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銃剣と薙刀 15

 靴を床に根下ろし鍔迫り合う2人。されど腕力はアリーフが何枚も上手であり、満身の力を込めたミハイルの刀身など鼻息一つで押し返してしまう。この場合、足を刈って押し倒し、喉を目掛けて斬り込むのも手だがアリーフは違った。彼は銃剣を用いて闘うが、彼が使う武器はあくまで銃なのだ。


「あらよっと」


 焦燥を浮かべるミハイルの表情を見たアリーフは、踏まれたビラのようにグシャリと破顔して、微かにカービンの先端を右に傾けた。


「はッ!?」


 彼の狙いを鋭く察したミハイルの顔は瞬刻の間に凍てつき、満を持して弾丸は放たれる。

 刃にしか意識が向かぬほど肉薄する闘志の炎に冷や水をかけるように超至近距離から放たれる銃弾。これに勘付いただけでもミハイルに闘争の才覚が備わっていることは明らかだ。

 発射後の反動を逃がすため、アリーフは背後に飛び退いて態勢を整える。構えと言っても剣術の概念が透けて見える型ではなく、銃身のちょうどど真ん中の辺りを握り、チアガールのバトンのように振り回しているだけだった。


「うお……」


 刹那、致命傷を恐れずに彼はアリーフめがけて突進し、鬼気迫る形相で彼に切っ先を向けた。しかし、あまりに単純な突きはアリーフにあっさり回避され、それどころか避けざまに首筋へ肘を打ち込まれた。

 だが、彼はよろけるも床に手をついて立ち上がり、上半身と共に軍刀を真後ろへと薙ぎ払う。アリーフも咄嗟に引き金とグリップの狭間で剣戟を抑えた。


「ほー……今のを避けたとは驚き。多分君、サシでやったら僕の兄貴より強いよ。でも出血が酷いな。そんなんじゃ血が目に入って痛いだろう。トイレ休憩を設けようか?」


 弾はミハイルの右眉の端からこめかみにかけてかすめ、傷口には見事な赤い線が刻まれていた。そこから生々しく溢れる血はミハイルの頬を下って行き、白いシャツに吸われていった。


「いらねェ」


「そう? しかしタイマン張るのも久しぶりだけど、戦闘で高揚するのも久しぶりだ。実を言うと、ここに来るまでに何十人も軍警を殺したけど、まぁ無駄に疲れたわ」


 アリーフはうんざりとそう呟き、空いた左手で腰裏から自室の鍵を取り出した。それを指に挟みミハイルの顎を突き上げると、視線がずれた頃合いを見て先程の繰り返しで不意打ちの射撃を試みた。


「あっ」


 しかし、ミハイルはその動きを読んで素手で銃剣を掴み銃口を逸らし、脇でカービンを挟んで彼から銃を奪い取り、天井高く放り投げた。カービンは槍投げのように垂直に湯船に落ち、小さな水柱を立てて沈んだ。


「うらァッ!!」


 ミハイルはアリーフが別の一手を出す前にすぐさま追撃へと移行する。片手で殴るように剣を振り上げ、彼の左耳を削ぎ落とした。


「ほー引き金に指をかけ、ボルトを掴む握力が弱まる時を見計らったわけか」


「二度も同じ手は食わん」


「ちょっと君を舐めすぎてたかな。ミルクレープ一枚一枚剥がして食べるみたいに、もったいぶって戦い過ぎた」


「あ? 言い訳すんな。だったらドタマ撃ってくんじゃねぇよ」


 ミハイルはそう言ってアリーフの顔から自らの刀剣の方に目をやると、黒ずんだ泥水が峰を伝って鍔に溜まるのを見た。

 どこで泥なんて付いた? と考え、左右に目を向けるが納得できる物が見つからない。しかし、敵がレインコートの袖をまくって補助の武器を取り出したので、やむなく視線を彼に戻した。

