独りぼっちの晩さん会
いつも読んで頂きありがとうございます。
今回のシーンはよく知られ、Youtubeでも流れています。
あれ以来、なかなかよいドレスは出てこないな~~と思ってます。
その後、幸子は神宮参拝ではドレスの裾を踏みつけて転びそうになり、最初の地方公務では堂々と寝てしまい、それを週刊誌に撮られてしっかりと報道された。
また、結婚後、東宮の学友が何人も揃って東宮御所に集まりお祝いをしてくれたのだが、幸子は最初こそ機嫌よく話していたが、すぐに飽きて部屋に引っ込んでしまった。
「東宮様、お邪魔でしたか」と言われて東宮は
「いや、そんな事はないよ。幸子は慣れていないんだ。こういう集まりに」と答えるのが精一杯。
外務省の才媛と聞いていたのに、思わぬ社交嫌いを目撃し、学友達は動揺し次第に東宮御所から遠ざかっていった。
この社交ベタに東宮職員達は難色を示す。
誰とでも害のない会話をする必要がある東宮妃なのに、東宮の学友とさえまともな会話が出来なかったのだ。それにすぐに東宮にタメ口を聞いて「ウッソーヤダー」とやるので、学友達も驚き、それに調子を合わせるのが大変。
いわゆる庶民の出なのだから仕方がないとは思いたいが、同じ庶民でも秋月宮家の菜子妃とは雲泥の差があった。
「あまり人と会わせるのはどうかと」
轟女官長の進言に東宮大夫も同意するしかなかったし、すぐに帝に報告がいった。
帝は后宮を見て「ほらやっぱり」というお顔をされたが后宮は信じていなかった。
大和田家に露骨な文句を言いたくなかったのだ。これからヨーロッパ旅行も控えているので哲也の期限は損ねたくない。
「もう少し様子を見ては」とほほ笑んだ。
幸子のもとをしょっちゅう訪れているのは母で、来るたびに東宮御所の調度品を見ながら
「高そう。いくらなの?」と女官達に聞くので迷惑がられていた。
7月のはじめ、首都でサミットが開かれたので、世界各国から大統領や首相など、国のリーダー達が集結した。
そのため、皇居では彼らをもてなすためにまず雅楽鑑賞で皇室の伝統を知ってもらい、それから晩さん会を開こうという事になった。
幸子にとって初めての大掛かりな晩さん会。
正直ただただ緊張ばかりしていたのだが、東宮が
「幸子さんは語学が堪能だから心配はしてないよ」と持ち上げてくれたので、少し気が楽になった。
そもそも結婚して一か月が経過しようとしているのに「さん付け」で呼ばれる事をおかしいとすら思わない幸子。彼女ははるかに東宮よりは頭がいいと自負していたし、「さん」で十分と思って居た。
その日、幸子はティアラこそつけなかったものの、白レースに様々な淡い色の刺繍が縫い付けられたトップスに、夏の若草色のドレスをまとって皇居の玄関に立った。
「幸子妃の晩さん会デビュー」という事でテレビ局がこぞって生中継している。
しかし、裏で様々な支度をしている宮内庁の職員は不安で一杯だった。
特に東宮職の面々は女官長も侍従長も、幸子が実は「何もできないし何もしない」女性であることを知ってしまった為に、何かハプニングが起こるのではないかとそればかり心配していた。
表玄関で各国の大統領や首相らを出迎える。これは外務省勤務時代は経験がない。
ちらりと元いた部署の上司の顔が浮かび心の中で「ざまあみろ」と言って見た。
意地悪だけれどこんな楽しい想像はない。
さて、1台目の車が到着し、降り立ったのは仏国の大統領。
(テレビでよく見る顔だわ)そう思った瞬間にすでに東宮は挨拶と握手を終わらせ、そして大統領は幸子の手をとっていた。
「ぼ・・ぼん」そういう前に握手は終わり、大統領は中に入っていく。
次から次に有名な政治家の面々が現れ、それを生で見ているという優越感はたまらないものがあったが、実際は握手するだけでほとんど喋る事はなかった。
全員を迎え終わると、雅楽の間に入り、横並びになっている随行員などとも握手をした。
そして席についたのだが、どういうわけか東宮夫妻は1列目の一番端に並んで座らされた。
中央には勿論帝と后宮がいて、お二人は両脇の外国人と通訳を交えながら会話をしている。
蓮宮も濃いブルーのドレスに身を包み積極的に大統領夫妻に声をかける。
一列後ろには秋月宮夫妻が並んで座っていたが、菜子も二宮も話しかけたり話しかけられたりと楽しそう。東宮の真後ろには雲井宮夫妻がいたが、彩君はすっかり隣の婦人と打ち解けて話している。
しかし、東宮夫妻は一番端っこで二人とも何をしたらいいかわからずおろおろしていた。
東宮は何とか隣の婦人と話をしたかったが、后宮と話が弾んでいるようで、仕方ないので幸子とひそひそ話を始める。
「こういうのは初めてだよね。雅楽っていうのはね」と説明するも、幸子は真面目に聞いてはいない。
傍目には、二人だけの世界に浸っているように見え、それはそれで微笑ましくとらえられた。
しかし、幸子は何か違うと思って居た。
クラウンプリンスとクラウンプリンセスがいるのに、誰も挨拶に来ないし、結婚おめでとうとも言わないのはなぜなんだろう。それに今こそ語学を披露する時なのに、そのチャンスがないではないか。
