お妃教育の失敗
お妃教育の章に入りました。優秀だけど「地頭が弱い」とか最近は言うようで。
でも当時はそんな言葉はなく、とにかく学歴が優秀であれば何でも出来るというような認識でしたね。
そこらへんを思いつつ読んで頂ければ。
いよいよ幸子のお妃教育が始まった。
講師は菜子妃の時と同じ人で、マスコミに最初に教科書を前にして向き合う写真が公開されて始まった。
お妃教育というのは、入内にあたり、皇室の歴史や神道、和歌について深く学び理解する事、また各国のプロトコルに合わせたお辞儀の仕方やそのほか礼儀作法、食事の作法、和服を着た時の作法などなど、幸子が今まで経験したことのないものばかりだった。
目の前に古事記や日本書紀を置かれて、講師から「皇室とは何か」という事を最初に教わる。
それは神話の時代までさかのぼり、物語を通しての勉強となった。
「まずはこの本を」と言われて幸子の前に置かれたのは
「天照大神」という表紙だった。
「てんてるだいじん」と幸子は読んだ。
「違います。これは「あまてらすおおみかみ」と読みます」講師は慌てて訂正する。
いくら今どきでもこれを「てんてるだいじん」と読むとは思わなかったのだ。
「あまてらすおおみかみ」です。
「何でですか?」幸子は不思議に思って尋ねた。
「どうしてこれがそう読むんですか?おおかみならわかるけどおおみかみって何で?訓読みでも音読みでもないような気がするし」
「天をあまと読むのはわかるけど、照をてらすってなんで読むんですか?」
「そう決まっているからです」
「何で決まっているんですか?誰が決めたのですか」
幸子はめちゃくちゃ不思議でたまらないのに、目の前の講師はひたすら先へ進むように促す。
幸子は何の講義でも「何でですか?」と尋ねた。
納得がいかないと「納得できません」という。
「神道は矛盾だらけじゃないんですか?神様があちこちにいるってシャーマニズムですか」
そんな問いを投げかけ講師を戸惑わせる。
しまいには「私には英語の方が性に合っているようです」と英語の教科書を要求する始末。
これでは全然勉強が進まない。
「よろしいですか?皇室では常に一番は帝、そして東宮様、秋月宮様。妃方は常に一歩控えます。
車を降りる時は、先に出てお迎えするように頭を下げます。ああ、そのように下げるのではなく45度でございます。
それから東宮様の1歩後ろを歩きます」
「今時古くないですか?男女平等じゃないとおもいます」
「皇室に男女平等はありません。宮様や帝は生まれながらの皇族ですが、妃は元は平民。宮様によって位を与えられるのですから常にお立てして」
幸子は頭を抱え込み、何度練習しても所作を覚える事が出来ないのでイライラしてきた。
外務省にいた時と同じだ。
上司に注意ばかりされ屈辱で一杯になるとトイレに駆け込む。
しかし、今回はそれは許されないのでイライラし、不機嫌になり、無口になって投げやりな態度になる。
生まれてこの方、こんなに叱られた事はないのに何様のつもり?
「外務省では教わりませんでした」
「外交官でしたのに?」
やり返されてなお一層頭に来た幸子は「何様なのよ。馬鹿にしてるの?」と怒鳴った。
式部職の女官は「では休憩を」と会話を止めてしまった。
英語の授業ではそもそもがスラング育ちなので、正式な発音や文法をやり直さなくてはいけなかった。
そのころ、世間では「幸子さんは3か国語が堪能」と認識されていたが、実際は英語もロシア語も文法は苦手だった。
日本語に関してはもっとダメで、尊敬語と謙譲語の違いを理解せず、変にへりくだるかと思えば高飛車になる。
和歌に関しては俳句との違いは判るものの、何をどう教えてもセンスがなかった。
講師陣は「誰よりも学歴が高くて外務省という、プロトコル重視の職場にいたのにどうしてこうも出来ないのか」と悩みはじめ、どうしたらいいかと度々話し合わなくてはならなかった。
幸子の方も、毎日気分が浮き沈みし、疲れ切って食事もとれなくなる。
「皇室に入ってしまえばなんとでもなるから我慢して」と母は慰めだが、幸子は腹が立って仕方がない。
この世の中で時代錯誤もいい所だ。
レディファーストは知っていても男性より1歩下がるなどという事は必要だろうか。
皇室が神話の時代まで遡る事もびっくりだが、いるわけない神様に祈るというのも納得が出来ない。
講師達が困り果てている時、また小さな事件が起こった。
