狙い
前話
オーセの告白
~カプラーン大森林中央部~
グラウェはぱちぱちと音を鳴らすたき火を見つめていた。
「ルズベグ卿、質問をしてもよろしいでしょうか」
「構わんよ」
「打ち合わせの際、『交渉』とか『保護』とおっしゃっていたのは理解できたのですが、オーガたちが逃走した場合はどうするおつもりだったのですか?」
切れ者とも評される指揮官は今回も理屈っぽく説明を始める。
「方針はどのような状況でも基本的に一緒だ。『敵ではない。話を聞いてくれ』と声をかける。そのときのオーガの行動はおおむね三つの場合がある」
彼はいったん、白湯に口をつけ、それから説明を再開した。
「楽なのは、大勢で囲んでくる場合だ。前にも言ったが、すぐに攻撃をしてくるオーガはいない」
ひげの従者も息が合った補足説明を差し込んできた。
「連中は弓を持ちませぬし、防具なども基本、ありません。武器すら拾い物のサビ物か石器などで、挙句に飢えてる者が多いです」
「そこそこの人数で囲んだところで、全員の口封じができるとは考えない程度に脳はある。それにどこのオーガも少数となり、同族の数が減ることを何より恐れているからな」
「なるほど、先日のように話に応じてくれるということですな」
グラウェは先日の状況を思い返してうなずく。
「次に、撤退の脅しをかけてくる場合。これはだいたい同数か、少しオーガが多いときだな。やはり言うことは変わらんし、楽な場合と言える」
「そして最後に逃げられる時ですな。主に相手が少ない時です。グラウェ殿が考えるとおり、もっとも面倒が多い」
「そういうことだ。声をかけても聞く耳を持たぬ。まあ猟犬と鷹を使って集落を突き止めるしかない」
「なるほど。集落で大勢に相対したときは同じように説得を試みるとして、集落ごと逃走された場合はいかがされるので?」
「置き手紙をする。低脳な連中とはいえ言葉は通じるし、一族の長などは大抵読み書きもできるからな。そこは動物の狩りより楽な面でもある。二回ほど集落ごと逃走されたが、数日してまた行くと、次回は待ち構えて話を聞いてくれたものだ」
グラウェは背筋を正して大きくうなずいた。
「ただ探索して殲滅、とだけ考えていた我が身を恥じる思いです」
「それだと小隊にわけるもままならぬ。任務をこなすにあたって、効率を損なわぬことは重要だ」
「それにしても、このような方針を思い立ったきっかけはなんだったのでしょうか?」
指揮官は少しの間、火を見つめながら考え込んだ。
「私は以前、グラウェ殿に『愛』が秘訣だと言ったな」
指揮官は以前の自身の発言を繰り返して、説明を再開した。
「覚えております」
「オーガの恐れ、怯え、悲しみ、怒り、絶望。そのような感情を自分のことと思い、想像するのだ」
「オーガの感情を、ですか」
「そうすればまずは、オーガが潜む場所が見えてくる」
「なるほど。オーガの心理面から、住処を特定していく推理をしていらっしゃいましたな」
「さよう。そしてもっとオーガの気持ちを理解するとだな、今度は彼らの望みや欲しい言葉がわかるようになる。」
「なるほど、それで隠れ里への保護ですか。まさに『愛』ですな。さらには自らの利とすらもする合理性、たしかに『聖掃』たる振る舞いぶりを見せていただいた心地です」
しかし指揮官とひげはまたしても目を見合わせ、くくくと笑いをこらえられない様子になる。
「かっはははは。ほら、ルズベグ様、私の言ったとおりでございましょう……ああ、おかしい」
「グラウェ殿、さすがにここに至るまでぴんときてない御仁も初めてであるぞ」
二人とも膝を叩きながら愉悦の表情を見せていた。
「なにゆえ、私は物資の運搬程度に兵士を全員連れて来て、しかもその大半を距離をおいて西側で待たせているのだ?」
「なにゆえとおっしゃいますと――」
笑いが止まらない指揮官は、返答も待たずしゃべり続ける。
「なにゆえ、私は要求もされてないワインの差し入れまでしておるのだ? 私はオーガに贈り物をしたくて、したくて、しょうがない人物みたいではないか、あーはっはっは」
「なにゆえと言われれば、隠れ里に歓待するため、連れていくことになった場合の道中の安全のためだと思っておりましたが、違うのでしょうか」
ひげは涙をふき、指揮官は咳払いをしてにやりと笑う。
「島は確かに所有しておる。だが汚らしいオーガが収穫した作物なぞ口にしたくもないわ」
「で、ではあの隠れ里の話は……」
「当然、口実よ。町に着いたら囲って生け捕りにする。本部の評価が高くなるのは生け捕りのほうだ。公開処刑にできるゆえな」
焚き火に照らされた指揮官の邪悪な笑顔にグラウェは寒気がした。
「し、しかし今回、その交渉は失敗しております」
「その場合は二段構えですな。あの生姜入りワインの皮袋、そして粗塩、胡椒、鳥の燻製、全てにタマゴテングタケの粉末をたっぷりと仕込み済みです」
