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銃剣と薙刀 14

「は、はじめて殺った……」


 青年は紅茶のような色合いの赤茶けた髪を掻き毟り、酷く発汗したかと思えば湯船に激しく嘔吐した。しばらくの間吐き気は止まなかったが、やがて落ち着くと真っ先に口元を手で覆いながら、湯船の中をおっかなびっくり覗き見た。


「畜生、軍警はいつ来るんだ」


 湯船の底には黒いレインコートを着た男がうつ伏せに沈んでいる。海藻のように揺れるレインコートからは、血が絶えず幾つもの赤い筋となって漏れ流れ、次第に湯水に溶けていくのを彼は見た。


「......」


 少しの間死体を魂が抜けたように見ていたが、唐突に頬を平手打ちして我に帰ると、踵を返して浴室から出て行こうとした。振り返って再び湯船に視線をやると、水は血で桜色に変わっていた。

 彼の手にはジェスタフと干戈を交えた男の得物だったあの反りの無い軍刀が握られている。これでアリーフの首を貫いたのだ。だが、彼の息の根をそう容易く止めることはできない。


「……」


 湯船の中の身体が静かに動き、一切の音もなく水面から銃口が姿を現す。そして、浴場から消えようとする青年の背に狙いを絞り、立て続けに2発発砲した。


「うっ、うわっ!」


 しかし、驚いたことに青年は咄嗟に右の壁際へ飛び込み、それと同時にガラス戸を粉砕した殺意の弾を喰らわずに済んだ。


「なっ何!?」


 雷鳴のように浴場に轟く予期せぬ銃声にも驚いたが、それ以上に青年は湯船の中から水をかぶって平然と立ち上がる、確かに殺したはずのアリーフの姿にも慄いた。


「……?」


 しかし、当のアリーフは何故彼が弾を避けたのかが不思議でならず、彼の方を見て首を傾げたが、ふと砕け散ったガラス戸の真鍮製の取っ手を見て、それにぼんやりと銃が映ったのかと思い納得した。だが、どちらにせよ類稀な反射神経の持ち主であることは疑いない。


「うっ……死ね!!」


 目を疑う光景を前にして、青年は戦々恐々としつつも戦意は失わず、シャツとズボンの間にねじ込んだリボルバーを抜くと、躊躇いながらもアリーフに向けた。彼の読み通り、パーカッション式の骨董品に等しい銃だ。


「フン」


 すると、アリーフは軽んずると言わんばかりに鼻を鳴らして再度引き金を引き、青年から銃を弾き飛ばす。それだけでなく、手から離れて飛び上がる銃のシリンダーを正確に撃ち抜き、使用不可にまで青年を追い込んだ。

 だが、その2発が彼のガバにしても最後だったようで、引かれたままのスライドを戻さずに彼はホルスターにガバを収めた。


「お前、俺が確かに殺したはずだ」


「そう? 言うて君素人じゃん。急所を外したのかもよ。ところで君の名は?」


 アリーフは器用にレインコートの下のフランネルシャツだけを脱いで床に捨てると、壁に立てかけたカービンを掴んで青年に向けた。


「ラスカロフ・ミハイル……」


「そう、いい名前だね。僕の名はアンドレイ・アリーフ。20歳。ん?」


 壁にもたれて力なく立ち上がるミハイルに合わせてアリーフは照準を動かしていく。


「17だ。それがどうした?」


「いやね、この仕事は周りが年上ばかりでさ、年下というか年の近い人とはあまり喋らないんだ。しかし17歳か……」


 ミハイルの歳を聞いたアリーフは17という数字に何か思うところがあったのか、小さく俯いて濡れ鼠となった己の下半身を見つめた。

 それを隙と見たミハイルは、剣を持ったまま歩き出し、彼との距離を詰め始めた。彼は洒落っ気は無いが堅実そうな顔立ちの美青年であり、幼き日から両親に身を立て名を挙げることを嘱望されて育てられたことが見て取れた。


「ふーん、銃持ちの男によく近寄れるね。言っとくけどまだこれには数発弾は残ってるし、多少外しても小銃弾は充分致命傷になる威力があるぜ」


「だろうな……。だが、どうせ死ぬならお前ら外道連中に爪痕残して散るのも本望だぜ」


「ぷっ、あはははははは!!ははははははははは!!」


 すると、ミハイルの勇敢な台詞がアリーフの琴線に触れたのか、彼は頬を膨らませて噴き出し、ころころと腹を抱えて笑い出した。その時にミハイルは初めてアリーフの顔を直視したが、同性とは思えぬ壮絶に可愛らしいアリーフの顔に、ミハイルは思わず尻込みした。