一つは有名な宝石店が本真珠の一そろいを大和田家に献上したこと。
つまり無料で受け取ったという事だ。
それを知った宮内庁はきっぱり「皇族になろうという人が誰かに何かを無料で貰う事はない」と言って即刻返すように求めた。
これは企業側の純粋なプレゼントだったのだが、宮内庁に言われて慌てて引っ込めた。
大和田家としては「結婚祝いのプレゼントを受け取って何が悪い」と抗議したが、とにかく「そのような慣習はない。あってはならない」と言われた。
さらにもう一つは東宮御所に収められる幸子の嫁入り道具の中で、桐に総金箔を施した箪笥が3棹送られてきて、仰天した宮内庁が「こんな品のないものは受け取れない」と突き返した事件。
大和田家は皇室御用達の店を知らなかった。
后宮が気を利かして紹介してくれたが、そこに頼むのプライドが許さなくて、故郷の家具屋に特注したのだ。
「大和田家」と言えば今を時めく東宮妃になる女性の実家。
しかも、今後も仕事をとれそうだと思った家具屋は、喜んで引き受けた。
哲也からの条件は一つ「どこにもないような、東宮妃にふさわしい華やかな箪笥を作れ」だった。
通常、桐の箪笥には取っ手の所に紋をいれたり飾ったり、あるいは箪笥に漆を塗ったりするものだが、「どこにもないような」というのであれば、金箔を貼ってみようと考えるのが筋だ。
通常の予算をオーバーしても大和田家は支払い能力があるだろう。
そう思って特急で仕上げたのが「総金箔箪笥」でそれはまるで秀吉の黄金の茶室のように光り輝いていた。
哲也は大満足したのだが、まさか宮内庁に断られると思っていなかったのでさすがに慌てた。
マスコミ的にも「派手だけど品はない」と烙印を押された箪笥3棹。
苦肉の策で大和田家は「頼んだものとは違うものが出来上がって来た。ゆえに受け取らずに結構です」といい、新しいものを作れと命令した。
家具屋は驚き、必死に「これは大和田さんの注文で」と言い続けた。
それというのも大金がかかった金箔箪笥の金は払わないと言い出したからだ。
「被害者はあくまでこちらだ」という大和田の言い分。
するとマスコミのながれも「誰がこんな箪笥を頼んだのだろう」となり、家具屋を責める論調になってくる。
大損はするわ、新しいものを作れと言われるわ、3棹ではなく2棹にしろと言われるわで、立ち直れず、仕方なく仕事はこなしたもの、以降大和田家と付き合おうとはしなかった。
「それで、幸子さんの出来はどうでしたか」
后宮はお妃教育の終了後、講師陣を招いて私的な茶会を催した。
「あの方はさぞ出来がよろしかったんでしょうね」
誰もそれには無言だった。
「違うのかしら?」
后宮は不思議そうな顔をしてそれぞれをご覧になった。
みなもじもじしていたが古典の講師が思い切って
「申し訳ございません」と頭を大きく下げた。
后宮は驚かれて「え?どうなさったの?何かあったのですか?」
「お妃教育は失敗でございました」
彼は言った。
「幸子さんは皇室の在り方を理解されませんでした。というか理解することを放棄しました」
「神道のテキストを英語にせよとおっしゃって。英語にしましたが、それでも理解せず」
「おふるまいに関しても、一々ジェンダーを持ちだして反抗なさる」
「所作事は何度お教えしても覚えて頂けません。わざとなのかと思いましたが、本当におわかりにならないのです」
后宮は驚いて言葉を失った。
「そ・・それは外国生活が長かったからでは」
「ええ、そうかとも思いましたが、実はそうではなくて本当に理解できないのです。それで、ご注意申し上げると怒り出して外へ行ってしまわれて」
まさか。まさか。まさか。
后宮は頭の中で考えがぐるぐると回っていた。
「学歴が高く難しい試験にも合格して外務省で活躍していたのに」
ご自分の昔を考えても、確かにカトリックの家庭に育った后宮にとって神道は理解の範疇を超えていた。
男女平等思想にもかぶれていた后宮は東宮の後ろにいるのが嫌で、常にファッションリーダーとして前に立って来た。
そういう事なのか。
「現代的で進歩的なお嬢さんだから、納得のいかない事も多かったのでしょう。あなた達のせいではありませんよ」
后宮は慰めた。
まだ息子の妃選びが失敗だったと認めたくはなかった。
今回も読んで頂きありがとうございます。
あの年から全てが悪い方向に進んで行った・・・というのは言い過ぎでしょうか。
失われた30年の大元はこの年にあったと。
ただの偶然でしょうか。