「……それは、毒のキノコでしょうか」
聞きなれない名称についてグラウェは問いかけた。
「ご存知なかったか。まあ西方では有名な毒だ。刺激臭や味も大してせず、効き目がでるまで早くても六時間はかかり、警戒するのがかなり難しい。一人がちびりと舐めて毒味するやりようなら、必ず問題なしと判断され、がつがつ連中はむさぼり食う」
「まあここのオーガは予想外にもやせこけておりませんでしたので、獲物は豊かに獲れてそうです。それでワインを用意したのですよ。オーガは酒に目がありませんのでな」
「夜中か明け方からは、吐いて、下して、しびれての地獄絵図。いくら水を飲んでも吐いても手遅れ。まさに飢えたオーガを仕留めるための毒というわけだ」
「翌朝行けば、ほぼ全員が水場で足腰が立たず、うめいております。ただでさえ臭い連中が汚物まみれになって不快ですがな」
「早朝の部は盛大なスイカ割りというわけだ」
「たまに毒があまり回っておらず、逃げる者もいますが、それは猟犬で追い詰める昼の部で楽しむのが定例です」
指揮官とひげの言いように気分が悪くなっていくのをグラウェは感じていた。
「つまり、明日の早朝は腕の運動、昼は足の運動だ。グラウェ殿もぜひ張り切っていただきたい」
「今回はルズベグ様好みになりましたなあ。私は生け捕りのほうが断然いいのですが」
「ははっ、お前は趣味が悪すぎる。あんな連中を犯して楽しむのは理解しきれん」
「おやおやルズベグ様、ゲテモノが美味なるは世の常識ですぞ。それがわからぬようではまだまだお若い」
「くっく、またそれを言うか。ところで、グラウェ殿。おし黙ってしまっているが、どうかされたか」
「いえ……」
「私のやりようを、卑怯と思われるか?」
ルズベグの問いに思わず返答ができずにいると、またもひげが口を挟んでくる。
「ラウドル公の『粛清』に照らしあわせますれば、この上なく聖道と言えましょうな」
「獲物を餌で引き入れて罠にかける猟師と同じことよ。猟師を卑怯と呼ばわる者は、私は見たことがない」
「いえ、卑怯などとは思っておりませぬ」
「そもそも、ラウドル公の前例があるというのに、疑わずに保護下に入ったり、食料の提供を受けたりする程度の脳ですからな。死んで当然かと」
「まあ言ってやるな。連中が信じるのは私ではないのだ」
「ふむ? どういうことでしょうか」
ひげは興味深そうに質問を返した。
「連中は隠れ里を信じておるのさ。『世界のどこかには同族が逃げ隠れる事に成功した理想郷があり、そこにいつかたどり着きたい』とな。そう夢想しながら逃げ隠れているからこそ、私の言葉を聞かずにはいられん」
「なるほどなるほど。保護した際、嬉しそうにしゃべり続ける連中は、まさに『夢を叶えた心地』というにぴったりの様子ですからなあ」
「その道中のときに雑談で聞いたオーガのことわざが数奇なものでな」
身を乗り出して、わざとらしくにやりと笑ってためを作った指揮官に、ひげは待ちきれず答えを急かす。
「それはどのような?」
指揮官は笑いをこらえながら言った。
「『どじょうを釣ったら小枝』だとよ、くっ」
「あっははははははははは! それは! 腹がっ苦しゅうございますぞぉっははは!」
「まことよ、内心で『釣られたのはお前であるぞ』とこみ上げ、笑いをこらえるのが大変だったわっははっは!」
指揮官とひげは酒も飲んでないのに顔を紅潮させるほどに盛り上がっていた。
「ごほっ、まあ誰しもが『見たいと思っているものを、幻覚として見てしまう』ということだな。どじょうを願えば小枝がどじょう、理想郷を願えば棺桶が理想郷に見えるということよ」
「……ふぅ。いや、ルズベグ様の小話はいつも深みを感じますし、外しませんなあ」
「神殿騎士のたしなみよ。さあ、明日は朝が早い。グラウェ殿の見張り番は最後ゆえ、そろそろ休まれるがよい。明日は存分に、楽しまれよ」
「た、楽しむのですか」
「そうとも。この『聖掃』の任は楽しんだもの勝ちだ」
追加でくべられた薪に一瞬たき火は小さくなり、またぱちぱちと音を鳴らし続けた。
「夜があける、そろそろだな」
西の手勢が静かに集合した。指揮官はゆっくりうなずき、剣を抜く。兵もそれにあわせて剣、槍、鈍器を手にした。
「まずは集落に入る。集落に残っている者は動ける者優先で処理し、倒れている者は後回しで構わん。おそらく大半は村より少し奥にある支流の近くにいるはずだ。では行くぞ!」
はしゃぐかのような勢いで駆けていく指揮官に兵士が続く。
指揮官が広場に入ると、そこには一人の男だけがいた。柵に手をかけ足は震えており、なんとか立っている様相の男は、魔物使いの人相書にも描かれていたハヤトだった。
「ごちそうは楽しんでいただけたかな?」
指揮官は勝ち誇った顔で声をかけた。




