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敵意以外

 テオ、アイレン、ケディは学院の談笑しながら食堂で朝食を食べていた。


 アイレンを二人の正面に座らせ、ケディとテオは隣同士の席に着いた。未だテオのことを女性だと勘違いしているケディはやや距離を置いている。テオは朝もセノカとレイから呼び出され、訓練場代わりの異空間から食堂に直接向かうので男子寮に居ることに気づかれていない。

 異空間がある場所が女子寮の方向であることも原因である。


「ロロロロメリオストさんは昨日どんな夢見た?」


 突然馴れ馴れしすぎる質問が飛んだ。

 質問してからケディの顔がみるみる赤くなっていく。

 しかしテオはおそらく自覚は無いだろうが可憐な笑みを浮かべた。


「んー、実は内容を覚えてることがあまり無くて」


「私は海中散歩の夢を見た! 裂海鱗(シーティアー)の背に乗って泳ぎ……」


「泳いで……?」


「姉上を追い回した!」


「……ああ…………」


 実は仲が良い可能性を期待していたが、本当に不仲であるらしい。


 アイレンがこの調子では、ロザリエも同じような夢を見ていそうだ。

 ロマンチックな夢が一瞬で殺伐としたものに変わった。


「けど、皇子様でもあんまり内容は変わらないんですね」


「うむ、結局我らは同じ脆仙だということだ。そこには地位など関係ない。……だからある程度の礼さえ持っていれば遠慮せずに話しかければよいのに」


 アイレンは頬杖を付いた。

 ケディとテオは苦笑して顔を見合わせる。本人の意思がどうであろうと地位と言うものの壁は厚い。実際、ケディはテオよりもずっと他人行儀である。


「だがお前たちが友人となってくれて私は嬉しいぞ」


「光栄です」テオは弾けるような笑顔で言った。


「あはは……」ケディは目を逸らした。


 アイレンは僅かに複雑そうな表情を浮かべた。

 すぐいつもの誇らしげな顔に戻り、注文したステーキを食べ進める。食堂で最も高いメニューだが、全く躊躇わずに頼んでいた。

 そういうところが立場の違いを自覚させてくる。


 ちなみにケディはパンとスープという朝食としては普通のチョイスだった。


 テオはセノカが渡してくれた栄養食品で済ませた。その度にアイレンが嫌な顔をするのだが、燃費が良い、というかそもそも朝は昼や夜よりも胃の容量が小さいので食堂の料理など頼んだ暁には、ほぼ間違いなく吐く。


 その時、テオは遠くの席に見覚えのある姿と魔力を見つけた。


「あ!」


「うん? どうした?」


「すみません! わたしちょっと声かけてきます!」


「えっ、ちょっと、誰に……」


 テオは勢いよく席を立ち、走り出した。


 混みあっている食堂で走るのは危険が大きいが、細身な上に小柄であるため大して苦労はしない。目的の人物はこちらには気づいていないようなので逃げられることは無いだろう。

