表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/72

野外恋愛事情

 日が若干西に傾いて来た頃。


 テオ、シャノン、メルヴィの三人は夕食と明日の朝食を狩りに行き、ネイズを見張り役に置いてラぜメアとセノカは水を汲みに行っていた。


 シャノンとメルヴィは「材料次第ではご馳走に出来る」とテオに言われたため、期待に胸を膨らませながら得物を探している。狙うは猪だ。


 一方でテオは地面にも注意を向けていた。

 このような森には食用に出来る植物も多い。無害な茸や山菜も豊富である。

 既に外套を脱ぎ、見つけた植物を袋代わりにした外套に乗せている。毒の判別はセノカに知識を叩き込まれたため問題無い。

 テオ自身は食べないが、どうやら料理が好きらしく明るく鼻歌を歌っている。


 猪を探して魔力探知を発動したまま、シャノンとメルヴィはテオの近くに駆け寄った。


「何かな?」


 距離が縮まり、敬語を使わなくなったテオが振り返った。外套の上は大漁である。

 二人は再びテオに背を向け、周囲を見回した。


「ちょっとセノカさんのことで聞きたいことがあって……あ、大したことじゃないんです、友達としてもっと色々知りたいなって、こういう時しか聞けないので……」


「……ああ! そういうことなら何でも聞いてよ! これでも姉さんとは長いんだから!」


「姉弟なら当然なのでは?」


 テオは獲れた物を外套で包み、シャノンの質問を待つ。


「……あ……その…………」


 シャノンの声が縮んでいく。視線が下がり、肩が落ちる。

 メルヴィがその肩を叩き、シャノンの気を落ち着かせた。


「えっと……セ、セノカさんって、その……」


 攻めた質問、とやらがどの範囲なのかが分からない。


 何が好き? 大雑把すぎる。これを気楽な様子で聞けたのなら「何その質問~」と笑ってもらえるだろうが、緊張した様子では不審がられるに違いない。

 得意なことは? この空気でこれを聞く方がどうかしている。不自然極まりない。


 思考がショートし、シャノンの緊張は最高潮に達した。

 それを察したメルヴィが先に口を開いた。


「セノカって婚約者か恋人は居るの?」


 一瞬、空気が固まった。


 シャノンは小さく飛び上がり、テオは円い目を更に見開いている。

 茹蛸のようになったシャノンが何か言いたげにメルヴィを見詰めるが、メルヴィは無視した。


「……え……ああ、姉さんの……うーん…………」


 テオは腕を組んで首を傾げる。

 シャノンは不安げに言葉の続きを待った。


「居ない……って言って良いと思う」


 随分歯切れが悪い。シャノンの顔から不安の色が抜けないのを見て、メルヴィはテオに更に詰め寄った。


「それってどういうこと?」


「求婚はされたことあるけど、婚約までは行かなかった。全部断ったよ」


 テオは目を逸らしていた。


 ほっと息を吐くシャノンとは対照的にメルヴィは好奇心を煽られたようで、前のめりになりながらテオに急接近する。

 突然異性に近寄られたテオはと言うと、息を詰まらせて後傾になっていた。


「最初の求婚はいつなの?」「相手は?」「何で断ったの?」


「ちょ……あの、一旦落ち着いて」


「大事な友達の結婚事情、気にならないわけが無い」


 眼が血走っていた。


「答えます答えます! もう少し離れて!」


「ごめんなさい」


「はあ……。最初の求婚が二歳の頃でー」


「待って」


 メルヴィは勢いよくテオの肩を掴む。

 猪を探す目的はどこへやら、完全に友人弟の話に夢中になっている。


「それどういうこと」


「オレたち、小さい頃から魔力が多くて、それに目を付けた貴族が自分の子供と婚約させろって……結局父上の圧迫面接で無いことになって、それで、今に至ります……ちょっ、近い近い近い」


「続けて」


「ええ⁈ これ以上何か話すことあるかな……んー…………」


「レイさんと貴方は?」


「……十歳の時、二つ隣の貴族の嫡男から求婚されたことなら……」


「誰が?」


「オレ」


 テオは不機嫌を露にして言った。


 メルヴィは情報整理のために一回深呼吸をする。そしてシャノンを視界に入れて栄養補給し、そしてまたテオに近づいた。


 遠くに猪の影があるのをシャノンが発見し、会話で手が離せない二人の目を盗んでその方向に駆けて行った。

 気づかないまま、メルヴィは質問を重ねていく。


「……どうなったの」


「断った。受け入れるわけ無いじゃん、あっちはオレのこと女だと思って近寄って来たんだし。……その後ちょっとしたストーカー被害にあったけど」


「……そいつ、その後どうしたの」


「兄さんと姉さんがシメた。でも姉さんったら酷いんだよ、対応はしてくれてもオレへの慰めの言葉は無くて、心配する素振りすら無いんだもの。あれじゃあ結婚なんて天地がひっくり返っても無理だね、絶対。…………それに、結婚なんて…………」


