少年二人、すれ違い
「……」
「…………」
寮への帰り道で、ネイズとケディは特に会話もせずに歩いていた。
何度かケディが口を開きかけたが、緊張故なのか何も言わずにまた黙った。
固まった空気にケディは息を詰まらせていた。
「……話があるのでは?」
気を遣ったのか、ネイズが沈黙を破った。
ケディは突然声を発したネイズに肩を跳ねあがらせた。
金色の目が睨んでいるようで怯みそうになる。しかしケディは一つ深呼吸をした。
「……ロメリオストさんとはどういう関係なの」
「ただの同級生だ。……特別な点を挙げるとするなら、毎夜、相手をしてもらっている」
「____………………、は……?」
ケディは壊れた玩具のように立ち止まった。
鳩が豆鉄砲を喰らったような、という表現がこの世で最も適切に思える表情だった。
ネイズは予想していなかった反応に足を止めて振り返る。何か地雷を踏むようなことを言っただろうかと記憶を辿るが、思い当たる発言は無い。
しかしケディは目を皿にしてネイズを凝視している。
「…………何だ」
「君、今、何て言った?」
「ただの同級生だと」
「その後」
「相手をしてもらっていることか?」
「……」
ケディは再び固まった。
他の生徒が珍しい組み合わせの二人を横目に見て通り過ぎていく。
二人の間に微妙な沈黙が降りる。
その時、ケディが動き出した。天を仰ぎ、大きく溜息を吐き、周囲を二、三周見回した。
そしてネイズに足早に近づいた。
「ちょっと別の場所に行こうか」
「何故だ」
ケディはネイズの問いには答えなかった。
ネイズの手首を掴み、どこかへ歩き出す。
謎の気迫を放つ平凡な男子生徒と内部進学首席合格者の組み合わせに、更に周囲からの視線が集まった。
ケディは寮の隙間に入った。
人気は無く、日光は壁に遮られて影になっている。
ネイズを真っすぐに見上げ、ケディは絞り出すように言った。
「さっきの、どういうこと」
「何のことだ」
「毎夜の……あ、相手って……」
「文字通りの意味だが?」
ネイズは本気で分かっていないらしく、片眉を持ち上げる。
それがケディには挑発のように映っていた。
「……ちゃんと責任取れるんだよね」
「何の」
「相手としてってことだよ! 態々言わせないでくれる⁈ 嫌がらせか何か⁈」
「何に責任が発生するのだ。何だとしても誘って来たのはロメリオストの方なので、僕が責任を取る必要は無い」
相手と言うのは、ほぼ毎夜の鍛錬……文字通りの鍛錬のことである。魔法式や魔力操作を教わり、実際に戦闘も行っている。
ちなみにネイズは幼少期から勉強と戦闘にばかり勤しんで来たため、隠語の類の知識は無に近い。
純粋さは時に恐ろしいもので、他者の勘違いを正そうともせず間違いのまま肯定してしまう。
ネイズの外見だけを見ればある程度の知識があるように見えてしまうのだ。
寝不足とストレス故に目つきはあまり良くない上に、座学にも身体能力にも長けている。加えて背は高い方であり顔は整っているので、誰もネイズがその手の知識に置いて教科書止まりの知識しか持っていない純粋な少年などとは思わないだろう。
これが小柄で眼鏡を掛けた少年ならばまだ勘違いの可能性を考慮出来たのだが。
ケディの額に青筋が走った。
「……訓練場来いや」
「流石に付き合ってられん。帰る」
ネイズはさっさと踵を返して自室に戻ろうとした。
その腕をケディが掴んだ。
そのまま握りつぶさんと力を込められ、ネイズは小さく顔を顰める。
そしてその視界に、ケディの表情が映り込んだ。
般若のような、とはよく言うが、その先があることを大抵の者は知らない。
そこにあるケディの表情は、真蛇の顔に他ならなかった。
