みじめな三日夜餅の儀
今回は結婚の儀の後半戦ですね。
結婚は恋愛と違います。「条件」が整ってお互いに納得すれば成立します。
しかしながら、「夫婦」というのは、お互いが譲り合う関係と言えますが、こちらの夫婦はちょっと違うようですね。
お楽しみに。
朝見の儀は、結婚した皇族二人が初めて帝と后宮に謁見を許される儀式で、東宮夫妻にとっては「親子固めの儀」でもある。
ローブ・デコルテに着替えた幸子の頭上には東宮妃のティアラがさんさんと輝いている。
元々ティアラは近代において皇后や皇族、華族にとって外国様式を取り入れた新しいファッションであり、またその地位を表すものとして存在しt。
皇族や華族は独自のティアラを作ったり、輸入したりして姉妹や子に受け継がせて行った。
雲井宮妃も出身が華族であったので、実家のティアラを借りそのまま今になってもつけている。
しかし、后宮が東宮妃になった時には、庶民の出であったのでティアラを持っていず、国費で新しく作ることになった。結婚式用の十二単やドレスもまたしかり。
そして、菜子もまた爵位などがあった家ではないのでティアラを作った。
幸子は東宮妃のティアラを受け継いだ形になった。
東宮と妃は帝の前に進み出て
「本日は結婚の儀を挙げて頂きありがとうございます」とあいさつする。
帝が「本日はおめでとう。末永い幸せを祈ります」とお答えになり、新婚の二人はそのままの姿勢で後ろに下がる。そして今度は后宮の前に進み出て
「本日は結婚の儀を挙げて頂きありがとうございます」とあいさつする。
定位置から何歩か進み出てお辞儀をしてあいさつし、またお辞儀をしてそのままの姿勢で元の位置に戻り、そしてそのまままた横に歩いて止まり、何歩か歩きお辞儀をして・・・
その繰り返しの練習を幸子は何回やっただろうか。
東宮が優しく「僕についてきて」と言われたのに、幸子は何回も間違え東宮にぶつかりそうになった。
私服での練習を間違え、前日には衣装をつけて行ったのだが、今度はスムーズに足が運ばない。
ドレスの裾を踏みそうになり下を向き、「それはいけません」と言われ、「後ろを向いてはいけません」と注意される。
ほとんど泣きそうになりながら幸子は練習に耐えた。
そして本番。
練習の甲斐あってか失敗はしなかったけれど、「親子固めの儀」で椅子に座る時は、どちらから回り込めばいいかわからなくなり、わざわざ東宮の隣から座ったので后宮の顔が不満の表情に。
帝と后宮、そして幸子が親子になった事を示す為、わざわざ平安時代そのままの食事を盛り付け、箸をつける真似をする・・ままごとのようであるがこれは重要な儀式だった。幸子は内心「ばかばかしい」と思いつつ臨んでいたので、座り方を間違えても平気だった。
そして幸子は正式に皇室の一員となった。
ついに・・・ついに、本当に自分は皇族になったのだ。
住民票からその名は消され皇統譜に刻まれる。
思わず感無量で嬉しさのあまり、歯をむき出しにして笑った。
それを「自分と結婚出来て嬉しいのだ」と勘違いした東宮もにっこりと笑い返した。
お互いに微笑みあっているのに、心は正反対を向いている事に二人は気づいていなかった。
そして、パレードの時間になるとあれだけ大雨が見事に止んで、空には美しい虹が現れた。まさに奇跡で吉兆に他ならないと誰もがそう思った。
玄関前に現れた東宮は正式なタキシードに勲章をつけ、隣の幸子はドレスの上に薔薇の花をかたどった飾り襟をつけており、まるで大きな薔薇が首をとりまいているように見えた。
そのお陰で袖と首元がすっかり隠れたが、妙にごてごてしたイメージになった。
本人はすっかりこのドレスをお気に召していたが、アイボリーの上質シルクのドレスの上に大きな薔薇の花がぐるりと首を包んでいる様は「エリマキトカゲ」のようだと感じた者もいた。
とにかく、雨が上がりオープンカーを出す事が出来たので、二人は乗り込み東宮御所へのパレードに出発した。
沿道には数万の群衆が押し寄せ、国旗や手を振りながら「幸子さま~~」と叫ぶ人たちもいた。
それでも、実は秋月宮のパレードに比べたらよほど人が少なかった。
オープンカーではなく、窓が開かない車の中から手を振る菜子を見ようと、あの時は本当に多くの人が詰めかけたものだが、今回は雨もあったのだろう。心なしか少ない。
大和田家ではそれを予測していたかのように、群衆の中に天地学会の会員を動員し、国旗に紛れて天地学会の旗をはためかせた。
