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夜風呂事件

「で、こうなったわけ」


 風呂場で一人の男子生徒が、隣で湯に浸かる……というより湯に溶けている同級生を横目で見た。

 その同級生___ケディは、ルームメイトである隣の少年の言葉に小さく頷いた。


 学院の寮の大浴場である。

 特別演習で疲労困憊の少年たちは、久しぶりの風呂に涙目になるか溶けるように脱力している。中には寝かけている者まで居た。


 すっかり日が暮れ、窓の外からは暗闇が浴場内を覗いている。


 照明の反射で淡い金色に輝いている湯船に浸かる少年の中には、皇子であるアイレンも混じっていた。


「寮内で見かけないと思ったら、ネイズと決闘をしていたとは。見損ねたのが悔やまれる」


「しかもその後はずっと広場で特訓して、その結果ナメクジみたいになって。どんだけあいつに勝ちたかったんだよ」


 ルームメイトは笑った。

 ケディは口元を沈ませた。


「ぶぼぼぼぼぼぼ」


 そしてそのまま何かを言った。


「何て?」


「何でもない」


 不貞腐れたようにケディはルームメイトから顔を逸らす。

 関係は悪くないが、こいつにはデリカシーというものが欠如していて言われたくないことをズバッと言ってくる。

 ちなみに先ほどの言葉は、「僕がどんな気持ちで戦ってたと思って……」である。


「しかしケディ、普段はあまり鍛錬をしていないのだろう? 身体能力は魔法による強化に依存しているようだし……明日は筋肉痛に気をつけなさい」


「はい……」


 間違いなく痛みで四肢が使い物にならなくなる。

 苦手分野を避けていたツケがここで来た。


 ちらりとアイレンを見ると、あまり高くない背に反して体格は結構しっかりしている。隣のルームメイトも健康体だ。

 それに比べて自分ときたら……と、ケディは一人でひっそりと惨めになった。


 矢張りこういう場所では実力者が残るからなのか、思い描いていたような体形の多様性が無い。大体の者はしっかり筋肉がついているので運動音痴のケディはかなり浮いてしまっている。

 ケディは肩まで湯に入った。


 ____と、その時。


 出入り口の奥からくぐもった音が聞こえて来た。

 何と言っているのかまでは分からない。しかし男子の声にしては高いような気がする。それに混じって別の声も何かを話している。


 はて、どこかで聞いたことのある声のような。


 少年たちは入口に視線を向けた。


 二つの人影が扉の向こうに見える。

 一つは小柄で、もう一つは同年代の少年の中では比較的背の高い影だ。

 楽しそうな笑い声が近づく。


(……ん? この声まさか……)


 ケディの頭の中に嫌な予感が走る。

 焦って立ち上がろうとしたがもう遅く、扉は開かれてしまった。


 扉の向こうに居た人物二人が浴場に入って来た。


「わー、本当に皆居る」


 一人が言った。


 二人とも腰にタオルを巻いている。


 もう一人は少年たちを無視してまっすぐに椅子に向かった。


 アイレンを除いた少年たちは言葉を失った。

 ケディは顎が外れる寸前まで大口を開けて硬直した。


 入って来たのは、テオとネイズだった。


 妙に長い三つ編みが解かれ、角度によっては長髪に見えるのもあって普段よりも美少女らしく見える。

 下しか隠されていないのを見て少年たちは湯の中に顔を突っ込んだ。


「おお、テオとネイズか。ここで会うのは初めてだな……おわっ?」


 少年の一人がアイレンの目を隠した。

 水中に潜っていたケディは混乱した頭を必死に回していた。


(何で男子風呂にロメリオストさんが? どういうこと? というかそもそも何でレーべニアと一緒に……あれ?)


