騙し合い
前話
ルズベグの本性
「ルズベグ、おまえの、仕業かっ!」
「ふん、ここに他の者がいないとなると、水場までいける体力はあったということか」
「オーガの、保護をしていると、言ったな。あれは嘘だったのか!」
息も絶え絶えに問いかける。
「当たり前だ。オーガは一人たりとも生かしておく意味はない。労働力としてすら不要だ」
昨晩からわかっていたことだが、どうやら俺には嘘を見抜く能力がないらしい。
「お前の、目的は、オーガも俺たちも殺すことなのか」
「当たり前だと言っている。だが念のためにお前は人質にさせてもらう。どうせ巨大な猫に化ける女にも毒は効いているとは思うがな」
そこまで聞けばもう用事はなかった。俺は荒い息のふりをやめ、すぐに後方に駆けだした。身軽な足取りで、すいすいと木々をすり抜けながら支流へ急ぐ。
「なにっ、あの走りよう、毒に侵されておらぬ!」
「急げ! あの男を追いつめよ!」
指揮官とひげの従者の声を背中に感じながら、俺は木々が開けた場所にたどり着いた。
木々に隠れながら左に曲がって進み、腰の高さ程度の茂みを兵士たちとの間に挟む。
対して直線で距離を詰めてきた指揮官と兵士たちは、押し寄せるように俺の手前にある茂みに迫っていた。先頭の兵士が勢いよく突き抜けーー
ーーそこで消えた。
「な!? ああっーー」
茂みに視界を邪魔され、兵士たちは次々と落とし穴に落ちる。
穴の中にはブラックベリーの棘の枝がたっぷり入っており、にょろ助の神経毒をびっしりとかけておいた。
「落とし穴があるぞ! 横から迂回せよ!」
指揮官が声を張り上げた。その瞬間、続けざまに那須じいとオーガの声が響く。
「ヨイヤァ!」
「「「ヨイヤァ!」」」
木々の上に伝わせていた網が、左右に隠れていたオーガたちとトラ美により引っ張られ、兵士の後方から迫る。
葛のつるを束ねた綱と棘の枝が組み合わさった網が兵士をまとめて引きずった。
棘で擦り傷を負ったものはしびれ、後方から押された兵士はさらに落とし穴に落ちていく。
また、兵士後方に控えていた猟師の猟犬も、トラ美の姿を見てからは必死に逃げようとしかしていなかった。
落とし穴と投網の擦り傷で半数以上の兵士は無力化できたようだ。しかしまだ、他の兵士が盾となって難を逃れた者が二十名程度いる。
「アオイさん、ハッカシャワーを頼む!」
合図と共に固まっていた二十名ほどの兵士の上空から熱湯シャワーが降り注ぐ。大量のハッカオイルのたらいも傾けて、あたりに湯気と爽やかな香りと叫び声が広がった。
「熱っ! 熱い!」
「目が! 目がしみる!」
視界を奪われた兵士は同士討ちを気にしてか、武器も振り回せないようだ。
オーガが後方から石を次々と投げつけると、それを嫌がって俺の方向に進み、そしてまた落とし穴に次々と落ちた。
数名、目が見えないまま投石をするオーガに向かっていった兵士もいたが、闇雲に武器を振り回すところを棒で殴られ、簡単に倒れた。
あっさりと戦闘が終わったのは、やはり昨晩からの準備が物を言ったようだ。
時は前日にさかのぼる。
本格的な準備は物資支援を持ち帰った直後から始めることになった。
「毒だな。それも十数秒もキュアの光が消えないとなると猛毒だと思う」
もらった食料にとりあえずキュアをした時点でルズベグは『黒』と判明した。他にもいくつかのパターンを考えていただけに拍子抜けでもある。
「トラ美もあいつはうさんくさいと思ってたにゃ」
隠れ里の話を信じていた一部オーガはがっかりしていたようだが、このことで一族ではある意味で結束が固くなったようだ。
「やはりついていくべきはハヤト様だ」と。
「でも毒って最初の一人しか効果がないんじゃないでしょうか」