「その腐った性根、叩き直してやる」
地獄の底から響いて来る声が、平凡な少年の喉から発せられた。
大して多くない筈の魔力が爆発し、炎のように周囲へ広がる。
流石にネイズもそれ以上反抗する気にはならず、手首に痣が付く前にケディの後について行った。
・・・
「しーんーしょー、しーんーしょー、いーちーばんにーかーしだしー」
大量の本を腕に抱えたテオは上機嫌に歌いながら軽やかに寮へと歩いていた。
太陽の笑顔の放つ気配に生徒たちが振り返るが、認識阻害の魔法のお陰でテオが注目されることはない。
靴音が小気味の良いリズムで響く。
テオは抱えている本を覗き、幸せそうに笑った。
「んふふ……何から読もっかなー!」
ただでさえ高い声を弾ませ、テオはスキップを始めた。
しかし、その時。
数十人の生徒が同じ方向に走っているのが見えた。
「うん?」
何やら騒がしい。何かから逃げているにしては目的地が一致しているようなので、何かあるのだろう。
セノカには「今日は休め」と言われている。見に行っても問題ない。
テオは小走りで集団に向かった。
書物を異空間内に収納し、集団の一人に目を付けた。
「そこの人!」
比較的走るのが遅い男子生徒だった。
男子生徒はその声に振り向き、息を呑んだ。
絶世の美少女が、丸い目で自分を見上げている。
「何かあったの?」
男子生徒は我に返った。
「ああ……一年生の二人が決闘するんだってよ」
「えっ、先輩でしたか。失礼しました」
「良いよ別に」
戸惑いがちに頭を下げようとしたテオに、男子生徒は優しく言った。
「でもこんなに観客が居るなんて、誰が……」
「誰だったっけなあ。確か……内部進学首席の……ネイズ? とか言う奴と、ラーヘルだってさ」
「へー、ネイズさんとケディさんが……」
テオはそのまま集団に混じって訓練場に向かおうとした。
男子生徒も同様だった。
そしてテオは足を止め、男子生徒に詰め寄って叫んだ。
「ネイズさんとケディさんが⁈」
・・・
(どういう状況だ)
訓練場に立たされたネイズは意味も分からず木剣を握っていた。
腕には外傷を本人の代わりに吸収する、特別演習の時に使用したものと同じ腕輪がはめられている。これで魔法を喰らっても、許容量内なら死ぬことは無い。
訓練場には観客席を守るように結界が張られている。
周囲の生徒からは歓声が上がり、音圧に鼓膜が揺さぶられる。
____聴覚過敏気味なので今すぐやめていただきたい。
対照的に、正面に立つケディは静かだ。威圧感をこれでもかと放ちながらネイズを睨んでいる。
何故こうなったのか、ネイズには分かっていない。怒らせるようなことを言った覚えは無いし、むしろケディとは殆ど関係が無かった筈だ。
逆らうとまずいことになりそうだったので付いて来たが、何故かそのまま決闘する流れになってしまった。
掴まれていた手首がまだ僅かに痛んでいる。
声援の大半は声援と言うよりヤジと呼んだほうがいい。実力主義の実力者として名の知れているネイズに向かう声は無く、ケディをからかう言葉ばかりが聞こえて来る。
しかしケディは特に気にしていないらしい。
その眼に宿っているのは殺意にも似た敵意だ。
ここまで混乱したのはいつ以来だろうか、とネイズは遠い目をした。
その時、脳内に直接一つの声が響いて来た。
『ネイズさん、ネイズさん!』
高い、可愛いと評価されるらしい、飽きるほど聞いた声だった。
『今は忙しい。後にしろ』
『上で見てるんだけど』
ネイズは上の観客席を見上げた。
魔力探知も合わせて集団を見回し、その人物を探す。
良く目立つ瑠璃色の頭と独特な魔力はすぐに見つかった。
