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野外昼食

 矢が飛び、木の上に隠れていた鳥類の胸に直撃した。しかし心臓は貫かれず、その鳥は突然の衝撃と激痛で気絶し、地面に落ちた。

 鏃には氷魔法が付与されているため出血は無い。しばらくは腐らずに生きる筈だ。


 別の木の上からそれを確認し、セノカも地面に降りた。勿論、獣に気づかれないよう無音で。

 他の獣が射抜いた鳥を見つける前に走り、得物を回収する。


 毒は無い。食料に出来る。


 拾い上げた得物を簡易異空間に入れる。血抜きまで起きないように精神魔法で深い眠りにつかせた上で、魔力の縄で体を固定した。調味料や医療品の入っている異空間内で暴れられたら溜まったのもではない。


 この鳥類の可食部から考えるに、二人分と言ったところだ。テオは欠片程度で足りるだろうから、最悪五人分集まればどうにかなる。


『二人分手に入った』


 ネイズに通信を繋ぐ。

 獲り過ぎを防ぐための報告は重要だ。


『丁度此方も一人分狩ったところだ。無毒の蛇が一匹』


『テオが小食なのであと二人分もあれば足りる。量は鳥類一匹辺りだが、反応は私の位置に近いからネイズは戻って先に血抜きをしていてくれ』


『分かった』


 通信を切り、セノカは反応があった場所に向かう。


 丁度二人分の肉が手に入りそうな得物が空を飛んでいる。あと二秒でセノカの真上に来る。


 上空に矢を構え、鏃に氷魔法を纏わせる。

 木の葉の隙間から青空が覗く。白い雲が模様を描いている。

 矢を引き、瞬きせずに空を見詰める。


 次の瞬間、小さな影が隙間の端から現れた。


 セノカは認識と同時に矢を離した。


 矢は物理法則を無視して真っすぐに晴天へ飛ぶ。音も無く、風圧も無く進む矢に鳥は気づかず、呑気に空を飛んでいる。


 呆気なく胸に矢が刺さり、鳥は体勢を崩して気絶し、墜落する。矢に付与された風魔法で落下の速度を下げられ、氷魔法で出血が止まる。

 鳥はセノカの真正面まで降りた辺りで止まった。


 セノカはその首を掴み、矢が刺さったままの得物を持ってテオ達の反応がある洞窟に向かって歩き始める。

 とりあえず昼食が手に入った。


・・・


 血抜きを済ませ、洞窟付近に転がっていた大きめの平石を拾った。

 それを洞窟に持ち帰り、鳥の死体から適当に一つ選んで石の上に乗せる。


 簡易異空間から支給された短刀を取り出し、セノカはそれを振り上げようとした。


「ちょっと待って、姉さん」


 テオがセノカの肩を叩く。

 セノカは素直に腕を下ろし、短刀を置く。


「こういう時はオレの出番じゃない?」


 テオは悪戯っぽい笑みと共にウインクして見せた。

 セノカは少し間を置き、短刀を渡す。テオが嬉しそうに受け取った。


 背後から四人が不安げにそれを見ている。テオの外見と言動を見れば、下手物を作りそうに感じたためだ。


 テオは短刀を振り上げ、勢いよく鳥の体に突き刺した。そのまま迷いなく腹から捌き始める。