 手に持っているのは、黒く細長い筒状の物。


「ただ、失敗だったな。殴り殺されるより、斬られたり撃たれたりして殺された方が苦痛は少なくて済んだのに」


 そう吐き捨てて握った道具を上下に振り出すと、筒は武器然とした重い金属音を立て伸び広がり、長さ40センチを超えた1本の鉄棒と化した。警棒だ。先端が削られて鋭く尖っている。


「もう油断はしないよ」


 彼は今までとは打って変わって顔を険しく固め、数回警棒を振って動作を確かめる。その途中で何の脈絡も無くタイルを蹴って走り出し、姿勢を低くミハイルへと襲いかかった。


「オラッ!!」


 ミハイルが避けることを狙って右上から左下に羽虫を叩くように警棒を振り下ろすも、彼は果敢に空を裂いて唸る警棒を食い止めた。


「ハィッ!」


 だが、アリーフは警棒の鋭利な先端を空いていた左手で持ち、そのまま押し出してミハイルを壁際へと追い詰めようとした。この時、2人は妙に息の合った動作でほぼ同時に互いに膝蹴りを繰り出し、三発ほど喰らい合ったところでミハイルは力負けし、股に食らって壁に身体を叩きつけられた。


「ぐぇぁッ!!」


 彼が痛みに喘いだ僅かな隙すら見逃さず、アリーフは彼の胸ぐらを掴んで顔を引き寄せ、凶悪な頭突きを見舞った。続けて警棒を口に咥え、彼の上半身のありとあらゆる箇所を拳で執拗に殴りつける。負けじとミハイルも左手でパンチをガードするが、強烈な一発を脇腹にもらい、苦悶の表情で胃液を吐いた。


「へへっ」


 それを見たアリーフは品の無い笑みでニヤリと勝ち誇り、警棒を手に持ち替えて頬を叩く。そうして無理矢理頭を後方へと捻じ曲げさせると、後ろ髪を引っ掴んで壁で顔面を打っ叩いた。


「ぐべっ!! ぐっ......」


 アリーフは連撃は与えずにミハイルを後ろに投げ捨てると、手にまとわりついた頭髪をシャワーで流し、気絶したミハイルの顔にシャワーをかけて叩き起こした。彼は血の混じった唾を吐き、咳き込みながら声を絞り出す。


「テ、テメェ……素手の方が強いじゃねぇか……」


「まぁカービンは3.5キロ、こっちは800グラムだもん。正直タイマン張るんだったらこっちの方が有利な気もするよね」


 快活にそう言うと、アリーフは腕時計を見て今の時刻を確認した。


「まだ4分も経ってない。まぁいい。5分前行動を心がけろって中学の入学式でも言われたしな」


 アリーフはしゃがみ、自分が割った鏡の中で一番大きな破片を手に取った。


「まぁ短い邂逅ではあったけれど、かなり楽しめたよ」


 アリーフはそうミハイルに告げると、彼に近づいて軍刀を持つ手を軍靴で踏みつけた。そして、鏡の破片を彼のうなじに当てた。

 その時、ミハイルが最後の抵抗と言わんばかりに腕を引き、足を載せていたアリーフは、尻餅を突いてずっこけた。


「ヘヘ……」


「この青二才が……」


 有終の美を飾ろうとした矢先の悪足掻きにまんまと引っかかったアリーフは、恥辱に頬を紅潮させた。それを見たミハイルは彼をせせら笑った。


「!?」


 すると、不思議なことが起きた。ミハイルのその声が癪に触ったのは分かるが、その際にアリーフの白目が灰色に染まり、瞳は蛇の目に酷似した縦長の瞳孔へと変化したのだ。更には汚れた白目と相反するかのように、黄緑色の瞳は鮮やかに輝きを増していることにもミハイルは気付いた。


「ぶっ殺してやる」


 だが、それが何だというのか。鏡で喉を切り裂くことはアリーフの慈悲だったが、無様な姿を見られたことでそれを与える気も失せたらしく、破片を捨て、警棒を持つ腕を無慈悲に振り上げた。