『どうしてこんな状況になってるわけ?』
『知らん。突然ラーヘルが怒り出して連れて来られた』
『ネイズさんのことだし、どうせ無自覚に地雷を踏み抜いたんでしょ。まあ折角だからケディさんと戦ってみなよ。実戦も兼ねて』
『相手になるのか? 確かラーヘルは……』
『確かにケディさんはそんなに成績優秀じゃないし筆記は平均で、本人が引っ込み思案なせいで普段は本気を出せないみたいだけど、試してみる価値はあると思うよ』
『……』
ネイズは正面に立つケディを見た。
魔力量も大したことは無い。以前見た順位では丁度中心辺りにその名前があった。
とりあえず相手をしておけばいい。例えテオの言う通りだったとしても強敵にはならないだろう。
『ちなみにこの決闘では何を要求されたのかな?』
『ラーヘルが勝ったら二度とお前に近づくなと』
『……は? 何でさ』
『だから知らんと言っている』
ケディが戦闘態勢に入り、ネイズもそれに合わせて木剣を構えた。
戦闘が始まる直前、魔力と共に声が降りて来た。
「ちょっと待って! オレが審判するから!」
ネイズとケディはその人物を見上げた。
灰色の髪に青い瞳。一日も経てば忘れてしまいそうな平凡な容姿。
しかしその魔力を探知した二人はそれぞれ反応を見せた。ネイズは眉を顰め、ケディは目を見開いた。
魔力反応がテオ本人だったのだ。
おそらく幻影で姿を変えている。ケディはそこに突っ込もうか迷っていた。
テオも気づかれたことに気づいたのか、二人に対して親し気に手を振った。
「あの、君……」
「ん?」
テオは変装しても尚大きな眼で真っすぐにケディを見詰めた。
ケディは慌てて目を逸らした。
(ロメリオストさんが見てる……彼女のためにも、絶対に勝たないと!)
本人の前で、察したことは言わない方が良い。そして自分は絶対に目の前の相手に勝たなければならない。
呼吸を整え、脚を肩幅に開く。
ケディは改めてネイズを睨んだ。
一方ネイズは一応視線はケディに向けつつも意識はテオのほうにあった。
『何しに来た』
『教え子の成果を目の前で見たくってねー』
『いつお前の教え子になったんだ。視線が不快だから席に戻れ』
『やなこった。単純に面白そうなんだもの』
テオは待ち遠し気に鼻歌まで歌い始めた。
これでは何を言おうが引かない。察したネイズは諦めて再び構えた。
少女のような姿をしておいて、テオは美貌が霞むほど諦めが悪く強情だ。
ふと正面に向き直ると、ケディが更に激しい憎悪のこもった眼光で自分を貫いている。
訳が分からずネイズは片眉を持ち上げた。
「じゃ、一対一の真剣勝負ってことで。準備は良いですか?」
テオが言った。
ネイズは無言で答え、ケディは「はいっ」と返事をした。
二人の魔力がそれぞれの体内に鎮まる。
観客席の騒音も途絶え、緊張した空気が訓練場に張り詰めた。
しばらくの無音。
外の雑音も観客の耳には入っていない。
「それでは……」
テオは静かに腕を上げた。
緊張が最高潮に達した。
黒手袋をはめた手が振り下ろされた。
「始め!」
その瞬間、ネイズは床を蹴ってケディの目の前に現れた。
木剣は振り上げられ、確実にケディの首筋を狙っている。
ここ数か月でテオに叩き込まれた戦闘技術。それが役に立ったと認めるのは癪だが、以前よりも力がついていることは否定しようのない事実だ。
ケディの肌が粟立った。
一撃で腕輪の許容量を超える打撃を、仰け反ってなんとか回避する。
身体強化で脚力を高め、ケディはその勢いのままネイズの木剣を蹴り上げた。
一回転して再び床に足を付け、次は手を前に掲げる。
ネイズは体勢を立て直し、防御結界を張った。
が。
(……何だ……?)