「遅効性の毒という場合があるからのう。試しにハヤト、キュアの光が弱くなって消える直前でちょっと止めてみてくれぬか」
塩のキュアが終わる直前で渡すと、那須じいはぺろりと舐めた。
「何とも感じんわい。多分時間が経ってから効いてくるタイプで、そのタイミングで攻めてくるつもりじゃろうな」
那須じいの体と塩の済んでない分にもキュアをして納得する。
「毒が消せるなんて誰も思わないし、あの人今頃、罠にかかったって思ってるだろうね」
最初の接触の日から集めていたブラックベリーの枝が早速役に立ちそうだ。
にょろ助の神経毒は単に肌にかかるだけや経口摂取では効果がでない。目の粘膜とかには効きそうな気もするが、やはりかすり傷を追わせてしびれさせる方法が欲しいと那須じいに相談して準備していたのだ。
鍛えたオーガたちとシャベルで準備もあっさりと終わり、どのタイミングで攻められてもいいように配置について眠ることにした。
そして結果は先のとおりとなった。
「怪我人はいるか?」
特に声も上がらず、かすり傷一つない完勝のようだ。
落とし穴の捕虜や枝を出す際に自爆しないようオーガたちに告げ、戦利品の回収などをする。少しひどい気もするが、相手もこっちを殺そうとしてきたのだからしょうがない。下着などをのぞいて身ぐるみいただくことにした。
戦利品は武器、防具、工具、調味料、多少の食品、ルズベグの財布と荷馬といったところだった。
森の機動力を重視していたのか、敵兵士の装備が甲冑ではなく、手甲や胸当てなどの防具だったのは幸運だった。サイズの大きなオーガたちにも装着できて無駄にならない。
猟犬はどうしようかと悩んだが、飼い主から引きなされる犬と猟師が気の毒なこともありーー特に雇われ猟師はーー取り上げることはしないでおいた。
「メンバー二頭目の芦屋じゃ! 野望に着々と近づきつつあるわい!」
「ブルルルルルッ」
ルズベグの荷馬は芦毛の牝馬で、念願のハーレムメンバー増員を果たした那須じいはご機嫌なようだ。
両手両足を拘束した兵士たちが広場でちらほらと意識を取り戻し始めているのが遠目に見えた。敵兵士を西に運ぶのも手間がかかり、かといってそのまま解放するというわけにも行かず、今はミンカブの家の前で今後の話し合いをしている。
「ロイムから遠いわけでもなく、場所も知られておる。もう移住でもいいじゃろう。天使の依頼的に考えて、皆殺しにするわけにもいかんからの」
「もう少し偵察が楽な地形のところに住めたら、私とピピちゃんは嬉しいです」
那須じい、アオイ、ピピ、オーガ一同の三分の二が移住派なようだ。
「とはいえ、ここ以上に我らにとって都合のいい場所がすぐ見つかるかは不安ですな」
「訓練を兼ねて、集落の周囲に穴を掘ったらいいと思うにょろ」
「次に大軍で攻められてからでもいいんじゃないかなあ」
残留派がセフ、にょろ助、八木ちゃん、主に元南組のオーガか。
「ミンカブとオーセとトラ美はどうなんだ」
「どこでもいいにゃ」
「どっちもいいところ悪いところあると思うからさ、うちも特に意見はないよ」
「私もです。あまり差もありませんし、ハヤト様に決めてもらいたいですな」
ミンカブの意見に全員がうなずいた。
「俺は移住派だな、理由は三つだ」
「じゃあ移住だね」
「どこにいってもどうせトラ美が大活躍するんにゃ」
「準備するにょろ」
「世界中の牝馬がわしを待っておるぞいっ」
「どんな土地が見つかるか楽しみですね」
「ピピがいいお家を見つけるっピー!」
「ついていくよ、ハヤトさん」
「早速準備いたします」
「おぉぃ! お前ら! 移住の準備を始めるぞ!」
「「「おぉ!」」」
前にもこんなことがあった気がするが、もう決まったことならいいのだろう。




