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森林生活の始まり

「まずは目的地と役割分担について話そう」


 飛ばされた場所で、セノカが他の五人の前に出て言った。


 六人の演習会場は三年前に攻略された迷宮のある深い森の中だった。成績上位者が四人集まっているこの面子であるためか、既に周囲から獣と蟲の気配を感じていた。

 どうやら成績によって飛ばされる場所の難易度も違っているらしい。


 不安げに視線を動かすシャノンとラぜメア以外、集中した様子でセノカの話を聞いている。


「魔力探知の結果をもとに地図を作っておいた」


 セノカは虚空に魔力の地図を浮かび上がらせた。六人の演習場所をそのまま縮めたように正確だが、地図上には丸、バツ、三角形などが書き込まれている。

 六人が円を描くように集まる。セノカは指を差しながら説明を始めた。


「三角印は蟲の巣、丸印は獣の縄張り、バツ印は危険地帯、光っている部分は現在地だ」


「結構密度が高いね。安全に寝泊まりするなら、縄張り一つくらい潰すことになりそう」


「……あれ?」ラぜメアが地図の片隅に目を止めた。「ここ、獣の縄張りも蟲の巣も無いのに危険地帯になってますよ」


「位置からして迷宮の入り口……だった場所か」


「攻略済みとは言え、迷宮からは常に魔力が漏れ続けている。この付近の魔物と蟲は獰猛な上に強力、そのためここは言わば奴らの激戦区だ。故に危険地帯に分類した」


「成程」


「我々が目指すのは、ここだ」


 セノカは地図上の一か所、およそ右端を指で示す。地形からして洞窟だろう。

 しかしそこには丸印が浮かんでいる。つまり、獣の縄張りの丁度中心だ。


「裂影翼の巣。だが幸運なことに今は巣作りの直後、そして近くに似たような生物の巣がある。つまりはこの縄張りを潰したとしてもここの生態系に大した影響は及ぼさん」


「潰すって……ちょっと驚かせて逃がせば良いんじゃないですか?」


「縄張りを持つ類の生物は執念深く、追い払った程度では諦めず戻って来る可能性が高いので、完全に殺し尽くすしか手が無い」


「……そう、ですよね」


「仕方ない。生きるために必要」


 メルヴィがシャノンの肩を抱き寄せた。こういう時の彼女は色々と頼りになる。


「目的地については以上だ」


 セノカが淡々と説明している中、木の上から六人を狙う獣の影があった。

 貴重な得物を発見した獣の口からは涎が滴り、食欲に牙を剥き出しにしている。


 木の下目掛けて飛び掛かろうとするが、セノカが首を落とすのが先だった。


 シャノンとラぜメアが短く悲鳴を漏らし、メルヴィが固まるが、セノカは話を続けた。


「拠点を見つけた後についても説明しておく。昼から夕方にかけて夕食と翌日の朝食を狩るのは、メルヴィとテオとシャノン。朝に昼食を狩るのは私とラぜメアとネイズ。異論はあるか?」


