明け方ご飯
前話
オーガ集落でご飯の準備
戻った時には串の準備もできていた。オーガ達はむさぼるようにグリセリンのかかった芋を食べている。
「ゔゔぅ、ゔまい……ごんなにっ、甘ぐで美味じい芋は……初めでだ」
「おいしい! おいしい!」
大人も子供も泣いていた。もらった技能で天使の依頼に応えているという実感がわいてくる。
人数を考えると、もう少したき火を大きくして大量に焼きたいところだ。
「トラ美、薪の追加も頼んでいいか」
「かしこまりにゃ」
言うが早いか、ひゅんと集落外に駆けていく。
もはやオーガ達はトラ美におびえる事はなく、手際よく倒木を割って薪を作る様子を見て、口々に賞賛と感謝の声をあげていた。
アオイさんと那須じいは魚に串を刺してたき火にセットしている。芋も魚も待ちきれないオーガ達は二人を食い入るように見つめていた。
「こら、そんなに取り囲むように見たらお客さんらもやりにくいだろ! 少し離れて待ってろ!」
オーセは見た目は若いオーガだが、仕切る立場にあるようだ。
焼けるのを待つ間にも芋は運ばれてくる。キュアをかけてはたき火にセットしていると、いつの間にか夜は明け、鳥の鳴き声が朝の到来を告げていた。
はじめて集落を見渡してみると、バスケットボールのコート二面分ほどの広さだった。
横に広い大木を利用した家がそこかしこにあり、居心地は悪くなさそうに見える。
大木は同じ根から複数の幹が伸びていて、二メートルぐらいの高さから幹が曲がっている。
地面と水平になって広がった幹同士に葛のつるを束ねた綱を張り、その上に屋根として柳の木を積んでいた。
葉の先端が外周側に向かっている為、雨漏りに関しては心配は要らなさそうだ。
吊り下げるようにしている柳部分もあり、ちゃんと家として成立している。
ただし感心したのは家だけだった。地面に敷いている敷き物はあまり感触が良くなさそうだ。家具や鉄器や陶器なども見当たらない。
「はっきり言って、地球で言う原始時代の文明レベルだな」
これからの苦労を予感しつつ、誰にも聞こえないようにつぶやいた。
その後、荷車を持って帰ってきたセフにも芋と魚を提供した。既に魚も三回取りに行っているのだが、それでも次々にオーガ達の胃に消えていく。
オーガたちの食欲はまだまだ尽きない。今度は老いたオーガがオーセに手を取られて焚き火の横に来た。
先ほどのオーセと同じく、手を鎖骨のあたりに持ってきた姿勢で堅い口調の礼を述べる。どうやらこのポーズは日本人のお辞儀のようなものらしい。
「ハヤト殿、かように多くの食料を与えていただいた事、まこと感謝の念に堪えぬ。手前はこの一族の長でミンカブと申す。我が子セフとオーセに失礼は無かったであろうか」
「最初は槍を向けられたが、事情は少し聞いた。気にしてない」
「改めて、その点については申し訳なかった。ハヤト殿、許してほしい」
嫌味を言ったつもりはなかったのだが、セフがかしこまってしまった。
「いやいやいや、本当に気にして無い。お互い水に流そう。族長も、そんなに堅苦しいしゃべり方は無しだ」
「うちからも、もう一回礼を言わせてよ。アオイさんにもらった蜜を食べさせたら、立ち上がれなかった父ちゃんがこの通りだ」
オーセは感激を隠しきれない様子だった。飢えがひどくて軽い低血糖状態だったのかもしれない。
「もう百四十二歳の老いぼれゆえ、このまま朽ちてもおかしくなかったのだがな」
ミンカブはからからと笑う。
「長生きな種族なんじゃのう。セフとオーセの歳も聞いてかまわんかの?」
「私は三十歳だ」
「うちは二十二歳だよ」
「百二十歳で子供をこさえることができるとは豪傑じゃな」
那須じいは秘訣を聞きたそうな顔をしている。
腰を据えた村長にも芋を進めつつ、気になっていた事を質問する事にした。
「二つほど質問してもいいか?」
「構わない。聞いてくれ」
セフが魚を食べながら返事をした。
「話に聞いた以上に食うに困っていたようだが、もともとこんな状況ならとっくに全滅していたはずだ。最近、何か特別な理由があったのか?」
眉をしかめながらゆっくりセフは喋り出した。
「いくつかある。まず五十日ほど前、我らの同胞十九人が合流することになった。彼らは南の地で追われてカプラーン大森林に入り、ドルバ河沿いに北上してきて出会ったのだ。そのことはもちろん、大変喜ばしい」
少し伏し目になりながらセフは続けた。
「ただ、周囲で獲れる食料が人数分増えるわけではない。例えば柳の木の枝の仕掛けで川エビやタニシを採ったり、この集落周辺にわずかに群生する木の実や果物を採ったりなどだな」
周りのオーガも俺達の話を聞いていたが、一部ばつが悪そうな雰囲気になっている。
「人数分の食料をなんとか確保しようとして、採集を繰り返し、近くの支流の溜まりにいたエビなどは食いつぶしてしまった。この集落を捨てても他に良い当てもない。四方で食料を探し求めたが、急には見つからなくてな」
「農業や牧畜や大型動物の狩猟などはしないにょろ?」
「恥ずかしながら今日を生きて行くのに精一杯で、将来に期待する農業は今の我らには難しい」
「確かに農具もないんじゃ、効率はあがらんじゃろな」
「家畜も同様だ。食べられる動物はその日に食べてしまうし、そもそも牧畜に適した動物の捕獲と飼育はこの森の生物では難しい」
「カモシカは獲らないのにゃ?」
「カモシカはあまりこのあたりに居ない。人里の畑を荒らす目的か、それとも森中央に居る我らを避けた結果なのか、もっと西、森の出口付近に群れは偏っている」
確かにトラ美がカモシカを獲ったのは森の入り口付近だった。
「人里の近くが危険なら、それは難しいですよね」
「そうだ。それに昔から我らは手先が器用ではなく、力仕事をする者がほとんどだったと聞く。人間による迫害が始まって、住む場所も追われて以来、今では大した道具は作れない。森の獣狩りは腕っぷしではなく、罠や弓の方が役に立つからな……」
オーガにとっては、人間社会の普通の工具や道具も、ロストテクノロジーになってしまったということか。
「決定的だったのはここから北、我らがサルナシ高地と呼んでいる場所の変化だ」
周囲のオーガ達がぴくりと反応し、食べるのを止めた。
「秋にソバの実の袋とサルナシの実を交換しに来る狐人族から聞いたのだが、北の自由商業都市連合は今、経済力だけなら帝国を追い落とす勢いで発展しているらしい」
「サルナシは小さなキウイみたいな実だよ」
サルナシがどんな植物か知らない俺の表情を察し、八木ちゃんが小声で教えてくれた。
「北の開墾や伐採などの影響か、去年から凶暴な熊がかなりの数で増えてきて、うかつに近づけない。ベリーやムカゴや山芋が豊富。さらにそれを目当てに集まる小動物の獲物も期待できる我らの生命線とも言える場所だったのだが……」
セフは数秒黙った後に絞り出すように続けた。
「それでも飢えに耐えかねて、二十日程前に数名で向かい、そして男オーガが一人、熊にやられた。女子供を先に逃がそうとして、な……」
聞いていた子供が泣き出していた。
さらにセフは涙を拭いもせずに続ける。
「そして……四日前に親友と、私の子が死んだ」
俺達は誰も声を発する事ができなくなっていた。