ケディの魔法陣に魔力が集まる。
それは何から何まで平凡な少年の魔力の十分の一にも満たない、小さめの〈炎球〉程度の魔力量だ。
しかし、その魔法陣は巨大化していった。
掌よりも少し大きい程度だったものが、ケディの身長を超えようとしている。
〈炎球〉の魔法陣には間違いない。しかし大きさに反して、ケディの魔力消費があまりにも少なすぎる。
何か嫌な予感が脳裏を過り、ネイズは結界を炎特化に変更した。
同時にケディの炎球___ケディの身長の倍近くの直系の紅蓮の球体___が、床を焦がして迫って来た。
結界に遮られ、炎球がネイズに届くことは無い。
しかしその一撃で、覚えたてだろうが丈夫な筈の結界が砕けた。
ネイズは後ろに跳び、ケディから距離を取る。
そして魔力探知を発動させる。ケディの魔力消費は矢張り、普通の〈炎球〉を放った時と何ら変わりはない。
ケディはもう一度魔法陣を描き出す。
先刻と同様、炎魔法の魔法陣だった。
『どういうことだ。ロメリオスト、こいつについて知っているのだろう?』
『まあよく話すからね。ケディさんは「属性持ち」なんだ』
テオから告げられた内容に、ネイズは息を詰まらせた。
その時、ケディの魔法陣から炎の渦が飛び出した。
〈炎竜の息吹〉
ネイズは再び、結界で攻撃を防ぐ。
特化結界は魔力消費が激しい。この戦法では長くは持たないだろう。
『ケディさんの天与魔術の一つ、〈属性・炎〉だよ。属性系の天与魔術なら君も聞いたことがあるでしょ。ケディさんは炎魔法に限り、通常の魔力消費で常人の二十八倍以上の威力の攻撃を与えられる。君の結界じゃ、まあ十五回程度が限界なんじゃない?』
ネイズは目を細めた。
自分は特化結界十五回で魔力が底をつくが、ケディは少なく見積もってもあと三十回は〈炎竜の息吹〉を放てる。
ケディの攻撃が途絶え、ネイズは結界を解除した。
すると今度は背後からの魔力反応。炎に紛れてケディが背後を取ったのだ。
ケディは木剣に炎を纏わせ、ネイズの頭を狙った。
ネイズはそれを自分の剣で受け流し、胴体の空いたケディに容赦なく木剣を振るう。
しかしケディは、上に魔法陣を展開していた。
「なっ……!」
魔法陣が赤く輝く。
ネイズは即座に足に力を込め、炎の滝の効果範囲から逃れる。
しかしケディは滝の中から飛び出してきた。
(炎に耐性が……!)
ネイズは簡単な防御結界を張った。
しかし次の瞬間、ケディは炎魔法式を描き出した。
咄嗟に動いたためにネイズは思い通りに回避できない。
(これで決まる!)
魔法式が完成し、熱が漏れた。
〈生灯〉!
ケディが念じた。
同時に、ネイズの体が爆炎に包まれた。
火傷は腕輪に吸収される。だがこの状態を放置していれば、敗北するまでそこまで長い時間はかからない。
ケディの顔に余裕が出て来た。
ネイズは床に膝を付きつつも、魔法式を構築する。
〈白の神風〉
ネイズの足元に魔法陣が現れる。
魔法陣から白い風が吹き荒れた。風圧でケディが後退し、ネイズの体を覆っていた炎が消える。
周囲に広がっていた熱気が冷気に変わった。
「くそっ! 失敗した!」
ケディは体勢を整え、再び木剣に炎を纏わせる。
(本当なら数秒で燃やし尽くせるのに……どうなってるんだ!)
