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いつぶりかの再会

「……」


 転移完了を確認し、セノカは目を開いた。


 先程までなら、映っていたのは深い緑の森の中だ。

 しかしそこに広がっていたのは森ではなく、白い建物の壁面と無数の人の頭だった。


「生徒諸君、おめでとう」


 拡声魔法を使用した声が上空から降る。

 全生徒が上空を見上げた。


 そこには栗色の髪をなびかせる美青年の姿がある。薄汚れた服を着た者やそうでない者にも微笑を向け、青年は空中で止まった。

 青年___シラーは軽快な拍手を生徒たちへ送った。


「おそらく大多数の生徒にとっては初めての体験だっただろう。それにも関わらず、皆よくやり遂げた」


 女子生徒から黄色い歓声が巻き起こる。

 ネイズが騒音に対して露骨に嫌な顔をし、テオはそれに苦笑で返していた。

 視線が注目する中、シラーは拍手を止め、舞台役者のように大仰に腕を掲げた。


「以上を持って、特別演習を終了とする。疲労が溜まっているであろう諸君相手に長話をするつもりは無いので、簡潔に言わせてもらおう。_____皆、よく頑張った。充分に休み、次の授業に備えておいてくれ。……以上だ」


 シラーが再び上昇する。

 そしてその姿は光を帯び、建物の屋根上まで上がった所で炎となって消えた。


 生徒たちが動き出す。

 安堵する者、愚痴をこぼす者、友人に運ばれる者。

 そしてその中に、良く目立つ長身の影があった。


「セノカ! テオ!」


 よく響く声が二人を呼ぶ。


 テオは嬉しそうに、セノカは氷のような無表情で振り返った。

 ラぜメアは心臓が高鳴るのを感じていた。


 そこには、表には出ていないが軽快に駆け寄って来るレイが居た。


 レイは二人にぶつかる直前で止まり、他の四人に軽く頭を下げた後能面のような無表情で二人を見た。


「怪我は無いか? 何か問題は起きなかったか? 食料に困ったりなどは」


「全然大丈夫だった! ……どちらかと言うと、早口の兄さんが怖いんだけど」


 久々に見るレイの顔を覗き込み、テオは眉尻を下げた。

 そこに、レイのチームメイトたちが追い着いて来た。


「そいつ、君らに会えなくて滅茶苦茶落ち込んでたから分かってやってくれ」


「あ! 兄さんの友達の、えっと…………ルエブレの人!」


 テオは突然親し気に近寄って来た男子生徒を指差した。


「ティニーだよ。君はテオだっけ? レイの……弟の。そんでそこの人が妹……のセノカ、で合ってるな?」


 ティニーの問いに、セノカが小さく頷いた。

 三日二晩項垂れるレイを慰め続け、ティニーの眼の下にも薄く隈が浮かんでいる。


「すまん、面倒をかけた」


「本当に。今度何か奢れよ?」


「勿論だ。では西の喫茶店でも……」


「詫びに喫茶店で無駄にカラフルな甘味を奢る男子生徒がどこに居んだよ」


「居ないのか」


 レイは無表情のまま目を小さく見開いた。


「そういう時はね、肉類を奢るのが普通なんだよ兄さん」


 前世、初の飲酒で酔った結果力加減を間違えたレイ……雅菊に気に入っていたグラスを割られ、詫びとして有名な喫茶店に連れて行かれ若い女性の集団の中心で長身の男二人で無駄に色彩豊かな甘味を喰う羽目になったテオが言った。

 ちなみにテオ……というか永自身はカフェラテ一杯と雅菊から貰ったハニートースト一口で済ませた。甘味に慣れていないからか、やたら青い顔をして『血糖値イ!!』と叫ばれたのはレイの中で印象深い出来事である。