「結婚なんて?」


「………………し……じゃん」


 突然、テオが俯いてしまった。

 メルヴィは何かを察知し、耳を傾けてそれを聞き取ろうとする。


「もう一度」


「……はずかしいじゃん」


「え?」


「恥ずかしいじゃんって!」


 森の中で、高い少年の声が響いた。

 それは猪と対峙しているシャノンにも届いていた。


 貴族という制度があるこの国では、セノカ達の前世よりも結婚が身近だ。恥じる者など殆ど存在しない。

 メルヴィが頭上に疑問符を浮かべている中、テオの顔色は林檎のように赤くなっている。


『ねーテオ様。結婚て何?』


 会話を聞いていたディウルカが魔法で話しかけて来た。念じた言葉を直接相手の脳に送る魔法なので、メルヴィは気づいていない。


『……親兄弟以外の人と家族になること』


『何の得があるの、それ』


『……男女間の関係に限る話だけど、……せ、生殖、とか』


『生殖?』


 性別の無い神鬼にとって、有性生殖は無関係な概念である。

 しかし、だからこそ恥じらいやこだわりと言うものが理解できない。


『じゃあさっさとしちゃえば良いじゃない。生き物の本能でしょ』


『そういう問題じゃない!』


『……何で赤くなってるの?』


 熟れた林檎の果実ですら驚くほど赤くなったテオは、膝の間に顔をうずめた。はたから見れば恥じらう少女にしか見えない光景である。


 メルヴィが黙ってしまったテオを眺め、流石にやりすぎたか、と反省している中、猪との激闘を終えたシャノンが戻って来た。

 身体強化でそこそこの大きさの猪をいつの間にか担いでいる友人に気づき、メルヴィは軽く跳びあがった。


『……前世で、十八歳になって少しした時、年上の友達数人が来てさ。お前も十八になったからそろそろ大人の階段を上らないと、って、やけに深刻な顔で言うから、重大なことだと思って案内された部屋について行ったら…………えっちなヤツ見せられて……結婚したとき必要になるとか言われて……』


『えっちって何』


『そこ聞いてんじゃねえよ!』


 神鬼はどうあがいても神鬼に違いなかった。性の無い種族に性関連の話をしても無駄なだけだ。



 AVは必ず十八歳以上、誰かに見せる場合は本人の許可を得て見ましょう。また、許可があっても相手の耐性を考えてから決めましょう。



「テオさん」


「ぴゃっ⁈ 何⁈」


「陽猪、捕まえたから戻ろう」


「……あ、はい」


・・・


「……あの、セノカ、さん?」


「何だ」


 水を汲み終え、拠点に歩いて戻っている道中でラぜメアが静かに沈黙を破った。


 セノカが作った桶の中では、透明な川の水がゆれて歪んだ景色を反射している。日光が水面で跳ね返り、上の木の葉を緩く照らす。


 体幹の強さ故か、セノカが持っている桶の水は殆ど揺れていない。

 一方でラぜメアは零さないように桶の中を見詰めていた。


「レイさんって、その……恋人とか」


「居ない。婚約もまだしていない」


 即答である。


 ラぜメアは淡白な声色の返事に驚いていたが、安心したように肩を下げた。


 彼女が知る由も無いが、セノカにとってはレイに恋人か婚約者が居ると色々と困るのだ。相手に詮索される上に、レイは恋愛感情とは別に他人に情が移りやすい。弱点が増える以外何の影響も無い。

