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友人兄と

「……はあ」


 寮への帰り道をとぼとぼと歩き、ケディは更に肩を落とした。


 勝負を吹っ掛けたネイズに呆気なく負け、テオには情けない顔を晒してしまった。

 特別演習の疲労もあるというのに学年主席と戦い、体が鉛のように鈍重になっている。

 昼過ぎだが、早い所寮に帰って寝たい。しかし訓練場でルームメイトを見かけたので、今帰ったら傷口に親切と言う名の塩酸をぶっかけられるのがオチだ。


(どこかで時間を潰さないと……)


 ケディは魔力探知を発動させた。

 人の少ない、一人で傷を癒せる場所を探す。


 大多数の生徒は演習直後の疲労で既に寮へ帰っているか、喫茶店に立ち寄っている。故に思っていたよりも一人でくつろげる場所は多かった。


 丁度良さそうな広場が一つ。

 ケディはそこまでの道のりを何となく考え、魔力探知を切った。

 そこのベンチで昼寝でも何でもして、敗北の悔しさと強い疲労感を解消してしまわないと。


 ケディは歩き出そうとした。

 その時。


「……君は……」


 背後から良く通る声が聞こえた。


 何やら聞き覚えがある。しかしどこで聞いたのかまでは思い出せない。

 もしや先程決闘を見た生徒の一人か誰かだろうか。


 ケディは恐る恐る振り返った。


 そして壊れた機械のように硬直し、ぎこちなく視線を前に戻した。


(最悪だ……何で今なの……最悪だ……)


 ケディ、悲しみの一句。


 その人物は無慈悲にもケディに近寄って来た。

 長い白金と青の髪が揺れ、藍緑の瞳が鏡のようにケディを映している。

 その人物はケディの肩を掴んだ。


「テオの友人の、確かケディ・ラーヘル殿か」


 レイだった。どこかの店のものらしい紙袋を抱えている。


 ケディは帰す言葉を探しながら、か細く「ア、ハイ、ドウモ」と呟いた。

 このタイミングで問題の人物の実の兄に会ってしまった。とてつもなく気まずい。


 どうにかして離れたいと心から願うケディに、残酷な一言が投げられた。


「先ほど菓子を買ったのだが、テオの普段の様子を聞きたいので第三広場で話さないか?」


 ケディは涙目になった。

 レイが提案したのは、よりにもよって自分が探し出した場所だった。


 相手は友人の兄で、しかも成績優秀者。


(断れない……)


 ケディは思考を放棄した。


 そして小さく「ハイ……」と答えた。


・・・


 広場のベンチに二人で腰かける。

 芝生の生い茂るその場所に他の人影は無い。


 レイは袋の中から焼き菓子を一つ取り出し、それをケディに差し出した。

 最近新しく売り出された菓子だった。

 レイも同じものをもう一つ取り出し、小さく一口を齧った。

 チョコレートによく似た甘味に、レイは目を細めた。


 ケディはもそもそと手に持ったものを食べながら、レイをちらちらと盗み見た。


「テオとは仲が良いのか?」


 一口を飲み込んだレイが言った。


「まあ……よく話しますね」


「それは良かった。普段は何を話している」


「最近読んだ本の話とか……」


「何か読んでみたい本など言っていなかったか?」


「や、特には……」


 テオは図書館にある本の半分は読んだと言っていた。どうやら速読が出来るらしい。

 レイはおそらくテオの欲している本を与えてやりたいのだろうが、テオよりも早く新書を貸し出さなければ不可能である上にそもそもテオは新書の入荷予定を把握している。


(……良いお兄さんだなあ)


 自分は弟に対する劣等感で、全く下の兄弟に関われていないのに。

 ケディはもう一口、菓子を齧った。


「それと、レーべニア殿のことなのだが」


「ごぶあ!!」


 ケディは菓子を盛大に吹き出した。


 激しくむせ、その背中をレイがさする。

 焼き菓子の粉が気道に入り、異物感で咳が止まらなくなる。

 突然出された単語に、心拍数が嫌な上がり方をする。


「どうした」


「げっほ、ごふ、いえっ、何でも、げほっ」


 異物感が消えて来た。

 しかし咳で喉を痛めてしまった。


 レイは心配そうにケディの顔を覗き込んだ。無表情なので僅かに圧力を感じる。


「レッ、レーべニアさんがどうかしました?」


「言いたくは無いが出身が出身なので、彼とテオは仲良くできているのかと」


「ああ、それなら……」


 そこで言葉が詰まった。

 仲良く話してますよ、と堂々と答えることは出来なかった。


 二人は一緒に居ることが多い。疎外感に近い物を覚えていたのも確かだ。

 あれはテオによる親切による純粋な関係だと思っていた。だがネイズを問い詰めると、二人に体の関係があることが分かり、ネイズはテオのことを相手として認識していないと言っていた。

