東宮妃内定の内幕
いよいよ結婚式が近づいて参ります。
これから先、書ききれるのか心配になりますが頑張ります。よろしくお願いします。
幸子はどうしても結婚する気になれなかった。
父からは早く承諾せよと迫られつつも、堅苦しい生活は嫌だったし、なにより東宮は好みではない。
「なんで私があんな人と」
ハンサムでもないし才気煥発でもない。利点があると言えば何でも言う事を聞いてくれることくらい。
東宮にそもそも欠如しているのは、男気というか人を引き付ける魅力だ。
しかし。
鳴り物入りで外務省に入省した幸子にもそろそろ限界が来ていた。
職場に少しも馴染めない事。
仕事が覚えられず干されつつある事。
それに
「女性は課長までしか昇進出来ないのよね」という話を聞いた時、非常にショックを受けた事だ。
一つの職場で2年あまり、戦力にもなっていないというのに「昇進が限られる」という事に失望してしまうのは一種の幸子の特性というか、「自己過大評価症候群」ともいえる。
出世を考えるより、今は少しでも戦力になるよう、貢献できるよう仕事に励むべきだが、
「私には才能がある。だってお父様の娘なんだから」という意識が強く、それを鼻にかけた態度がますます回りとの齟齬を生んでいた。
父のコネでどこまで昇進できるかなと考えたりもしたが、今の所、父のコネが利くのは新人が使ってはいけない駐車場をつかえる事ぐらい。
さすがに外務省の人事で娘を贔屓する事は憚られる事なのかもしれない。
本当は外交官として海外を股にかけて活躍する自分を思い描いていたのだが、現実問題としては無理そうだ。
そんな時、断っても断っても電話をかけてくる東宮が非常に魅力的な提案をした。
「皇族として活動する事も、外交官として活動する事と変わりありません。皇室外交という言葉があります。私達は外国へ行って王室との親善という外交をすればいいじゃないですか」
そうか。
外交官になれなくても、東宮妃としてなら海外にどんどん出ていける。
幸子の頭には世界中の王室の中でもとりわけ華やかな印象の皇太子妃を頭に描いた。
その類まれなる美貌と素直な感情で国民に愛され、どこかに出る時はいつも贅をこらしたドレスに身をつつみ、手を振り微笑む。
あれを皇室外交というのだろうか。
それなら出来そうな気がする。
ここで漸く幸子は「結婚」を前向きに、現実の事としてとらえることが出来たのだった。
その年のクリスマスの夜、幸子は東宮仮御所を訪れその後、東宮と二人で皇居に参内し帝と后宮に挨拶したあと、再び仮御所に戻り、七面鳥やプディングを食べながらシャンデリアの輝きの下で東宮と話した。
「幸子さんが結婚を承諾してくれて嬉しい」と心から東宮は言って、クリスマスプレゼントとしてダイヤの指輪をくれた。
(さすがは東宮だわ)
幸子はそう思って、当然のように受取り「ありがとうございます」と言った。
「これから結婚した後しばらくはここに住むけど、新しい東宮御所が出来るのでそちらにひっこしますよ」
「新しい所ですか」
高級なシャンパンに酔いしれて、頬を赤くした幸子は気が大きくなってつい
「やったー」と言ってしまった。
新しい宮殿に毎日ご馳走。それにみんなにかしずかれて頷いているだけでいいのだ。何と楽な事か。
幸子の無礼な言葉も東宮からしたら「可愛くて斬新」に思えた。
幸子は珍しくも、というか非常識にもこの日は真夜中、日付が変わるまで東宮御所にいた。
「未婚の女性がいつまでも彼氏の家にいるって変よね」と女官達は悪口を言ったが、彼女には聞こえなかった。
そうなると話は早くて、年が明けるとすぐに海外から
「東宮妃に大和田幸子さん決定」というニュースが飛び込んで来た。
我が国ではマスコミが報道協定を結んで勝手に伝える事が出来ず、その隙を狙っての報道。
これに驚いたのはマスコミのみならず、国民と宮内庁だった。
国民はその決定にお祝いの気持ちより先に
「あの人、断った人だよね?」という感情の方が先にきた。
忘れもしない。確か外国の大学のキャンパスで
「私はこれからもずっと外務省で働いて参りますので。東宮様とは結婚いたしません」
そうはっきり言ったではないか。
あれはなんだったのだ?随分と簡単に言葉を翻す。
それにダメになったのは八又奇病を生み出した富強化学の孫娘だったからではないのか?
その点は大丈夫なのだろうか。
そんな国民の戸惑いやかすかな違和感をよそに、一斉にマスコミは号外を出して祝福し、それから「大和田幸子さん」一色になった。
大和田家ではそれまで官舎住まいや、江田家に間借りをしていたのだが、数年前にコンクリートの打ちっぱなし御殿を建てていた。
裕福な外交官の自宅がコンクリート打ちっぱなしというのはちょっと異様で、華やかさのかけらもない。
けれど、玄関から海外ブランドのコートを身にまとい、颯爽と母と一緒に扉から出てきた幸子は今までになく美しく得意気だった。
「内定おめでとうございます」
とマイクを向けられると
「ありがとうございます」
「これからお出かけですか?」
「はい。帝国ホテルで写真を撮りに」
「東宮様とはいつお会いになるんでしょうか」
「最近お会いしていないので帰りにでも」
本来、妃内定後は一切マスコミに何も話してはいけなかった。
菜子の時も、許されたのは修学院のキャンパスで父と一緒に歩く姿だけで、正式な会話は全て婚約記者会見でしか許されないもの。
しかし、なぜこの時幸子がぺらぺらと話すことが出来たのかというと、それはこの報道を一切知らされていなかった宮内庁が動揺し、対処が遅れてしまったからだ。
無論帝も后宮も、こんなに突然、しかも海外から「通信」という形で報道が来ることは知らずただただテレビの前で呆然としている状態。
ゆえに大和田家としては好き勝手に話すことが出来たのである。
藤原長官以下、東宮職に至るまでこれからどうしてよいか、一々帝に確かめなくてはならなかった。
帝はまだ完全にお許しになったというわけではなかったので、この報道に「してやられた」感があり、沈黙が広がる。
結局は認めるしかない事実なのだが。
宮内庁はとりあえず「皇室会議」を開くと宣言。
その間、帝と后宮は大和田家を食事に招待した。
后宮はご自分が東宮妃に決まった後、一度も皇居から正式な招待がなかったことに深く傷ついていたので、嫁にはそういう思いをさせたくないと思われた。
その日は、帝、后宮、東宮、蓮宮、秋月宮夫妻、雲井宮夫妻、そして大和田家は夫妻に加えて3姉妹が揃って招待されたのだった。
「結婚」に対する考え方はそれぞれですけど、名家に嫁ぐ場合はそれなりの覚悟が必要になります。
そういう意識が全て欠けていた事が皇室が沈む原因になりました。
傾国の美女と言えば言葉がよすぎるなと思いますが、まあ幸子さんという人はそういう存在なのだと思います。