 されど、警棒がミハイルを襲うことは無かった。


「ギャァァァッ!!」


 アリーフが腕を掲げて逆手に警棒を持ち替えた時、一発の弾丸によって彼の手首は吹き飛ばされたのだ。彼の手首は細切れになってミハイルの背中へとぶちまけられ、警棒の方は転がって壁の角に当たり、軽い音を立てた。

 アリーフは苦しみに悶えてうずくまり、撃ち込まれた射線の方を憎々しく振り返り、目を丸くした。


「ク、クランストロ将軍……!」


 浴場の入り口に、威風堂々と古めかしい巨大な銃剣を装着したドラグノフを構える、クランストロが立っていた。


「アリーフ。お前何してんだ? あ? あの女を問い詰めた時はまさかと思ったが、お前まで加担していたとはな」


「あ、いや……」


 迷彩服姿のクランストロはドラグノフをアリーフに向けたまま、ビー玉のような光の無い眼を見開き、じりじりと彼へ接近した。アリーフは蛇のような眼をしていたが、今の彼は逆の立場の蛙そのものだった。後退りの一つでもしたいが、怖くて身体が動かなかった。

 ちなみにミハイルは、クランストロの銃声を自分が撃たれたと錯覚して気を失っていた。

 そうしてクランストロはアリーフに歩み寄り、口をパクパクさせて何か弁明しようとする彼の前で片膝を立てて屈んだ。すると、殴るのかと思いきや、クランストロはアリーフの頭を優しく撫で、アリーフは肩透かしを食った。


「アリーフ、俺はいつも言ってないか? 自分で考えて行動しろって。兄貴に付き従いたい気持ちはよく分かるがな。前歯をへし折ってでもいいから自分の意見は押し通せ。ん? 分かったか?」


「はい」


 アリーフは反射的に返事を返した。クランストロはアリーフを軍人としては見ておらず、なので彼に甘いのは彼自身分かっていたが、それでも使い慣れた手榴弾でも持つことには誰しも緊張するように、後ろめたいことがあれば気心知れた間柄の者でも怖いものは怖いのだ。


「分かればいい。まぁ俺はへし折ったけどな。ほら手出せ」


 クランストロは再度アリーフの頭を撫でて立ち上がると、差し出されたアリーフの再生したばかりの掌に何かを置いた。


「うっ」


 それは間違えようも無い人間の前歯だった。彼の文脈的にこれがジェスタフの歯であることは想像がつく。


「後で治しとけ。さぁ帰るぞ。彼と妹の身柄は一時的に預かる。こうなった以上はコイツらを然るべきところに引き渡して揉めのケツを拭くより他は無い。ところでお前耳だけ妙に治りが遅いな。その変な色の血は何だ」


 ため息混じりにそう言うと、クランストロはミハイルを軽々と小脇に抱えた。アリーフが耳の傷口に手を当てると、指に茶色い体液がべったりとこびりついた。除草剤が体内に入ると、回復が遅れてこうなるらしい。

 クランストロもジェスタフも分かっていないが、こういう見せしめが彼に自発的な行動は責任が伴うということを過剰に認識させ、結果彼が隷属のままに甘んじているのだ。その点で言えば、レーゼの方がアリーフの扱いを弁えている。


「いいかアリーフ。ただ無頼漢としてやって行きたいなら我欲のままに行動したらいい。だが、軍人としてやる気なら悪事にしても、作戦として方策を練らなければならん。そしてそれは民が誰も知らない内に起こり、終息しなければならん。まぁ要はバレなきゃいいんだよ。後は余計な血が流れなかったらな。民意は大事だぞ。特に我々公務員はな」


 そう言いつつ煙草を咥えたので、アリーフは駆け寄って火を点けた。彼の後に付いて行ってから、浴槽に沈むカービンやフランネルシャツを思い出し、嫌々拾いに戻ったのだった。

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