 そのことをレイに言ったら、おそらく……否、絶対に怒り狂う。

 それにテオにとっては、実の兄に知られたくない事だろう。


「……それなら?」


「…………まあ、普通です」


「そうか」


 レイは小さく頷いた。


 何とか誤魔化せたらしい。レイ自身もそんなことに思考を使ったりはしない。

 ケディの勘違いなど知らないまま、レイは呑気に菓子を齧った。焼き菓子であるのにカスが零れていないのは、この手の菓子を食べ慣れているからなのか。


 沈黙が降り、勘違いも手伝って気まずい空気をケディだけが感じていた。


「もう一つ聞きたい」


「何ですか?」


「……テオに想い人は居るのか?」


「げぼお!!」


 ケディはもう一度むせた。


 レイは戸惑いがちにまた背中をさすった。


 先程よりもむせている時間が長く、声も枯れ始めている。


「大丈夫か?」


「だ……大丈夫でず……ぢょっどびっぐりじで……」


「声が全く大丈夫では無いのだが」


 ケディは口元を抑え、「もういいです」と言うように手を挙げた。


(この人も兄だもんな……妹の恋愛事情くらい気になるだろうけど……何でよりにもよってこのタイミングでそれを聞くの⁈)


 ネイズの話題から恋愛の話題。最悪の話題転換である。

 どうにか収まった咳を押し殺し、ケディは荒い息を吐いた。

 レイは横からいつの間にか汲んで来た水を横から差し出してきた。


「ありがどうございまず」


「すまん、変なことを聞いた」


「いえ……けどそういう話は聞いたことないです」


「そうなのか。以前ティニーが『この頃の子供なんて大体皆誰かが好きなんだよ。お前の妹と弟も好きな人の一人や二人居るんじゃないか?』と言って来たので、てっきりテオにもそういう相手が居ると思っていた」


「成程、そういうこと……」


 ケディは呼吸を整えた。


(……そのティニーさんの口ぶりから察するに、多分本人も当てはまってるよね……)


 上級貴族の嫡男なだけあってティニーの名を知っている者は多いが、まさかそこまで分かりやすい人物だったとは。

 見た目だけなら隙が無さそうなのに。


「……もしかして、レイさんにも好きな人とか……」


「居ない。が、もし居たなら楽しいだろうとは思っている。人は『れんあい』で変わると聞いたことがあるので」


「へ、へえ……」


 何と言うか、意外な回答だった。

 表情の動かないレイでも、好きな人が居たら楽しいと考えているのか。容姿と雰囲気故に近寄りがたかったが、親近感が湧いて来た。


 ふとレイを見ると、かなりの大きさだった筈の菓子が手元から無くなっている。

 ケディは自分の菓子を見た。まだ半分以上残っている。

 まだ少し喉が痛いので、ケディはゆっくりと焼き菓子を食べ進めた。


「ところで何か落ち込んでいたようだが、決闘の件か?」


 また吹き出しそうになる。

 しかし今回は抑えた。次にまたむせたら本格的に喉が潰れる。


 だがどうしてこの友人兄は的確に驚く話題に突っ込んでくるのか。


 ケディは苦笑を貼り付けた。


「はい……僕が吹っ掛けたのに負けちゃって…………まさか、見てたんですか⁈」


「ああ。良い戦いだった」


 ケディは絶句した。


 テオやルームメイトだけでなく、その兄にも決闘を見られていたなんて。

 そろそろ本当にいたたまれなくなってきた。


 ケディは顔を赤くして俯いた。

 しかしレイは気づいていないのか、そのまま淡々と続けた。


「助言をしておくと、自分より賢い相手に挑むならば重要なのは速度と物量だ。無理に予想外を狙わなくてもいい」


 告げられた言葉に、ケディは顔を上げた。

 てっきり同情されると思っていたのだ。実際、訓練場近くですれ違ったルームメイトは気遣いに満ちた笑みを向けて来た。


 レイは静かに立ち上がった。


「俺は寮に戻る。付き合わせてしまい、すまなかった」


「……あ……はい……」


 傍らに置いていた紙袋を拾い上げ、ケディに一礼をして背を向ける。

 テオとは顔も所作も似ていないが、どことなくテオの兄だと感じる気配を放っている。


 ケディは遠のいていく背中を眺め、力が抜けたように背もたれに体重をかけた。


 空を見上げると、吸い込まれるような青にテオの笑顔が浮かんだ。


(好きな人、かあ……多分僕は……)


 心臓の奥が熱い。

 あの声が心の底から離れない。


 『ケディさん』と呼ぶ鈴を転がすような声と、光のような笑顔が何度も脳裏を過る。


 その時、ケディは自分が何を考えているのかを自覚した。

 顔色が真っ赤に染まるが、その瞳から暗い後悔は消えている。


 ケディは勢いよく立ち上がった。


 そして何かを振り切るように走り出した。


・・・


「へっ……くちっ!」


 自室に戻り、新書を読んでいたテオは口元を抑えた。

 ネイズは机に向かい、歴史書を睨んでいる。


「風邪か?」


「いや、これは誰かがオレのこと噂してるね」


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