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回想 〜セフ視点〜

前話

オーガの食糧事情を聞く

 幼い我が子サリベクが歩けなくなって数日が経つ。

 わずかに採れた食料を摺(す)り潰し、水に溶いて口にふくませているが、明らかに量が足りない。


 自分の分も分けてあげたい。

だが、大人は食事を広場で取る事、自分の分を他の者に分け与えてはいけない事を守る決まりとなっている。


 食料を獲って来る者が飢える事は一族にとっての全滅だからだ。

 もちろん、大人とて決して充分な量の食事があるわけではないが……


 自身のうるさい腹に手をあててやりきれない気持ちになる。

 妻は体が強くはなく、難産の末、出産翌日に息を引き取った。

 同時期に出産をした母親が一族におらず、母乳を飲めずに育ったせいか、我が子も決して体が強くない。


 このままだと近いうちに最悪の事態となる。やはり一人でサルナシ高地に向かうしかないかと思い立った矢先、後ろから声をかけられる。


「セフ、西に行こうぜ。カモシカが獲れりゃ一発逆転だ。ダメでも西側の木なら甘い樹液が取れる。先に樹液受けを仕掛けてから狩りを始めりゃ、手ぶらはねえよ。うまくいきゃ樹液とカモシカだぜ」


 危険な提案をしてきたのは親友のアコシュだった。


「その仕掛けを人間に見つかると集落全体が危険になるぞ。猟犬を連れた猟師からは簡単に逃げ切れるものじゃない」


 しかしアコシュは引くつもりはなかったようだ。


「今日や明日にでもやばいってときに何言ってんだ。俺にとっても姪っ子だろうが。あいつの忘れ形見を死なすわけにゃいかねえよ。まあ人間の農家は初夏頃は冬小麦の収穫中だからよ。森に来てるほど、暇じゃねえさ」


 悩んだ末、族長である父の許可を取り、親友であり義兄でもあるアコシュの提案通りにした。




 四人で出発した狩りは順調だった。

 到着後は慎重に目立たない場所を見定め、手頃な太さの枝を折り、枝の下に竹の樹液受けを取り付ける。

 カモシカは狩れなかったが、なんとアナグマの巣を二つも見つけた。


「かっかっか! 死んだ振りでやりすごそうとしてくれるアナグマちゃんはかわいいねえ!」


 アコシュは上機嫌で笑いが止まらない。

 アナグマを血抜きした後、仕掛けた樹液受けを回収して戻ろうとした矢先だった。




「やっぱり居たぞ! オーガだ!」


 緊迫感のある鋭い声に、心臓を掴まれるような思いをした。森の西側には応援を大声で呼んでいる人間の姿も見える。


 弾けるように駆け出した。

 おそらく樹液受けを見つけた人間が山狩りに来ていたのだろう。


 全員で南東に向けて走り出す。万が一の際に決めておいた事だ。

 見つかった場所から真っ直ぐ東に逃げると、その直線上にある集落が見つかる可能性が高いと思っての事だった。


 猟犬の吠える声も聞こえてきた。全力で駆け続け、西の支流が見えた。

 今までに来た事がないほど南に進んでおり、初めて見た場所の支流は崖下の川となっていた。


 このまま川沿いに走るか、それともこの小高い崖を超えるか。前者は猟犬に喰いつかれた時点で終わりだろう。


「崖を登るぞ!」


 川の浅い部分を駆け抜け、獲物のアナグマを崖の上に放り投げる。それから石の突起に手をかけて駆け上がった。


 いち早く崖の上に達し、他の者に手を貸そうとした瞬間――


 アコシュが手をかけた石が、ごろりと崖から剥がれた。


 アコシュは背中から下の川に落ち、先行していた追っ手の猟犬が追いついた。

 腕に食いつかれたアコシュの声が一際大きく響く。


「逃げろ! 行け!」


 全力逃走だった為、既に槍は投げ捨てていた。

 せめて岩でも投げつけて猟犬に当たれば、アコシュも逃げられるかもしれない。

 そう考えたその時ーー


 アコシュは猟犬の首を締め、共に川の深い場所に沈み込んだ。


「何故だ! アコシュ! 上がれアコシュ!」


 水面には大きな泡と波紋が乱れている。

 遠くから人間達が追いついて来る音を感じ、崖上の木に身を隠した。


「くそっオーガの野郎! 上がってこい!」


 人間は弓と剣をアコシュが沈んだ水面に構えて包囲している。

 親友がもう逃げきれない状態となった事を悟り、静かにその場を離れた。




 泣きながら走った。

 最後まで足掻(あが)けば逃げられた可能性もあった。


 だがアコシュは私達三人と集落の為に自分の命を使った。

 あの場で自分が殺される事をわかっていながら、それでも追っ手一行の唯一の猟犬を仕留めにいった。


 だがそうでなければ、獲物を持った我らの臭いは、かなりの距離と精度でじわりと追跡されただろう。


 命を投げうったアコシュが失敗するとは思わなかったが、念のために集落には直接戻らず、臭いの追跡を撒くために西から二本目の支流へ向かった。

 二本目の支流ではいったん渓流を突き抜け、もう一度同じ場所から川に戻る。それから上流に移動して川をでた。


 だが集落に戻った私は父ミンカブの言葉でさらに打ちのめされた。



「セフ、……サリベクが少し前に、息を引き取った」



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