余裕が消え失せ、ケディは顔を顰めた。
炎が空気を焼くが、それを向けられているネイズの表情は先程までよりも静かだった。
(……成程)
勝ち筋が見えた。
ネイズ自身も木剣に魔法を付与する。
表面に白と緑の蔦のようなものが走る。そして蔦は爆発するようにの風と氷の魔力に変わった。
ネイズは冷たく相手を見据える。
ケディの顔色が変わった。
「お前……!」
「思っていたよりも単純だったな」
ネイズは腰を落とし、剣を構える。
ネイズの周囲にあった魔力が、その体に吸収されるように消える。
ケディは身構えた。
開始時のような緊張感に満ちた沈黙が降りる。
だがそれが破られるのは今回の方がずっと早かった。
先に動いたのはケディだった。
身体強化による速度でネイズの眼前に接近する。
空気を焼き切る炎が大きく縦一文字を描く。
攻撃が届く前に、ネイズは右に体をずらす。そして冷気の剣を横に振るった。
ケディは背後に闇魔法の魔法陣を作り出し、その中から飛び出してきた長い影の腕に自分を掴ませる。間一髪、ネイズの斬撃から逃れた。
風よりも速くネイズはケディに追い着く。
しかしケディは既に炎魔法式を完成させていた。
炎の波がネイズを飲み込もうと押し寄せる。ネイズはそれを冷気を纏わせた剣で切り裂くが、炎の波には魔力によるものか質量が存在していた。
僅かに動きを妨げられ、剣は空を切った。
上空ではケディが再び相手に魔法陣を向けている。
ヤジを飛ばしていた観客は静まり返っていた。
彼らが思い描いていたのは、挑んだ相手に敗北して悔しそうに泣きべそをかくケディの姿だ。
だが目の前に広がる光景はその真逆であり、ネイズとケディはほぼ互角にやり合っている。
ケディの放つ炎魔法は彼らには到底不可能な威力であり、それを回避するネイズもまた一般生徒にとっては人外でしかない。
炎と冷気の衝突で突風が吹き荒れる。
観客は構わずにその勝負に熱中していた。
二人の戦闘を間近で見ているテオも目を奪われているように棒立ちになっていた。
少ない魔力消費で大技を放てるケディと、元の魔力量が多く高度な魔法を習得しているネイズ。
白と赤の閃光が走り、訓練場内が点滅する。
ケディには緊張が、ネイズには冷静な思考が、そして両者には焦りがあった。
炎魔法に対して有利なのは、氷、水、風魔法。それさえ分かっていればネイズは安定して有利な位置に立てる。
しかしそれでも圧倒的な物量の差があった。
両者の魔力は殆ど同じような割合で消費されていく。
炎と氷の渦の中で、二人は木剣を交えていた。
堅い音が響き、渦に飲まれて消えていく。
「まさかここまで苦戦するとは思っていなかった。実戦試験ではこの力を使っていなかったような気がするのだが」
「だってこんな力をみんなに見せたら、目立つだろ!」
「ならば何故今はこうして僕と戦っている」
「本気で戦わなくちゃいけないからだよ!」
炎の中でケディは叫んだ。
その声も外に届く前に掻き消された。
「僕はずっと誰かの影で生きて来た! 弟みたいに頭は良くなれないし、誰かに逆らう勇気も無い薄汚い奴だって自分が一番よく分かってた! 誰かの命令を聞いて、いつも下に見られて……この学院だって、弟に会いたくなくて必死に勉強して、それでまた誰かの後ろに隠れるだけだって思ってた」
剣がぶつかり合う。
ケディは疲労を滲ませながらも視線はネイズを捉えている。
「でもロメリオストさんは、本当に対等な友達として僕と接してくれた。初めて見た時はすごく綺麗な、僕なんかが話せるわけない人だと思ってたけど、僕と一緒に笑ってくれた! だから僕は絶対にお前に勝って、あの人を助けなくちゃならないんだ!!」
ケディの全身から熱気を含んだ魔力が爆ぜた。
炎のように魔力が燃え上がる。
ネイズは氷の魔力を強め、呼吸を整える。
炎の渦が止んだ。