 皮を剥ぎ、肉を裂いて内臓を取り出す。肝を掴み、平石の上に慎重に置く。血抜きのお陰で手は汚れない。

 頭や背骨など無駄な部分を削ぎ落とす。血は無いが中々に気持ちの悪い光景から女性陣が目を逸らした。

 骨を取って可食部の肉を切り、予め作っておいた木の串に通す。


「誰か火、点けて」


「僕が」


 石の輪の上に積まれた木の枝にネイズが手を翳し、魔力を込める。肉を焼くには充分な大きさの炎が灯り、火花を散らす音が鳴った。

 テオは簡易異空間から取り出した塩と胡椒を少量、鶏肉に振りかける。生肉の表面に付着した調味料は角度を変えても落ちることは無い。


 石の輪に串を立てかけ、次の鶏肉を拾い上げて平石に置いた。


「慣れてますね……」


 シャノンが呟いた。


「元々テオの料理の腕前は優れているほうだ」


「料理って言っても、捌いて塩胡椒振って刺して焼いてるだけだよ」


 前世でも、誰かの寮部屋に集まる時は大抵永が料理を作っていた。特に勉強していたわけではないにも関わらずかなり難易度の高い料理を作っては他の局員に驚かれていた。

 セノカとレイでも菓子を手作りできる程度の腕前はあるが、テオには及ばない。


「セノカのほうが料理上手だと思ってた」


「あはは、姉さんが作る料理も時と場合によってはちゃんと味付けされるんですけどね。大体洗って焼くだけなんです」


「成程ね……」


 セノカらしい。再び心の声が一致した。


「必要な栄養を摂取できるのなら味など何でもいいだろう」


「そう思えるのは姉さんだけでしょ。特に貴族は舌が肥えてるんだから」


「肉味と思えば良いのでは?」


「それを一般的には無味と呼びます」


 鳥の内臓を取り出しながらテオが言った。

 先程から肝を取っては綺麗に並べている。保存食にするためだ。


 既に何本かの串に刺さった肉には焦げ目が付いている。もう食べても腹を下すことは無い。


 その時、シャノンの腹が鳴った。


「あ、こ、これはその……」


「腹が減ったなら先に食べていろ」


 セノカは串の一本を取り、シャノンに渡した。

 シャノンは躊躇いがちにそれを受け取り、肉を一口齧る。


 胡椒と塩の味と肉汁と共に弾けるような熱が広がり、シャノンは驚いて一瞬目を見開いた。


 令嬢らしい控えめな仕草のままもう一口肉を食み、幸せそうに口角を上げて天を仰ぐ。普段の食事と比べれば調理過程も食材も簡単だが、緊張の中では絶品だった。


 しかし隣にセノカが居ることを思い出し、慌てて真顔に戻る。


「これ、凄く美味しいです」


「ありがとうございます!」


「……じゃあ私も」


「私もー」


 メルヴィとラぜメアもそれぞれ串を持った。

 肉は殆ど均等に切り分けられているため特に迷うことも気を遣う必要も無い。


 良い焼き色の付いた肉の表面は塩胡椒も相まって外皮のように固まっていて、噛んだ瞬間に中身の肉汁が溢れ出す。塩胡椒はそこまで多くない筈だが、学院側の気遣いか質が良いため味がしっかりとついている。塩と胡椒の味がある程度中身まで染み込み、柔い肉からは染み出るように旨味が広がる。