「成程分かった」


「待って凄く嫌な予感する。肉って、獣の生肉でも丸焼きでもなくて肉料理だからね?」


「その域の馬鹿だと思われていたことが悲しいのだが」


「兄さん疲れると思考が畜生以下になるじゃん。姉さんだってそれで苦労してるんだから」


「全くだ」


 セノカは何を考えているか分からない目を細め、疲弊した様子のレイを見た。

 自分よりも背の低い妹の眼光に押され、レイは俯いてしまった。


「だ、大丈夫ですか……?」


 ラぜメアはレイの顔を覗き込んだ。


「……ラぜメアか。お前こそ随分疲れているようだが」


「ちょっとその……色々あって」


 獣との戦闘でかなり精神をすり減らしたことは黙っておいた。自分は半分、ただいるだけだった。


「これ以上会話に付き合うつもりは無い。私は行く」


 セノカはさっさと話を切り上げる。

 二人に背を向け、寮の方へと向かう。

 シャノンが慌てて礼をし、セノカに駆け寄って共にその場から去って行った。


「俺らも帰ろうぜ。弟妹の顔を見れて、お前も満足だろ」


「……そうだな」


 レイとティニーも門へ向かった。


「じゃあオレも。ネイズさん、部屋に帰ろ」


「……」


 テオはネイズの腕を引いた。

 今回は態々反抗する必要も無いので、ネイズはそのままテオと共に寮へ帰ろうとする。


 校舎の門を出ようとした、その時。


「ロメリオストさああああん!」


 煩い声が迫って来た。


 歩き続けようとするネイズの腕を掴んで制止し、聞き覚えのある叫び声に立ち止まった。


 乱れた魔力と足音が近づく。

 魔力探知で見ずとも、誰なのかは分かった。


「ケディさん!」


 同じ派閥に属する同級生に、テオは輝かしい笑顔を向けた。

 ケディはネイズをよそにテオの目の前で急停止し、顔を赤く染めた。


「大丈夫だった⁈ 怪我とか、食料とか……」


「はは、さっき兄さんに同じこと聞かれましたよ。大丈夫です」


 やり場のない手を彷徨わせるケディにテオは苦笑を浮かべた。

 我に返ったケディは、テオの隣の人影に気づいた。


 同年代の少年にしてはそれなりに背が高く、金色の瞳に整った顔立ちが映える。


「……レーべニア……さん」


「こちらは疲れているんだ。あまり長く引き留めるな」


「……なら、早く帰れば良いじゃないか」


 敬語も忘れ、ケディはネイズを睨み上げる。


 背がそこまで高く無い故に威勢に欠けることは自覚しているが、引く理由にはならない。


「こいつが止めるせいでそうもいかん」


「はははー」


 全く感情のこもっていない笑い声を上げ、テオはネイズの腕を握る力を少し強めた。


「ロメリオストさん、この人に何かされなかった?」


「? 何にも?」


「……なら良いけど」


「……あ」


 テオが何かに気づいて顔を上げた。


 もしや、と、ケディは顔を青くした。ネイズに何かされたことを思い出したのか。

 しかしテオは、照れくさそうに頭を掻いて笑った。


「ごめんなさい、新しい本の入荷が今日だったことを忘れてて……ちょっと図書館に寄るので、先に帰っておいてください! それじゃネイズさん、後でね!」


 テオはやや興奮気味に走り去って行った。

 読書好きなのか、新書の入荷には気持ち悪いほど敏感だ。よく閉館直前にそのことを思い出しては全力疾走で読みに行くので、よく煩い足音と共に深夜に帰って来る。


 掴まれていた腕をさすり、ネイズは同じく残されたケディを視線を交わした。

 鋭い金の瞳は心なしか挑発しているようにケディには見えていた。

 ネイズが感じ取ったのは、熱い敵意と警戒心だった。


 ケディを置いて、ネイズは歩き出そうとした。


「待て!」


 それをケディが呼び止めた。


 面倒くさそうにネイズは顔を顰めて振り返った。

 不快感で僅かに揺らぎ始めた濃い魔力に気圧されそうになる。だがケディは勇気を振り絞って一歩踏み出し、大きく息を吸った。


「はっ……話がある! 歩きながらで良いから、ちょっと付き合ってくれ」


「……なら僕に追い着くことだな」


 断る、とは言わなかった。

 すたすたと歩いていくネイズに、ケディは何とか駆け寄った。

 学年一の実力者として有名なネイズと、見るからに平凡な男子生徒の組み合わせに周囲は視線を集中させる。


 その中にはアイレンも入っていた。


(話したかったのに……)