 器用に人ごみの間を縫い、テオは気配を消してその正面の席を引く。幸運なことに周りには避けるように人が居なかった。


 ゆっくりと腰かけ、目的の人物の顔を覗き込む。


「おはよう」


 愛らしいようで含みのある笑顔を向け、テオは身を乗り出した。

 丁度朝食を食べ終えたその人物は、金色の瞳をじろりと動かしてテオを睨んだ。


「……何の用だ」


「知ってる顔が……や、背中が居たから」


「離れろ。朝までお前の顔など見たくない」


「朝いっつも会わないんだもの。夜の鍛錬の時だって、終わったら風呂直行でオレが入るころにはもう居ないし、食堂行ったら大抵食べ終わってて、部屋帰ったら寝てるじゃん」


 テオは口を尖らせた。

 紺碧色の髪の隙間から睨みつける視線を気にもせず、テオはもう一度悪戯っぽく笑った。


 その正面の人物___ネイズは盆を持ち、逃げるように返しに行く。

 しかしテオは虫のようにその後について行った。


 人ごみの所為でネイズも大して速度を出せず、テオは小柄であることを利用してその横にくっつく。

 普段不愛想な男子と、小柄で可愛らしい女子(男子)の組み合わせに職員は生暖かい眼差しを向ける。

 ネイズは露骨に嫌な顔をし、テオは僅かに口角を下げた。


 足早にその場を去ろうとするが、テオは離れてくれない。


 そこにまた面倒な来客が二人。


「突然走り出してどうし……あ」


「ひいっ⁈」


 テオを追って来たアイレンとケディだった。


 アイレンは興味深げに近づき、ネイズをじろじろと観察し始める。

 ケディは怯えて距離を取っていた。


「ほう、レーべニアではないか。実戦試験ぶりだな」


「……お久しぶりです」


「何でケディさんそんなに離れてるんですかー⁈」


「だだだだだって僕、試験の時この人の妨害して……!」


 ケディが面白いほど震えている。


 ネイズは気にする素振りを見せず、適当に挨拶だけをして去ろうとした。

 その腕をテオが掴み、細腕に似合わない力で引き寄せる。


「校舎まで一緒に行きません? ねえ?」


「何故僕が……それに友人でもないだろう。付きまとうな」


「君危なっかしいんだよ」


 テオは力を緩めない。


 教室は違うが校舎までの道は意外と長い。その間この癖の強い集団と会話をするなど、ネイズにとっては拷問以外の何物でもなかった。

 だがその細腕を振りほどけそうにない。

 鞄を取りに行く過程で撒いてしまおうとも考えたが、テオとは相部屋であるため無意味である。


 これはもう諦めて同行するしかない。


「……はあ」


「それじゃ行こう、ルームメイトさん」


 腕を引っ張り、テオはネイズの耳元で囁く。


「……」


 ケディは遠くからそれを眺め、表情を曇らせた。



 ちなみにテオは普段から鞄を予め異空間内にしまっているので、ケディの制止もあって寮の前で三人を待つこととなった。魔力消費故に日常的に軽々しく使うものではない空間系の魔法を当たり前のように使うテオはケディから奇異の目を向けられた。


・・・


 その後は教室が違うため関わることは無く、全授業が終わった。


 何故かケディはテオと以前よりよく話し、蚊帳の外にされたアイレンが不機嫌になっていた。テオがどうにかその機嫌を直し、ケディは申し訳なさそうに頭を下げた。

 二人と別れてネイズとの鍛錬に行くときも、ケディは菓子か何かを買うと言って誘ってきたが丁寧に断り訓練場に走った。鍛錬はセノカ達の許可も得ているためその方面での心配は無い。


 別れ際にケディが何か言いかけていたが途中で口を噤んでしまい、結局聞かずに終わった。


 実戦試験での苦い思い出が残っているからかネイズの話題が出る度にケディの表情が曇っていた。今日から朝は同行することになりそうなので、しばらくすれば慣れる筈だ。


 無事テオはネイズと訓練場で合流し、木剣を交えた。


・・・


「はい、じゃあこれで終わりかな」


 日が沈み、月が天高く上った時。

 外套を脱いだテオが言った。

 その正面には肩で息をして汗をかくネイズの姿があった。


 ネイズは木剣を元の場所に戻し、長椅子に置いてある外套を手に取る。

 足早に訓練場を出てテオと距離を置こうとするが、流石に動きが読めて来たのかテオも外套を持ってついて来た。


 自分よりも動いていたにも関わらず、テオは息も上がっていなければ汗もかいていない。瑠璃石のような髪も全く乱れていなかった。

 それが格の違いと余裕を見せつけているようだった。


 疲労で走って撒くことも出来ない、そもそもテオの方がずっと足が速いため諦めて寮に向かう。


「成果はどう?」


 誰も居ない夜道を歩きながら、テオはネイズに話しかけた。

 勿論ネイズには無視されるが、懲りずにテオは声をかけ続ける。


「もう涼しい季節だけど、運動後だから暑いね」


「……」


「この後はいつも通り風呂に行くの?」


「……」


「裸の付き合いってやつになるかもね」


「……」


「うちの兄さん凄いんだよ。細い癖にちゃんと筋肉ついてて、腹筋割れててさ。オレなんていつまで経ってもペラペラなのに」


「……おい」


 止まる気配の無いテオの話を遮り、ネイズは立ち止まった。


 夜では良く目立つ金色の瞳でテオを鋭く睨んだ。


「鍛錬に付き合ってくれることについては感謝しているが、それ以外で関わるつもりは無いと言った筈だ」


「別に約束事じゃないんだから話しかけたっていいでしょ」


 大抵の奴には効果のある睨みもテオ相手には全く役に立たない。


「僕ではなくラーヘルや殿下と話していろ」


「友人が二人だけなのも寂しいんだよ。姉さんに命令されたから友人は選ばないといけないし、君なら口も堅そうだしね。それにオレ個人として、君の言う通り放っておくのは腹が立つってだけ」


「お前の姉は国の重役か何かか」思わず呟いていた。


「ね。何であんなに警戒心が強いのか、弟のオレにも分からないよ」


 会話に乗ったような形になってしまい、ネイズは咄嗟に口を覆った。

 一方でテオは嬉しそうに目を細めて眩しい笑みを浮かべた。


「その調子で話せたらいいのになあ」


「うるさい女擬き」


「この野郎……」


 一気にテオの目が据わった。


 ネイズは無表情のままどこかしたり顔になっている。


 今までで初めて見た、敵意以外の感情だった。


 不機嫌を露にしつつも、テオはその横顔をじっと見上げた。

 そのことに気づいたネイズははっとして顔を背け、無意味に道の端を眺め始める。


 次はテオが誇らしげに顎を上げた。


「ふふんっ」


「…………」


 テオの足取りが軽くなる。

 ネイズは明後日の方を向き、覗き込んでくるテオを避ける。



 その後二人は寮に着くまで無言のまま夜道を共に歩いて行った。


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