 ケディは先程の光景をふと思い出した。


 違和感を抱いたのだ。


 目を手で覆い、指の隙間から奥を見ながらゆっくりと湯から顔を出す。

 他の少年も殆ど同じような動きをしていた。

 全員がテオを見た。


「あのー……何ですか」


 テオは小首を傾げる。

 目隠しをしていた手を離され、アイレンは眩しさに何度か瞬きをした。


 ケディの思考が停止した。


 小さいとは思っていたが、流石に絶壁過ぎる胸部。男性特有の骨ばった手。全く恥じらう様子の無いテオの顔。僅かに浮いた肋骨。

 完全に、痩せているだけの小柄な少年の体格だ。


「ロメリオストさん……男子?」


「はい?」


 テオは眉をひそめた。

 圧倒的な負のオーラが放たれ、全員が息を呑む。

 少年を冷たく睨み、テオは貼り付けた感満載の笑みを浮かべた。


「そうですけど」


 低められた高い声が浴場に反響した。


 誰も一言も発さず、ネイズは背後の様子も特に気にせず髪を洗っている。

 アイレンは意味が分からず周囲を見回していた。

 少年たちは石像のようになっていた。


 ケディの脳内では大量のフラッシュバックが起こっていた。


「何だお前たち、テオが女子だと思っていたのか? 見ていれば分かるだろう」


「アイレン様……! この腐れ節穴共と違って見る目がある!」


 テオの言葉は、怒っている故なのか容赦が無い。テオの見た目が紛らわしいことが原因なので理不尽にも思えるが、そこに突っ込もうとする者は出て来ない。


 膨大な情報量が脳に流れ込んでくる。


 ケディの脳はそれに耐えられず、静かにショートして気絶した。


 背筋を伸ばしたまま気絶するという芸当に気づく者は居なかった。


・・・


 その十数分後。


「男……オトコ……漢……?」


 ケディは焦点の合わない瞳で水面を凝視している。


 不機嫌を形にしたような表情を浮かべ、重苦しい魔力を撒き散らすテオを避け、生徒たちは情報整理や諸々のために湯船の淵にもたれかかっている。

 流石にアイレンとネイズも近づく気にはならなかった。


「……もう敬意を払うのは止める。ったく貴族間の礼儀で口調と所作に気を遣ってたのに、結局こうなるのかよ」


「君が綺麗な所作するとお淑やかなお嬢様にしか見えないんだもの……」


「黙れ節穴」


「スミマセン」


「というか名前で察しろよ。普通女子が『テオって呼んで』なんて言う訳ねえだろうが」


 テオの声は普段より低く、それが元に戻る気配は無い。

 ケディはまだ情報を整理している。しばらくはこのままだろう。


「言っておくけど、この髪型もオレの趣味じゃないから。妙に硬くて全く切れないし、気づいたらセットされててこうなってるだけだから! ……まあ奇術師っぽいのは良いけど」


 テオは普段三つ編みになっている一房の長髪を弄った。


「きじゅつし?」


「何でもないです」


 魔法の世界で奇術など無意味な虚言に他ならない。

 テオは目を伏せた。


 それをよそにケディはようやくテオが自分と同じ少年であることを理解し、正気を取り戻し始めていた。


 しかし、また別の混乱が訪れる。


「ロメリオストさんとレーべニアさんが……相手って……二人はそういう……」


 ケディは譫言のように呟いた。

 どちらも男でそういう関係ということは、そういうことである。


 だがテオは特に顔色も変えずに言った。


「相手?」


「毎夜の……相手って……」


 ケディが放った言葉に、少年たちの表情が固まった。

 アイレンとネイズは無反応だった。


「ああ、鍛錬のこと」


 動揺も何もなく、テオはあっさりと言い放った。

 ケディが目を見開いた。他の少年も同じ反応を見せていた。

 アイレンは他の者が驚いている意味が分からず、必死に周囲の反応の理由を考えている。


「鍛……錬……?」


「あまりにネイズさんが自室に帰らない上に寝ないから、オレが健康管理する代わりに毎晩ネイズさんの鍛錬に付き合ってあげることにしてるの。……ん? 相手だってことは知ってたんでしょ、何だと思ってたわけ?」


 テオは呆然と自分を見るケディの目を見た。

 他の少年はそっと目を逸らした。

 テオは何かを考えるように俯いて呻った。


 そして、何かに気づいたようだった。


 顔色が明らか湯の温度には関係ない理由で赤くなっていく。


 テオの拳がケディに炸裂した。


「エロガキ!!」


「うぼあ!!」


・・・


 一方その頃女子風呂では。


「……セノカ」


 柄にもなく俯いて低い声を漏らしたのは、ロザリエだった。

 湯船には女子生徒たちが、シャノン、ラぜメア、メルヴィ、セノカ以外は湯に深く浸かって体を隠すように縮こまっている。


 つい先刻、男子風呂と同じようなことが起こったのであった。


「何でしょう」


「……すまなかった」


「は?」


 胸部の平坦さとテオの存在故に勝手に男だと思われていたセノカ。


 浴場の隣に位置する脱衣所の籠の一つには、男子制服と共に一枚のさらしが置かれている。


 セノカの胸部には、そこまで大きくもないが小さくもない、普通より少し大きい程度の双丘があった。


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