 矢張りそんな事情など知らないラぜメアの足取りは軽くなっていた。


「それじゃあ、レイさんの好きなタイプ、とかは……」


 再びラぜメアがセノカに問うた。

 セノカはラぜメアに目だけを向けた。


「貴女はレイに恋愛感情を抱いているのか?」


 ぼーっとしていれば聞き逃してもおかしくない、平坦な声だった。


 ラぜメアは水を運んでいることも忘れて急停止した。


 まさかそこまではっきりと見破られるとは……否、口に出されるとは思っていなかった。そこは大体、気を遣って気づいていないふりをするものである。


 水が数滴、地面に落ちた。


「……は、はい⁈」


 心拍数が急上昇し、顔が真っ赤に染まる。


 本人もそれは分かっていた。抑えようとしたが、もう遅い。

 セノカ相手に今からどう誤魔化しても無駄であることは目に見えている。

 ラぜメアは殆ど直角に俯き、少し迷った。


 そして頷いた。


「……内緒にしてください」


「それは別に良いが」


 セノカは特に驚く様子も無く言った。


 まだ出会って一日も経っていないが、あのレイの妹であることに加えてこの無表情と堅苦しい口調。約束を破ることは無いだろう。多分。

 ラぜメアは足早に拠点に歩こうとした。



 しかし、セノカは冷たく続けた。



「こちらが困るので、諦」


「姉さんそこにデカい蟲が居るよおおおおおおおお!!」


 遠くから迫ってくる声でセノカの言葉が掻き消された。


 と同時に、何かが二人の間にもう突進してきた。本来はセノカが立っていた場所に突っ込んで来たのだが、察知したセノカが一歩下がって避けたので二人の間を通過する形になった。

 風圧が木の葉を空中に飛ばす。

 しばらくして、衝撃音と短い悲鳴が聞こえて来た。

 ラぜメアは慌てて「それ」が向かった方向を除く。聞き覚えのある声だったためだ。


 セノカの張った蟲避けの結界から出る程度ではないが、遠くに倒れた木が見えた。そして同じ場所には、髪の乱れたテオが地面に膝を付いている。


「テオさーん!」


「何かあった……あ、セノカ」


 もう二つの足音が近づいて来た。

 元はテオが持っていた山菜類の袋を持ったメルヴィとシャノン。木々の奥から駆け寄っている。


 反対側から外套を脱いだテオが戻って来た。セノカを押しのけるように前に出てラぜメアの腕を引く。


「ささ、早く拠点に戻って!」


「え? え? テオ君は? というかセノカさん、さっき何言おうとしたの?」


「こちらには蟲が居るから別の道に行こうって言おうとしてたと思うよ! オレと姉さんは後で戻るから!」


 セノカの背を押して、テオは森の更に奥へと走っていく。


 不自然に見えなくも無い愛想笑いを浮かべて消えていくテオに何となく手を振り、ラぜメア、シャノン、メルヴィは棒立ちになっていた。


 凄まじい速さで二人の姿はすぐに森の緑に溶ける。


 残された三人は一言も発さず、突然の出来事に戸惑いながら他の二人をちらりと見た。


 他の二人も自分と同じように、目を丸くして自分を見ている。

 風で気が揺れ、微妙な沈黙が降りていた。


「……それじゃあ、戻りますか」


「そうですね」


「同意」


・・・


「姉さんの馬鹿! 鈍感! 合理主義! のっぽ!」


 他のメンバーには声の届かない森の奥深くで、テオは正面に立つセノカを睨んで叫んでいた。

 音響遮断の結界を張っているお陰で獣に気づかれる心配は無いが、セノカは周囲を見回している。


 テオはセノカに詰め寄り、怒りを顔に出して喚き続ける。


「ああいうのは不都合があっても言わないものでしょ!」


「困るのは事実だろう。今ここで告げてしまった方が後は楽だ」


「そうだろうけど……でも、姉さんが言うことじゃない。折角兄さんのことを好きになってくれたのに、兄さんじゃない他人から振るなんて絶対しちゃいけない! 確かに兄さんに恋人が出来ると都合が悪いのは分かるけど、それは後で本人から……告白された時くらいまで良いんじゃないの?」


「非効率的だ」


「でも駄目」


 テオは真っすぐにセノカを見た。


 瞳の色は同じでも、そこに宿るものは相反する。底なしの無感情を宿すセノカ。純朴で強い意志と感情を持つテオ。

 空虚な瞳は揺れず、輝く藤色の宝石は光を絶やさない。


「……分かった」


「本当?」


「これ以上お前に何を言っても無駄だ。思考力以前に頑固さが厄介すぎる」


「ふふん、姉さんと違ってオレは諦めが悪いからね。じゃ、皆も待ってるし行こう!」


 テオはセノカの腕を引いた。


 黒手袋をはめている手から体温は感じない。



 機嫌を直したテオは、無表情のままついて来るセノカの前を歩き、鼻歌を歌っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