「はい」メルヴィが挙手した。


「何だ」


「翌日の朝食を前日の夕方に狩ったら腐るんじゃないの?」


「保存食にする。夜行性の獣との戦闘は避けたい」


 それを聞いてメルヴィは納得したらしく、それ以上は何も言わなかった。

 続いてシャノンが小さく手を挙げた。


「夜の見張りはどうするんですか?」


「私とテオで回す。頼めるか?」セノカはテオに視線を寄越した。


「勿論!」


「僕も徹夜には慣れている。必要なら使え」ネイズが言った。


「助かる」


 セノカは小さく頷いた。


 そして腕輪に魔力を込め、簡易異空間の入り口を開く。その中に手を突っ込み、数秒中身を探った後、弓矢を取り出した。実戦試験で使ったものと同じ、長い弓だった。

 それに続き、テオとネイズ、三人を見てメルヴィ、シャノン、ラぜメアも武器を取った。

 テオは短剣、ネイズは薙刀、他の三人は片手剣を握っている。


「では、出発だ」


 踵を返し、セノカは足早に歩き始める。


 セノカを追い、五人は先ほど指示された通りの配置についた。


 先頭をセノカが歩き、左右をメルヴィとネイズが警戒し、最後尾でテオが背後を見張る。中心の非戦闘要員二人は木の上を見回した。

 森を縄張りとする獣は様々な場所に潜んで得物に奇襲を仕掛ける。木は勿論、その辺に生えている草の中も油断できない。


 と、その時、早速左の草むらから何かが飛び出してきた。


 細かい鱗に、長い胴体。手足は見当たらない。口からは鋭い牙が二本覗いている。


 蛇の一種だ。


 全員が戦闘態勢に入るが、セノカは視認から殆ど時間を置かずに手を前に掲げる。


 蛇は六人に飛び掛かろうとした。牙からは黄色の液体が散っている。毒の類だろう。

 しかしセノカは先ほどの獣と同じように、蛇の首を落とす。毒液を分泌する牙の付いた頭を魔力の小さな爆発で払い飛ばし、胴体側の断面を凍結させる。


 他の五人が呆気に取られている中、セノカは蛇を片手で拾い上げた。シャノンとラぜメアが目を逸らした。


 拾ったそれを別の簡易異空間に投げ入れ、転がった頭を完全に無視して再びセノカが歩き出す。

 五人はそれに続いた。


「蛇って食べられるんですか……? その……毒とか……」


 セノカの真後ろに居たシャノンが震えた声で言った。


「蛇自体は頭さえ落としてしまえば問題ない。味は魚に近いと聞いたことがある」


「へ、へえ……」


 何故貴族の令嬢という立場でそのようなことを知っているのだろうか。謎が深まるばかりである。


「しかしこれは無理だ」


 歩みを止めないセノカに、他の五人が慌てて駆け寄る。

 周囲に瞳だけを向けながら、セノカは平坦に言葉を続けた。


「全身が毒の塊のようなものだ。血、内臓、肉、全てに致死毒が混じっている。毒は加熱しても消えないから、こいつは灰にして蟲と獣避けに撒く」


「蛇が気の毒になってきた」


 テオが呟いた。

 左に意識を向けつつ、ネイズは一人納得していた。


(……確かに、一般的な貴族の令嬢とは発想が違いすぎる)


 テオの話に誇張は無かったかもしれない。姉がこれだとテオ自身の常識も歪みそうである。実際彼自身色々とおかしい。


 先程までよりも警戒心を強め、周囲を睨む。

 強力な毒蛇の出現によって微かな物音にも敏感になる。この森に毒蟲などが居れば、その毒性も危険なものだろう。

 しかし蟲由来の物音は聞こえてこない上に、魔力探知にもその反応は無い。


「警戒しろ。この環境で蟲の反応が無いということは、余程反応にかかりにくい個体しか居ないか、強い獣に狩られた可能性が高い」ネイズが強めた声で告げた。


「あ、それは……」


 テオが気まずそうに何かを言いかけ、口を噤む。


「何だ」


「その……警告してくれたところ悪いんだけど……」


 語尾が消えていく。

 その視線は、先頭を歩くセノカに向けられている。

 ……そういえば以前、姉が蟲嫌いだと言っていたか。まさか、とは思うが……。


「何をした?」


「蟲避けの結界を張っているだけだ。流石に森中の蟲を殺し尽くしたりはしない」


「それは良かった」


 もしや蟲が全滅させられたかと思ったが、流石に生態系の調和がまずいことになる。そのくらいの分別はあるようで助かった。

 女性陣からすれば、苦手な蟲から距離を置ける上に誰にも迷惑が掛からないので安心だ。


「本当に。姉さんだったらやりかねないからね」


 テオが言った。蟲が居ない原因がセノカであることは分かっていたようだが、殺し尽くしたと思っていたらしい。


 と、その時。


「いてっ」


 前を歩くラぜメアの背中にテオがぶつかった。

 突然立ち止まったのだ。

 それはラぜメアだけではなかった。メルヴィもその場で固まっている。


「……『姉さん』?」


 二人が同時に言った。

 その目線はセノカとテオにそれぞれ向けられている。信じられないと言う風に。


「あの、メルヴィさん」


 シャノンがメルヴィの肩を叩く。

 ぎこちない動きで首を回したメルヴィの耳元に顔を寄せ、囁いた。


「ごめんなさい、説明してなかったんですけど、セノカさん、女性で合ってました」


「……」


「後でちゃんと説明しますね」


 セノカからの視線に気が付き、シャノンは慌てて身を引いた。

 早く歩け、という意思は、言われずとも分かった。


 すたすたと進んでいくセノカを追って、呆然としていた二人も歩き出す。

 機械のように足を動かしつつ、最も動揺していたのはラぜメアだった。


(レイさん、弟と妹が居るって……)