そんな事には気づかず、東宮も幸子も車に乗り込むなり手を振り始めた。
沿道に鈴なりの人を見て幸子は幸せだと思った。
こんなに沢山の人が私を祝福している。私はそれほどの価値があるという事だ。
東宮妃ってこんなすごいものなのね。
素晴らしい地位をくれた父に感謝したいと幸子は心から思った。
思えば何であんなに意固地になっていたのだろう。
もっと早く承諾していればよかった。この隣の冴えない東宮でもこれくらいの権力があるのだし。
時々、幸子は東宮の肩を叩いて「あれ、あんなに人が」と指をさす。
東宮はそっちを見て「そうだね。すごいね」と言ってくれた。
空は見事な夕焼けで真っ赤に染まっており、その光がオープンカーに差し込んでいつも以上に幸子を輝かせる。
頭上のティアラもぴかぴかと光を放った。
ダイヤモンドのティアラにシルクのドレス、しかしながら薔薇の飾りが鬱陶しい首周り。
プロの着付けとメイクで何とか「お美しい幸子さま」になっていたが、恐らくはこれが最初で最後の幸子の「美」となった事だろう。
やがて車は東宮御所の表玄関に到着し、二人は車を降りた。
マスコミに写真を撮らせて、東宮御所の中に入る。
そこには侍従長の蘇我、女官長の轟を始め、侍従、女官、下働きの者に至るまでずらりと揃って東宮夫妻を迎えた。
「初めまして」と蘇我や轟や一同がそれぞれ名前を名乗り、それが終わると東宮が
「皆さん、今後よろしくお願いしますね」とあいさつした。
幸子も「よろしく」とだけ言った。
「では早速お着換えを。それからマスコミの撮影がありますので」
女官長はそういうと、幸子を着替え室にいざない、普通のスーツに着替えさせた。
東宮も同じで普通の背広に着替えると、ソファに座って今日の自分達を祝福する新聞などを開き、いかにも仲良く話しているようなふりをする。
そこをマスコミが撮影し、全て終了となった。
二人は広い食堂で大膳課の心づくしの食事をとり、それぞれ入浴した。
その間に女官達は音を立てないように二人の下着や寝間着などを整える。
先に入浴した東宮は寝室に引っ込む。
そこに蘇我侍従が「小さな餅」を持って入って来た。
「東宮様、本日はおめでとうございます。私も大変うれしいです。どうぞお妃さまと末永くお幸せに」といい枕元の床頭台に丸い餅を重ねて備えた。
これは「源氏物語」から発祥した儀式で「三日夜の餅の儀」といい、これから3日間ずっと備えられ、あとは雑煮などにして食べるのだ。
源氏が紫の上を娶った時、枕元に「三日夜餅」を置いて「婚姻した」という事にちなんだ儀式だった。
「へえ、こういうものなのか。綺麗だね」と東宮は頬を紅潮させていった。
そこに幸子がガウン姿で入って来たので、蘇我はすぐにすすすっと部屋を出ようとした。
その背後に響いた声は
「なぜここに私のベッドがあるんですか?」の一言だった。
え?
侍従長も女官長も驚いて言葉が出なかった。
だって今日は新婚初夜だ。
夫婦なのだから寝室を共にするのは当たり前ではないのか?
「今すぐ、ベッドを他の部屋に運んでください」
東宮も驚いて言葉が出なかった。まさかそんな事を言われるとは思わなかったからだ。
「し・・しかし、ここは御夫婦のお部屋で」
「夫婦だからって同じ寝室にする必要がありますか?私、一人じゃないと眠れないし。今すぐベッドを運んで」
幸子の声は恐ろしく怖く、半分癇癪を起しているようだった。
女官長は慌てて
「でもこれから3日間はご一緒じゃないと」というのが精一杯。
東宮も「こうやって三日夜餅もある事だし、今日はここで休んで」と新妻を説得しようとする。
しかし幸子は「そんな約束してないでしょう?」と言い放つ。
「どうしてもベッドを移動してくれないなら実家に帰ります」
「さ・・幸子・・さん」東宮はもう言葉が出なかった。
それは周りも同じで、嫌だというのに無理に部屋に押し込めるわけにはいかない。
「そ・・それでは本日は客室用の部屋にお泊りあそばしますか。ベッドは明日、人手が増えてから移動させますので」
女官長が蘇我を見ると、蘇我もぶんぶん頷いている。
「そう。じゃあ、案内して」幸子はお休みも言わずに部屋を出て行った。
残されたのは東宮と、そして綺麗に飾られた三日夜の餅だけだった。
今回も読んで頂きありがとうございます。
結婚初日から大変な目に合う東宮ですが、なぜか同情する気になれませんよね(笑)
互いに深堀しなかった為に起きた齟齬かと思います。
この二人、今後はどうなっていくのでしょうか。