そうこうしている間に荘厳な音色が響き渡る。
最初の笙、そして龍笛、それから琵琶等、宮内庁雅楽部が日ごろの鍛錬の成果を見せている。
みな珍しい音と奏者の衣装に目を見張っていた。
しかし、幸子は途中で飽きてしまう。
メロディが何だかわからないし、プログラムに書いてある文字を読むも意味がわからない。
「越天楽」代表的な曲だが意味がわからない。「蘭陵王」は人の名前っぽいが・・・そのうち睡魔が訪れ、次第にぼやっと目がかすんできた。
東宮に肘を小突かれてはっとする。本当に席が端でよかった。
退屈な雅楽鑑賞が終わると、みな立ち上がり、帝と后宮が中心となって楽器の説明などをし、その他はそれぞれまあるくなって飲み物片手に話を始める。
人気は秋月宮夫妻で、一斉に夫人を伴った大統領達が輪をつくり質問を始める。
菜子はドイツ語と英語が堪能なので、ほぼ通訳を交えず笑顔で話したが、決して宮より前には出ようとしない。その「奥ゆかしさ」がさらに「可愛らしい」と思われたのか秋月宮夫妻の前から人が途切れる事がない。
蓮宮も和やかに話をしている。
東宮の周りにはどういうわけは男性陣が輪を作り、政治の話でもしているのだろうか。もっぱら東宮は聞き役になっている。その和に入りそびれた幸子はウロウロと会場を歩き、暑くなってきたので二の腕まであった手袋を外そうとしてバッグを椅子の上に置いた。
幸いなのかどうかのか、誰も幸子のそのような行動に対して何も言わなかったし、ほぼ無視されているようなもので、幸子はちょっと焦った。
東宮を呼ぼうと思ったが、まだまだ話が尽きそうにないし幸子を顧みる余裕さえないようだ。
漸く長手袋を脱いでバッグと一緒に持ち、飲み物片手に誰か会話してくれる人はいないかと探し始める。暫くすると、ちょうどよい具合にどこかの国の夫妻が二人きりでいたので声をかけてみる。
「こんにちは」
相手夫妻は驚いたように幸子を見た。
「私、以前留学していた事があって。専攻は軍事だったんですけど」幸子は日々積み重ねて来た知識をひけらかそうと喋りだしたのだが、どうもその英語がきちんと伝わらないらしい。
「あら・・そう」と答えが返ってくる。
「外務省の外交官だったんです」
一生懸命に話したのだが、知らないうちにその夫妻はいなくなっていた。
え?何で?どうして去っていくの?
さらにもう一組に話しかけてみたが「ソーリー」と言われて離れていく。
(失礼よ。東宮妃が声をかけているのに敬意のかけらもないじゃない)
幸子は心の中で怒り心頭、自然に顔はしか目面になって歩く度にみんな避けていく。
その様子に気づいた轟女官長は慌てて近づき
「晩さん会ですのであちらにお並びに」と言った。
「だってみんなまだ・・・」
「お化粧直ししませんと」
女官長に引っ張られるようにして部屋の外に出され、化粧を直されたり乱れた髪型をいじられたりしていた。
皆が部屋から引き揚げ、順々に宮中晩さん会に向かう。
東宮はやっと妻を見つけて「どこへ行ってしまったのかと思ったよ」と声をかけた。
「あなたが勝手に色々な人と話をしているから」
幸子はいいかけかたが、今度は侍従長に急かされ、会話どころではなかった。
今度は宮中晩さん会なのだった。
これもまた帝と后宮が中心となってテーブルにつく。
幸子は緊張しながら席につく。両脇が背が高い大統領達なのでどうしたらいいのかわからない。
ふと菜子の方を見ると、菜子はにこにこして隣の大統領と会話をしている。
にこっと笑った菜子の笑顔は人を虜にするのか、菜子の両脇はかなり賑やかな事になっていた。
幸子と比べると予算も半分程度にしかならないドレス着ているのに、なぜか余裕ある「妃」に見える。
学歴も大したことないのになぜこんなに余裕綽々なの?
帝のスピーチが始まっても、幸子は通訳を介して隣の大統領に「メニューにキャビアがありますね」話しかけてみたが「ええ」としか反応がなかった。
それなのに反対側では両脇の男性が菜子に目を向けている。
思わず身を乗り出して菜子を見つめる。
菜子は流暢な、というか自分が今まで耳にしたことのない英語で話をしていた。話題は尽きないようでみな楽しそうだ。
(ブリッコしてるんじゃない)
幸子はそう思った。帝も后宮も蓮宮も・・・並んだ皇族方はみな社交的で「食べる」と「話す」のタイミングがよくわかっている。
幸子は菜子が羨ましくなった。と、同時に憎らしくなった。
わけのわからない英語を話すくせに、ちっとも美人じゃないのに、なぜこんなに落ち着き払って楽しそうなのだろう。そしてなぜ菜子の笑顔にみな惹かれていくのか。
生まれて初めて幸子は敗北感を感じた。
自分より年下の娘にこんな感情を抱くとは・・・また幸子の顔が険しくなる。
(許せない)と心から思った。
晩さん会で独りぼっちの東宮妃はひそかに怒りを燃やしていた。
何で秋月宮夫妻が恨まれるようになったかが、一目でわかる話になっていますが。
極めつけはさらにありますのでお楽しみに。
人間、何で恨まれるかわかりませんよね。