・・・


〈裂氷〉


 セノカは手を前に掲げる。


 森を数十分進んだ末に辿り着いた洞窟には、予想通り裂影翼の巣があった。

 飛ばれる前に氷で体を裂く。凍り付いているため血液は飛び散らず、燃やしていないので灰の匂いもしない。

 裂けた死体を転移魔法陣に入れ、適当な場所に捨てる。氷が融けた頃に他の獣の餌になることだろう。


 洞窟内を魔力探知で調べるが、他の獣と蟲の反応は無い。


 一先ず安全な拠点が手に入った。


 気が緩み、シャノンは地面に座り込んだ。つい数分前まで神経を張っていた反動である。


「ちょっと休憩しましょうか」


 テオも洞窟の壁に寄りかかった。

 他のメンバーも壁際に腰を下ろし、息を吐く。


 一方でセノカは立ったまま、腕輪に魔力を込めて簡易魔法陣に放り込んでおいた蛇の死体を取り出す。

 洞窟の入り口に立ち、蛇の死体に魔力を巡らせ、炎魔法を発動させる。

 炎を出さずに、蛇の死体が一瞬にして灰と化す。灰は重力に逆らって浮き、洞窟の外と中を区切る境界線を描くように広げられた。灰も含めて猛毒なので、これで大抵の獣は近寄って来ない。


 背後で休む五人に一瞬目を向け、セノカは灰の境界線を跨いだ。


「どこ行くの?」


「昼食を狩りに行く」


 元から足が速いためか、セノカの姿はみるみる遠ざかっていく。


 完全に見失う前に、ネイズが立ち上がった。


「待て。僕も手伝う」


 灰を器用に避け、声を聞いて立ち止まったセノカに駆け寄る。

 身体強化さえすれば、追いつくのにそう時間はかからなかった。すぐに合流し、森の奥へと消えていく。


 二人を見送り、テオも洞窟から出た。


「わたしは木の枝を集めて来ますね」


 狩った肉の調理用だ。結局、火が無ければ何も始まらない。最近は雨も降っていないので、燃えやすい枝が多い筈だ。


「い、行ってらっしゃい……」


 シャノンが弱々しく手を振り、送り出す。

 テオの姿も前の二人と同じようにすぐ見えなくなった。小柄だとは言え、セノカの血縁だ。身体能力は高く魔力量は多い。

 足音が遠のき、魔力反応が薄れる。


 残された女子三人は、テオの反応が無くなったことを確認し、洞窟の中心に集まった。


「セノカが女性っていうのは本当?」


「はい。何ならルームメイトです」


「ってことは、広まってた噂が間違ってた?」


「や、それは……」


 ラぜメアが口を挟んだ。


「どうかした?」


「レイさんが、『妹と弟が居る』って言っていたから、多分テオさんが男性」


「……どうなってるの、ロメリオスト家は」


「セノカさんは分かるけど、テオさんは言われても分かりませんよね……」


「お母さんの遺伝子が強いんですよ」


 ロメリオスト家の婦人は滅多に人前に姿を現さなかったため、その容姿を知る者は少ない。

 あの三つ子からしてかなりの美女であることは確実だ。髪色からして金髪だろう。


 兎に角、結論は出た。


 三人は壁を背もたれに、休憩を再開した。


「戻りましたよ」


 入口からテオが顔を覗かせた。

 腕には大量の腕が抱えられている。短時間で随分集まったようだ。


 灰を跨ぎ、岩の地面の上に枝を下ろす。ついでに拾って来た石を輪を描くように置き、土台を作る。その上に枝を積み上げ、火の準備は完了だ。

 夜になればここに火が灯る。洞窟の中は風の影響も少ない。

 転生してから数年後、セノカとレイに今回のようなサバイバル訓練に付き合わされた。その時に習得した知識がここで活きる。


 テオがその手の技術に長けていることは、三人にも分かった。


「あの……」


「どうかしました?」


 遠慮がちに近寄って来たシャノンに、テオは朗らかな笑みを向ける。


「この布の折り方、教えてください」


「寝袋用ですね。ちょっと見ててください」


 シャノンから渡された大きな布を受け取り、テオはそれを地面に広げた。

 ゆっくりと、器用にそれを折り曲げ、複雑な作業工程でも三人に分かるように見せながら寝袋を完成させていく。


 一分もしない内にシャノンの分の寝袋が出来上がった。


「おおー」


 メルヴィとラぜメアが手を叩く。

 テオは照れくさそうに首を掻いた。


「分からないことがあったら、わたしに聞いて下さい。姉さんたちに付き合わされたのでこういうことには詳しいんです」


「ありがたや」


 二人がテオを拝んで言った。


 見た通りに布を広げ、折り曲げて寝袋を作る。貴族の令嬢としては心細い寝具だが、幸い良い布を支給されている。

 テオの教え方は丁寧かつ親切で分かりやすい。あの兄姉と共に暮らしても性格が似なかったのは救いだ。

 あの二人に教えを乞うても説明してくれるだろうが、無表情で見守られると緊張感が強い。特にセノカはレイと比べても愛想が無く接し方が冷たいので尚更である。


 テオは作業が一つ進む度に賞賛の言葉を送ってくれる。

「折り方綺麗ですねー」「良いペースですよ」と言った風に。


(男だとかどうでもいいから、嫁に貰いたい……)


 三人の心の声はその瞬間、一致した。


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