 二人も感嘆して目を閉じた。


「食事に価値は関係ないってことが分かるわね……」


「多分今しか食べられないのが惜しい」


「大げさですよー。捌くのは兎も角、切って焼くくらいなら誰でもできるんじゃないですか?」


「そうでもない」セノカも串を取って言った。「肉を切るにはそれなりの技術が必要だと聞いた」そして食べた。


 ネイズも丁度良い色の肉を選んで食べてみる。思っていたより美味かったのか、僅かに驚く様子を見せた。


 テオは鶏肉を捌き切り、蛇肉の処理に移る。

 女性陣は食事に夢中で気づいていないようだった。


 頭を落とし、鱗で覆われた皮を剥がす。前世から蛇を調理した経験は無いが、おそらく鶏肉と大した差は無い。

 迷い無く均等に肉を切り分け、簡単に調味料を振って串に通し、鶏肉と同じように火の近くに立てかける。


 そこでようやく女性陣が気づいた。


「へ、蛇……」


 円形の断面と骨は明らかに鶏肉とは異なっている。元の形を知っているだけに食べるには抵抗があった。


「心配せずとも毒は無い」


「そういう問題じゃない」


 一般的な貴族の令嬢からすれば、蛇と蟲は同じようなものである。


 セノカは蟲が嫌いな筈だと言うのにその辺は無頓着そうだ。本当に蟲嫌いなのか、とメルヴィは徐々に焼き色のついていく蛇肉を眺めながら考えていた。


 まだ腹は空いている。鶏肉で食欲を限界まで高められた今、「食べない」と宣言出来るわけも無く、女性陣は迷いを募らせる。

 ネイズは鶏肉を食べている最中であるので、「男なんだから先に行きなさいよ」作戦の実行は現在不可能だ。


 みるみる肉の中心まで火が通り、焦げて無駄になるまでの時間が減っていく。


 自分が取ろうか、他の者に頼もうかと女性陣が周囲を見回している中。


 セノカは特に躊躇いも無く、静かに蛇肉の刺さった串を手に取った。

 女性陣が驚く間もなく、セノカは蛇肉を齧っていた。


「お味はどう?」


「魚味の鶏肉」


「へー。じゃ、オレも一本いただきます」


 テオも串を手に取って蛇肉を食べた。


「ん、……結構美味い」


 美少女の顔で美味そうに蛇だったものを食む姿は他の女子から見ればかなり異様な光景だ。


 先駆者二人を見て、迷いが薄れた。

 メルヴィが先ず一番に手を伸ばし、蛇肉の刺さった串を取る。


 香ばしさが鼻を突き、食欲が迷いに負けたのはほんの一瞬の出来事だった。


「……、……む!」


「どうですか?」


「……鶏肉みたい。本当に結構美味しい」


 つい先刻まで躊躇っていたとは思えない勢いで食べ進め始めるメルヴィを見て、ラぜメアとシャノンも串を取る。

 元はあの蛇である。その声を掻き消し、勇気を振り絞る。


 やけくそになって蛇肉を齧った。


「……!」

 魚味の鶏肉。

 本当にその通りだった。


 一度食べてしまえばもう抵抗は無い。シャノンとラぜメアは元のペースを取り戻した。


 いつの間にか食べ終えていたテオは石の輪に二本の長い枝を立てかけていた。どちらも枝一本が通る程度に先端が枝分かれしている。

 先程取り出した鳥の肝に、簡易異空間から手に入れた味噌を塗る。

 一本余った串に鳥の肝を通す。そしてその串を二本の枝それぞれの先端の分かれ目に掛ける。枝が長いので肝は火に触れず、煙にだけ触れるようになっていた。


 燻製だ。


 後は葉か何かで包めば完成する。

 これで保存食の心配は無くなった。


「思っていたよりも順調ですね」


 最も不安そうだったシャノンが言った。

 確かに、初の特別演習にしては食料にも寝床にも困っていない。器用かつこのような訓練の経験のある二人がメンバーだからだろう。


 正直セノカよりもテオの存在が大きい。気軽に質問が出来る上に必要な知識は大方持っていて、空気も和らげてくれる、ついでに顔がとんでもなく良い完全なる嫁。


 テオが嫁ならばセノカは熟練の教官である。最低限=充分になる辺りが。


 そう思われていることを知っていても特に気にせずセノカは蛇を食べ終えた。


「まだ一日目の昼だ。そう楽観視もしていられない」


「前向きなのは良いことじゃない。皆の頼りになってるようで嬉しいよ、オレは」


 自分の捌いた蛇と鳥が刺さっていた串を見て、テオは心底嬉しそうに笑っている。


 対照的にセノカは矢張り普段と大して変わりの無い無表情で串を石の輪の中に放り込み、再利用の準備をしていた。何かと利用できる品の乏しい森での生活に塵などあってはならない。


 と、その時突然もう一本の串が追加された。

 ネイズがようやく最後の一本を食べ終えたのだ。


「喋らないと思ったらまだ食べてたの」


「……仕方がないだろう、串には慣れていないんだ」


・・・


 一方その頃レイは。


「…………何故俺一人だけ……」


「……気にすんなって。人数的に仕方が無いんだよ」


「そ、そうだよロメリオストさん」


「そんな落ち込んだ顔しないで」


「ほら、ロメリオストさんが狩って来てくれた猪肉、美味しいよ」


 気を遣っている他のメンバーが囲んで慰めている。


 その中心では、レイが虚無の表情で膝を抱えていた。


 セノカとテオが同じ班に所属している中、自分一人だけが違う班に分けられたことを知ったレイは激しく落ち込んでいた。


 一人ずつ別々の班ならまだ良かった。

 しかし今回は自分だけが二人から離れている。



 久々に妹弟とキャンプがしたかったという兄らしい希望が手伝って、レイの気は沈み切った。


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