空中で二人は睨み合う。
テオは二人の下淵に歩み寄り、息を呑んだ。
観客も黙って二人を見詰めている。
次の瞬間。
〈夢幻煉獄〉
〈風花裂葉〉
二人の姿が消えた。
そして互いの位置が逆転していた。
二人は互いに背を向け、剣を振った構えを残している。
沈黙が降りた。
異変が起こったのはネイズだった。
「……ぐ……!」
脇腹から切り裂くように炎が上がる。
しかし腕輪の許容量は超えられなかった。
そして。
「……え?」
ケディの肩から胸までを切断するように、氷の華が散った。
腕輪に灯っていた光が消えた。
ダメージの許容量に達したのだ。
それが意味するところは。
「……終了!」
変装したテオの、声変わり途中の掠れた声が響いた。
ネイズは疲労で肩を上下させゆっくりと降下する。
そしてケディは呆然と空中に留まっていた。
「勝者、ネイズ・レーべニア!」
弾んだテオの声は、ケディには届いていなかった。
テオはネイズに駆け寄った。
視界の端に映ったその光景に、ケディは絶望を瞳に宿した。
・・・
席に収まりきらなかったほどの生徒たちが訓練場から出て行った。
埋まっていた席が空き、騒がしさが室内から屋外へと移っていく。
口々に感想を言い合い、中には二人に礼を言う者も居た。
天頂にあった太陽が僅かに西へ傾いている。
薄い光の帯が差し込む訓練場に残っていたのは、テオ、ケディ、ネイズの三人だった。
生徒の退出を確認し、テオは普段の姿___小柄な美少年___に戻っていた。
空中から降りて来たケディはか細い足音を静まった室内に響かせながら二人に歩み寄る。
ネイズと話していたテオがその方向を振り返った。
「……ごめんなさい」
突然、ケディは頭を下げた。
テオは戸惑ったように固まり、ネイズはそのまま黙ってそれを見ている。
「え、な、何で謝るんですか?」
「……その、僕……ロメリオストさんのこと……やっぱり何でもない」
声がしぼんでいく。
ケディは頭を下げたまま、空気の重量が段々と増えていく。
テオは縋るようにネイズを見上げた。
しかしネイズも視線で「僕に頼るな」と訴えて来た。
その時、不意にケディは頭を上げてネイズを正面から見上げた。突如自分を見詰めて来た相手にネイズの腕に力が入る。
「レーべニアさん」
「……何だ」
「今回は負けたけど、いつか絶対勝つから」
ケディの瞳には、まだ敵意が残っている。
先程までのような熱量は無いが、その重みは何も変わっていない。
それでも矢張り何も分かっていないネイズは、特に何も返さず何となく視線を逸らした。
ケディは踵を返し、出口へと向かう。
「……それじゃあ」
テオは慌ててその肩を掴んだ。
「ちょっと待ってください! 聞きたいことが……」
「……ごめん」
ケディは振り返り、肩に置かれた手を下ろさせた。
テオはその表情を見た。
深い森のような緑の目には透明な涙が溜まり、何かに耐えるように唇を噛み締めている。
ケディは目を見開いて硬直しているテオに背を向けた。
そして逃げるように走り出してしまった。
引き留める前に出口の扉が開く音と、直後に閉じる音が聞こえて来た。
「行っちゃった……」
「何を聞きたかったのだ?」
「ネイズさんとオレを接近禁止にしようとした理由。何か勘違いしてるみたいだから、誤解も解きたかったんだけど。……ネイズさん、本当に心当たりは無いの?」
「何度も言わせるな。僕は知らん」
「嫌な予感するなあ……後でもう一度聞いてみるよ。さ、それじゃ自室に戻ろう」
「すぐに追いかけないのか?」
「今は新書の方が大事」
テオはネイズの腕を掴んだ。
今までの経験から流石にネイズも抵抗する気を失い、テオもそれが分かっているのか以前よりも握力が緩い。
余程楽しみなのか足取りが軽く普段よりもずっと早足なので、ネイズは引っ張られるようにしてテオに同行した。