 帰り道を共に歩き、労いつつ雑談を交わしたかった。


「メルヴィ! シャノン! セノカ!」


 後方から耳障りな声が聞こえて来た。

 誰なのかは視認せずとも分かったので、アイレンは絡まれる前に寮へ向かった。


 そのことには気づかず、声の主___ロザリエは三人に抱き着いた。


「よくぞ最後まで生き残った! 寂しかったぞ!」


 三人には身長差があり、ロザリエは丁度メルヴィと同程度の身長であるため、その腕はメルヴィの首に回っていた。


「ロ、ザリエ、さま……ギブ……ギブです……」


「おお、すまん!」


 ロザリエは三人から腕を離した。


「二日ぶりかしら? 皆頑張ったわね」


 ロザリエの後ろからヘラーが顔を覗かせた。

 こちらも疲れているようだが、優しい笑顔は健在だ。


「ヘラー!」「ヘラーさん……!」


 メルヴィとシャノンは瞳を潤ませた。

 母親に甘えるようにヘラーに駆け寄る二人を見ながら、ロザリエは僅かに口を尖らせた。


「むう……ヘラーの母性は手強い……!」


「何に張り合っているのですか」


 ロザリエは豪快で甘えられる性格ではない。

 対照的にヘラーは幼い頃からこの皇女のお付きをやっているので面倒見がよく、物腰穏やかだ。


 自分も行こうかと、ロザリエは挙動不審になっている。

 そんな主に気づいたのか、ヘラーはくっついて来る二人を優しく引き離した。


「ほら、二人とも、早く寮へ戻りましょう。学院長の言ってた通り、ゆっくり休まなきゃ。ロザリエ様もですよ」


「……ああ! さあ皆の者、帰るぞ!」


 ロザリエはいつものように胸を張り、四人の先頭を歩こうとする。

 しかしセノカは別方向に体を向けた。


「私は少し、別の友人と話してから行きますので」


「お前に他の友人が居たとは!」


「ロザリエ様!」ヘラーが小声で叫んだ。


 セノカは特に気にした様子も無く、手を振るロザリエに適当に返しながら人混みの中に入って行った。


 長身の影が遠ざかり、シャノンはその様子をしばらく眺めていた。

 足が速いために、セノカの姿が消えるのに時間はかからない。

 人波に流されてしまわないように、シャノンは再び正面を向いてロザリエを追いかけた。


・・・


「学院長」


 突然室内に現れた少女に、紅茶を注いでいたシラーは肩を震わせた。


「……次からは扉から入ってくれ」


 平静を装い、ポットを机上に置いて紅茶の入ったカップを傾ける。


 セノカは机の前で立ち止まった。


「少し、話しておきたいことがあるのだ」


「ほう、何かな?」


 まだ驚きの余韻が残る心拍に不快感を抱きながらも、シラーはカップを下げて肘を付いた。

 セノカは機械的に語り始めた。


「今回我々が訪れた森に寄生型蟲が生息し、寄生された獣と戦闘になったのだが、明らかに生徒が対処できる域を超えていた。今後の演習と国において危険なので、早急に解決する必要がある」


「……分かった。次回からは更に制度の高い魔力探知を……いや、待て。『国に』とはどういう意味だ?」


 空気が固まった。


 セノカは魔法陣から一つ、球体を取り出した。

 透明な球体の中に小さな紐のようなものが見える。それは僅かに動き、何らかの意思を持っているように思えた。

 セノカの掌の上から、球体が離れる。そして球体はシラーの目の前で停止した。

 シラーは球体の中身を見詰めた。


 そして小さく目を見開いた。


「これは……寄生型蟲、なのか? しかしこのような形状の種はあっただろうか……」


「説得力は無いが、蟲は嫌いなので現存する全ての蟲の情報は網羅しているつもりだ。どちらにしても国内で確認されている寄生型蟲はたったの十六種類。全く見覚えが無いことなどあり得るのか?」


「……私も寄生型蟲は全て記憶している。確かに新種の可能性は高い」


 学院長はこの学院の元生徒だ。

 学院内で首席の座を譲ったことは一度も無いと聞く。そして学院の授業内で寄生型蟲は全種類学ぶことになっている。


「学者に提出しても構わないな?」


「ああ。だが口の堅い者にしてくれ」


「……何故だ?」


 危険性の高い生物は国民に知らせておく必要性が高い。

 そうして人々の身を守るのだ。


 セノカは思考を直接シラーに送った。


『魔力探知の結果____他種族領から持ち込まれた可能性が高いことが分かった』


 普段と変わらない声色でセノカは言った。

 シラーは心臓が冷えるのを感じた。


 前回、神鬼の軍が侵入し、その後魔王を目の当たりにした。そして今回も他種族からの有害な侵入者。

 蟲が逃げ出してきた可能性も考えられる。

 しかしそれが意味するのは、結界が蟲すら通すほど弱まっていること。

 そうでないなら他種族が故意に蟲を放った___つまり敵対していることを示している。


「混乱は避けたい。くれぐれもその学者以外には口外しないように」


「……承知した」


「用は以上だ。よろしく頼むぞ」


 セノカは短く言ってその場から姿を消した。


 室内にはシラーだけが残された。



 しばらく、時間が止まっていたように感じられた。


 静かな学院長室で、シラーは背もたれに体重をかけた。

 外からは生徒たちの賑やかな声が聞こえて来る。

 シラーは窓の外を見た。自分の生徒であり、後輩でもある子供たちは呑気に笑みや愚痴を交わし合っている。


 シラーは小さく溜息を吐いた。


「……貴方が居なくなってから、色々なことが起きていますよ」


 微かな悲哀の感情を宿し、シラーはふっと笑った。


 そして机上に置かれていた、透明な石のはめ込まれたブローチを手に取った。

 ブローチの裏には文字が彫られている。


 その言葉を聞いている者は居なかった。


「本当に、変わった後輩だ。どうしてそんなことに気づいたのやら。……駄目ですね。貴方に任された仕事だ、私が全うしなければ」


 小さな独り言を自分に言い聞かせるように呟き、シラーは目を伏せた。

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