構築した立方体に入れ、弾丸のように影へ飛ばす。
〈空世界・泉〉
立方体は影に当たって割れ、中の液体が飛び散った。
そして爆ぜた。
影が呻き声のような絶叫を上げ、セノカを捕えようと暴れる。
床を走り、セノカは更に弾丸を叩き込む。
影の体表が削れ、その度に攻撃は激しくなっていた。
セノカは再び、生成した液体で爆発を起こす。
影の視界が煙に遮られた隙に、セノカは姿勢を低めて脚に力を溜めた。
一気に力を爆発させ、影の目と同じ高さまで飛び上がる。
別の、紫がかった液体を瞬時に生成し、膜のように広げる。
紫の膜は影の目を覆った。
眼球が融けて蒸発し、影はより一層大きな叫びを上げる。
音圧がそのまま風圧となり、セノカは腕で威力を殺したが後ろに飛ばされた。
空中で回転し、床を焦がして勢いを殺す。
影はまだこちらに到達していない。セノカは作り出した透明な破片を集めて刀の形にした。
〈現断ちの無刀〉
ただ刀と言うには、その刃には大木程の長さがあった。
影の拳が壁にめり込み、瓦礫が床に落ちた。
攻撃を回避していたセノカは刀を構える。
影は壁から手を抜こうとしている。動きは速いが賢くは無いらしい。
斬撃は、呆気なく影を切り裂いた。
決して折れることの無い刀で頭から両断された影は、溶けるように地面に消えた。
セノカはそれを確認し、すぐに踵を返して扉に向かう。
刀で壁を切り刻み、身体強化が使えないため普段よりは遅いが常人の目には捉えられない速度で駆け抜ける。
(動きは無い……ということは油断しているのか)
まさか魔法による身体強化無しで影に勝てる者が居るなどとは思っていないのだろう。
自分でも不自然であることは自覚している。筋トレくらいはしているが、自分よりも厳しい特訓を積んでいる者は五万と居るはずだ。
無抵抗のまま壁には大きな傷が走り、セノカはそれを貫いてまっすぐに少女の元へ向かっていた。
・・・
〈望郷風車〉
〈白氷砲〉
風と冷気が屋敷内を貫く。
二つの魔力が空気を裂く。
二人はそれぞれの階にある扉を片端から開き、中を覗く。
どの部屋を見ても、あるのは死体のみだ。目的の少女は見当たらない。
「くそ……! どこに居るんだよ!」
テオの表情には焦りが滲んでいる。
それは二階のシラーも同じだった。
セノカはシラーから見ても相当な実力者だが、そんな彼女でも魔法も武器も使えない精神世界では無力だ。
今回、囮役はテオになる予定だった。
調査の結果、少女がどのような精神状況にあり、どのような天与魔術を持っているのかは分かった。
彼女は遊び相手を求めている。
この三人の中で最も人づきあいが良く、彼女の遊び相手として選ばれそうなのはテオだ。
しかしその予想は……かなりの精度で正確だと思われていた予測は外れた。
人の心を持っているのか怪しいセノカに、少女の遊び相手など務まる筈がない。
少女の天与魔術は相手の精神を自身の精神世界に引きずり込む、そして無生物を操るもの。夢の彼女の機嫌を損ねればどんな目に合うのかはまだ分かっていない。
シラーは二階で最後に見る部屋の扉を開けた。
中を覗くが、矢張りそこにあるのは腐りかけた死体だ。
『ガ……ご令嬢は居た?』
『二階には居ない。一階はどうだった』
『見つからないよ』
テオの思考の声にも焦りが出ている。
シラーもテオもかなり強力な魔力探知を発動させているが、探知にはかからない。
おそらく少女自身の魔力はそこまで多くないのだ。死体の魔力痕で簡単に隠れてしまう。
シラーは解決策を探ろうとした。
その時、テオの声が思考に割り込んで来た。
『ちょっと一階に来て。絶対にガキが見つかる方法があるから』
そろそろ本格的に余裕が無くなってきたからか、テオも口調に気を遣わなくなっている。
シラーは迷わず一階に向かった。
セノカはあの性格ではあるが、大切な生徒の一人であることに違いない。
あの人が自分に任せた学院の、大切な生徒。
シラーの思考の中に、その人物が浮かび上がった。
____学院のことはお前に任せる。はは、そんなに嫌な顔をするんじゃない。……生徒たちを頼むぞ。
・・・
テオは一階の大広間に居た。
その横には精神を夢に囚われているセノカが横たわっていた。
美しい青年の顔には苛立ちがこれでもかと表されている。
「シラーさん、姉さんと一緒に防御結界の中に隠れて」
テオに言われた通り、シラーはセノカの傍らに立ち防御結界を発動させた。
魔力の壁が周囲からの干渉を拒む。
「一応聞いておくんだけど。この屋敷、ガキを見つけたら解体するんだよね?」
「そうだが……」
「なら大丈夫か。今壊しても」
テオは床に手を翳した。
シラーは何かに気づき、目を見張った。そして呆れたように苦笑した。
黒い、巨大な魔法陣が床の上に現れる。
魔力が空間に満ちていく。
シラーの見守る中で、テオは魔法を発動させた。
〈崩壊波〉
その瞬間、半球状に風が吹き荒れた。
風が刃のように屋敷を切り裂き、壁と天井とその他の装飾品を攫って行く。
一瞬にして、屋敷は崩れ落ちた。
屋根や壁だったものが降り注ぐ。
地表が削られ、その下が見えるようになっていた。
「……これ、は……成程」
シラーは床の下に隠されていた物に目を見張った。
地下室があったのだ。
天井ごとテオの魔法で崩壊したために、部屋の様子が上から見えるようになっている。
そしてようやく二人は目的の人物を見つけた。
可愛らしい装飾が施され、ぬいぐるみの飾られた部屋のベッドに横たわり、涙を流す少女。
どうやらまだ夢の中に居るらしい。
しかしテオとシラーの視線は、その三つ隣の部屋に向いた。
壁と床を汚す、どす黒い赤、赤、赤。
腐敗した肉のこびり付く骨と、乾いた血液で固まった服。ところどころ不自然に肉が欠けていた。
「……父親や料理人が死んで、どうやって生き延びているのかと思っていたが……」
二人は小さく顔を顰めた。
部屋の中の死体はおよそ二十体。まだ新しいものもある。
少女の部屋にも拭いきれていない血液が付着していた。
二人は少女の元に降りた。
その肩を揺さぶり、起こそうとした時。
泣いていた少女が、激しく唸り始めた。
「う……ぐうう……!」
歯を食いしばり、手はベッドを強く掴んでいる。
すぐにテオが何かに気づいたようだった。
「姉さんったらやっぱり……」
「これは彼女がやっているのか?」
「多分この子、夢の中で散々痛めつけられてるよ。……や、夢だから痛みは無いだろうし……多分視覚的な拷問でもしてるんじゃない?」
「拷問って……君は自分の姉を何だと思っているんだ」
「流石に冗談。…………姉さんならやりかねないのが怖いけど」
二人が呑気に話している間に、少女の唸り声は悲鳴に変わりつつあった。
姉を危険に晒された恨み故か、テオは起こしてやろうともせず、シラーも黙って立っている。
矢張り少女の魔力量はそう多いわけではない。それが恐怖の感情によって揺らいでいる。
数秒経ったところで、少女の目が醒めた。
セノカは相当えげつないことをしていたらしく、目は開いているがまだ譫言を呟いている。
テオとシラーは間髪入れずに少女を捕縛した。




