合わない二人
今回は日常を描いています。
結婚生活ってどんなものかなと。
想像通りでしたら幸いです。
翌朝、轟女官長は夜勤明けの申し送りの前にリビングを通ると、ちらりと食堂でぽつんと座っている東宮を発見した。
彼は女官が入れてくれた珈琲を飲みながらぼんやりとしていた。
時刻は朝の8時。東宮はいつも6時に起床して朝食を取り、散歩して珈琲を飲みながらリビングでテレビを見るのを習慣としており、本来であればそこに妃がいる筈だった。
「東宮様」と轟は声をかける。
東宮ははっとして彼女を見て「ああ、おはよう」と言った。
「失礼ですがお妃さまは」
「よくわからない。先ほど女官が起こしに行ってくれたけど」
「もう一度私が声をおかけします。宮様はどうぞリビングでおくつろぎを」
「そうだね。そうしようかな」
前日の「三日夜餅の儀」がうまくいかなかった事で東宮は落ち込んでいるようだった。
「新婚初夜失敗」の話は恐らく宮内庁全体に広がっているだろうし、帝も后宮も不審に思われているに違いない。
それにしてももう朝の8時。
誰だって起きているんじゃないか?
轟は女官詰め所に行き、幸子が起きたかどうか聞いた。
「それが・・・」
返って来た答えは期待していた事の反対だった。
「お起きにならないのです。東宮様も好きなだけ寝かせてとおっしゃって」
朝の6時、6時半、そして7時、7時半と声かけをしたのだが起きない。
いくら前日の疲れが残っているからと言って東宮様をお待たせするのはよくないのでは。
「私が起こすわ」
轟は、夕べ案内した客間に向かった。
ドアをノックして入ろうとすると中からカギがかかっているではないか。
「幸子様、お妃さま。もう朝でございます。洗面とお着換えをなさって下さい」
大声で言ったが反応はない。
部屋にカギをかけるなど言語道断。
「幸子様、朝でございます。起きて下さいませ」
今度は叫ぶように言うと、ようやくガチャリと鍵が開く音がした。
飛び込んだ轟が見た物は、寝乱れたベッドとまだ目が覚めない様子の幸子だった。
「おはようございます。お妃さま。東宮様はもう起きておられますのですぐに洗面を」
「だから何?」
「は?」
「だから、東宮様が起きているから何なの?私は眠いのよ」
「お疲れでしょう。でも東宮御所は東宮様に合わせて時間が動いております。お妃さまにもその心づもりをなさって頂かないと。明日からは6時に起きて7時には朝食を」
「ちょっと待って」
幸子は怒ったように目を吊り上げた。
「何で東宮様に合わせるの?それぞれの時間ってあるんじゃないの?私は6時なんて無理。朝は珈琲だけだし」
「ですがご夫婦になられたので、東宮様に合わせて頂きませんと」
「無理」
幸子は言うなりベッドに倒れ込んだ。
「昼まで起こさないで」
「それは出来ません。お妃さま。今後は公務や祭祀がございますので時間はお守り頂かないと困ります。東宮御所には沢山の職員がおります。みな時間で動いておりますので。また本日は皇居に参内し、帝と后宮様にご挨拶の予定がございます。ですから今日は何が何でも起きて頂きます」
幸子は女官に急き立てられて洗面と服に着替えさせられた。
その後、一日の予定を告げられる。
リビングに行くと、ほっとしたように東宮は立ち上がった。
「夕べはよく眠れたかい?」
と優しく声をかける。幸子は無表情で
「東宮様。朝6時起床なんて約束しましたっけ」と言い放つ。
「それは」
「私、6時には起きる事が出来ません。それで朝ごはんが出ないならそれでいいけど。こんなに時間に追われるなら先に言ってくれないと」
「ごめん」
なぜか東宮が謝ってしまった。
女官長はため息をついて部屋を出た。
万事がこんな風で、数日後には東宮職員がわけのわからない「疲れ」を感じてイラつくことも多くなった。
蘇我侍従長もこれを問題視して東宮大夫に相談したが
「解決策なし」との答えに失望した。
「東宮が好きで結婚したわけで」と大夫はすでに責任転嫁している。
数日後に皇居竹の間で内宴が行われ、皇族、旧皇族、旧華族らが集まり盛大な宴会が開かれた。
次の間である千鳥の間には大和田家の一族が勢ぞろいしており、日ごろはあまり口を聞かない兄一家や妹達もいる。
帝他男性陣はみなタキシードを着用し、女性陣は着物だった。
しかし、大和田家では兄はタキシードで女性達は着物だったが、哲也の家族は妻も娘達も洋装だった。
哲也は自分達が平民だから次の間に置かれていると、内心はメラメラと怒りを燃やしていたが、かろうじて感情を抑えている。
しかし、兄は「こういう時、奥さんや娘さん方には着物が普通だろう」と文句を言ったので
「我が家は洋装がしきたりだ」と言った。
単に常識を知らないだけではないかと兄はせせら笑い、その後は会話もなかった。
帝も后宮も上機嫌で祝いの言葉を嬉しそうに受け、「ありがとう」と返している。
東宮夫妻も勿論そのようにしていたのだが、幸子は口をつけるだけのシャンパンを思い切り飲んでしまい、すでに顔が赤らんでいた。
かつて后宮が東宮妃になった時の内宴は非常に冷たい空気が流れていたというが、今回は帝が非常に気を遣って千鳥の間にわざわざ足を運んで一人ひとりに声をかけて回ったので哲也もプライドが傷つかずに済んだ。
とはいえ、全員が着物姿の中で洋装の妃の実家がどれ程異様に映っていたかは想像に難くない。
これほど帝や后宮が気を遣って大和田家を親族に取り入れようとしているのに、なぜか哲也は偉そうな態度を崩さなかったし、側にいた兄一家が恐縮してしまった程だった。
傍目には仲がよさそうな東宮夫妻であったが、隣の秋月宮夫妻に比べるとよそよそしさが目立った。
何となくおかしい・・・と誰もが気づく。
それはその数日後に3日に渡って行われた饗宴の儀でもより明白になった。
東宮自身もそう思った。
自分はクラシックやオペラが好きだけと幸子は一切興味を示さない。
朝は時間通り起きない。
テニスも好きではないようだし、乗馬はやった事がないという。
東宮が歴史好きなのに幸子は「歴史は嫌いです」というし、では一体何が好きなの?合わせようと努力もしてみたが、毎晩の晩酌以外は共通事項がなかった。
東宮が話しかけないと幸子はいつまでも黙っているし、あるいは部屋に引っ込んでしまう。
歴史ドラマを一緒にみようと言っても「バラエティならいい」という。
夜遅くまで何をしているのか、時々電話をしているようだという。
それも母親や妹に愚痴をこぼしているらしい。
ことごとく何も合わない二人だった。
結婚数か月で東宮は、少し幸子に失望していた。
どこに共通項があるのか、考えるだけで疲れてしまったのだった。
今回も読んで頂きありがとうございます。
結婚初日から破綻していたとは・・・という感じですけど「好きで結婚したのだから」と言われても仕方ない部分があると思います。
しかしながら、東宮の結婚は皇室の未来を予見するものですから。
個人の感情だけではダメという部分をもう少ししっていたらと残念に思います。