 丸々1分ほど笑ってやって治ったアリーフは、それでもなお苦しそうに腹を押さえ、目元に浮かんだ涙を指ですくった。


「わかった、わかったよ。君中々いいもの持ってるね。割とマジで他人を会ってその場で気に入ったのは生まれて初めてかもしれない」


「な、何?」


 ミハイルは咄嗟に身構えたが、アリーフは腰からトランシーバーを取り出すと、ジェスタフに無線をかけた。


「おお流石軍用、防水バッチリ。ああ兄貴? 僕だけど」


「ようアリーフおつかれ、お前今どこにいる? 帰るが今から屋敷に来れるか?」


「いや、今そこの浴場にいるよ。今ちょっと人と会ってるんだ」


 その言葉にジェスタフが口籠った。


「……お前、ミハイルと遭遇したな? まさか入浴中だったとは驚きだが、大浴場なら3階か。とっととブチ殺して下に来い!」


「当たり。ところで兄貴。僕に10分だけ時間をくれない? 僕さっき小さな女の子も見たよ。僕を騙したんだから、その埋め合わせに弟の言うこと聞いてよ。10分だけ部下の方にも言って、その場を動かず何を見ても何もしないと誓って?」


 無線越しでも、嘘が露呈してうんざりするジェスタフの顔がアリーフにはくっきりと想像できた。


「ケッ、ああ分かったよ。お前には今日のあの借りがあるしな。瞬殺が嬲り殺しに変わるくらい構わん。だが、引き伸ばすのは無しだぞ? そろそろ要請を受けた陸軍がやってくる」


「ありがとう」


 そう言うと、アリーフはまだ話途中でありながらジェスタフとの会話を打ち切って、トランシーバーを放り捨てた。だが、話を聞いていたミハイルの顔は険しくなった。


「お前、シェリーに会ったのか!? こ、殺したのか……?」


「いや? 僕は見逃してあげたよ。ただ始末しなかっただけでその後は知らないけれど。ああ、妹だったの」


 そう言うと、アリーフはカービンの弾を入れていたポーチに付いていた小さなジッパーを下ろして中から小さなガラス瓶を取ると、転がしてミハイルに渡した。中には黄色く濁った液体が入っている。彼はそれを拾い上げ、ラベルの文字を読む。


「除草剤の原液? 何だ?」


 アリーフはにっこり笑ってカービンの銃身に腕を回して自身を磔にする。


「いいからそれを剣にかけなよ。満遍なくね。何、これは僕から君に送る塩代わりだと思ってくれ」


 全身が植物のアリーフに取って除草剤や枯葉材は並の人間以上の猛毒だ。だが、アリーフは万一捕縛されて、死ねないことを逆手に延々と拷問を与えられるくらいなら死んだ方がいいと自決用に除草剤を持ち歩いている。

 ただ、試して死んだら笑えないので、実際本当に効くのかはアリーフ自身も知らない。だがミハイルは何が何だか分からぬまま、言われるままに刃に色合いが小便に似た除草剤を振りかけた。


「さて準備完了。これで心ゆくまで殺し合いが出来るねぇ。ミハイル」


「……ほざけ。すぐ地獄に送ってやるよ」


「そうなるといいな」


 2人は互いにゆっくりと歩み寄り、アリーフは銃剣を一度外して付け直し、ミハイルも首を鳴らして意気軒昂さを見せつけた。アリーフはボルト周りを持って5キロ以上あるカービンを軽々振り回しながら、こう呟いた。


「でも残念だ。こんな風じゃなく、軍人として出会えたなら仲良くなれたかもしれないのに」


 その言葉に、ミハイルは怒りを爆発させた。柄を握る指先に一層力が増し、何やら亀裂の入る音が響いた。


「何が軍人だ。お前は兵士なんかじゃない。ただの強盗だろうが!!」


 瞬間、ミハイルはタイルを駆けて右足を前に跳躍すると、荒々しくも豪快に軍刀を振り下ろした。それを見てもアリーフはまだカービンを回していたが、既に彼の動作は見切っており、彼の刃を銃身で受け止めたかと思えば、身体を脇にずらすと共にカービンを握る力を緩め、腕力のままに叩き付けられた剣戟を軽く受け流した。


「ぐぁッ!」


 そして唇が触れそうなほどミハイルの顔が近づくと、こしらえた裏拳で彼の顎を殴り飛ばす。細身のアリーフからは想像もつかない重い一撃によろめいたミハイルだが、アリーフは容赦なく逆に持ち替えたカービンの銃床を下から突き上げ、それをかわして横に逃げたミハイルに更なる追撃を繰り出し、壁に寄った時には何枚も鏡を叩き割った。


「クソッタレ!!」


「むっ」


 だが、ミハイルは逃げる際に掴んだアリーフのフランネルシャツで振り下ろされた銃床を包み込み、その僅かな隙を見逃さずに肘を腹へと叩き込んだ。


「いてて……くたばれやジャリが!!!」


「シャオラァッ!!」


 2人仲良く1発ずつ貰ったことで、アリーフの方は少し本腰を入れる気になったのか、銃剣を先端に戻しカービンを握り締め、互いに振り下ろす刀身を絡ませ、火花を散らして眼を血走らせた。



 VS ラスカロフ・ミハイル

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