オーガの集落
前話
土産を持っていったんオーガのセフが帰還
「走ってくる足音にゃ。裸足だから多分さっきのオーガにゃ」
トラ美の声で目がさめた。
空を見上げても夜は明けておらず、この時間の再訪に違和感を覚える。
トラ美の言う通り、足音が近づいてきて現れたのは擦り傷だらけになったセフだった。
「頼む、助けてくれ」
息を切らしながら話すセフによると、帰還した際、すでに集落で騒ぎが起きていたらしい。
東にある川の飛び石を越え、セフの道案内の元、集落へ向かう。
「おそらく空腹の限界だったのだろう。子供がマガタマイモを掘ってそのまま食べたようだ……かなり弱っている」
背中に乗ったセフの言葉を聞いて、経験者の那須じいがしかめっつらをした。
「随分思い切った事をする子供じゃな」
「当然、絶対に食べてはだめだと教えてはいるんだが……幼い子でもあり、飢えて判断できなかったのだろう。その子はもう意識もなく、水も飲めなくなっている」
緊急事態のため、荷物は置いていく。真っ暗な中での移動は危険なため、トラ美が先導して那須じいが後続する形にした。
セフとアオイさんは那須じいの背中、俺はにょろ助に巻かれている。
トラ美は正面の植物を踏みつけ、ならしながら進んでくれた。巨大になっているとはいえ、こんな勢いでは前脚は傷だらけになっているのではないだろうか。
「トラ美、すまんな」
「大丈夫にゃ、後で治してにゃ」
「見えてきた」
一時間程走り、空がかすかに白んできた頃、前方にたいまつの灯りが見えた。
「道を開けてくれ! 治療ができる客人を連れてきた!」
たいまつの光に照らし出されたトラ美を見て、セフに言われるまでもなく周囲のオーガ達は距離をとる。表情からはおびえや不信がのぞいているように見えた。
「治療が必要なのはこの子らか」
たいまつの光の下まで進んで話しかけた。
人間だと三歳ぐらいの子が父親らしきオーガに抱かれている。その横は母親オーガだろうか。両親は涙でぐしゃぐしゃになりながら、周囲のオーガ達とは反対に、すがるような視線を向けてきた。
「待たせたな。心配は要らない」
早速キュアをかけると、子供はすぐに目を開けた。
「……おとうさん、のど、かわいた」
「おおぉ、お、おおっおっ……よがっだ……さあ水を飲みなさい……」
「あああああああああ、うぐっ、うう……」
ぼろぼろと涙をこぼしながら、両親はむせび泣いた。周囲のオーガからも安堵のすすり泣きと感嘆の声が聞こえる。
「お水もですけど、綺麗にしないといけませんね」
下痢と嘔吐がひどかったのか、倒れていた子と抱いている両親がかなり汚れている様子を見て、アオイさんが声をかけた。
腕を翼に変え、高く掲げてお湯のシャワーをざあっと勢いよく出し始める。
「体を冷やさないように、温かいお湯にしましょう。飲んで大丈夫ですよ。ついでに体もこれで洗ってください」
オーガ達は目を白黒させていた。
「一体これは……」
神妙な顔つきでセフが聞いてくる。俺は後回しになっていたトラ美の前脚にヒールをしながら答えた。
「事情があって特別な技能を持ってるんだ。それよりもセフ、栄養状態が悪いのはおそらく治せない。何か食べさせないといけないし、すまないが俺達の荷物を回収してきてくれないか。その間に俺達が朝飯の準備をしよう」
「わかった。本当にありがとう、すぐに取って来る。こいつは俺の妹だ。何かあればこいつに言ってくれ」
セフは横にいた女性のオーガの背中を軽く押し、一歩前に出させてから周囲に声をかけた。
「おおい、お前ら! 客人のハヤト殿とお連れさんが食べ物を用意してくれるそうだ! 手伝えるものはしっかり手伝うように頼む!」
オーガ達から歓声があがった。
「オーセだ。子供を助けてくれてありがとうよ」
紹介されたセフの妹は、両手をあげ、左右それぞれの鎖骨あたりに手をあてる姿勢でしゃべり始める。
つり上がった眉・鋭い目つき・やせ細った体・高身長・ぶっきらぼうな口調だったが、にっかりとしたその笑顔は人当たりの良さを感じさせた。
「ハヤトだ。夜も明けきってはないが、他にも腹が減ってるやつもいるだろう。芋の中にある毒を消すから、マガタマイモをそこらで掘ってくるよう大人に伝えてくれ」
「わかった。すぐにとりかかる」
ほどなくして、目の前に芋のお風呂が作れそうな程の量が集まった。
「この集落は何人居るんだ?」
「四十七人だね」
「なら、しょっぱなとしてはこんなもんでいいか」
念入りにキュアをかけようと思ったが、必要がない場合は俺の手も光らないようだ。それが完了の合図なのだと判断し、オーセに告げる。
「もう大丈夫だ。好きに調理して食ってくれ。無いと思うが、万が一食べた人間が体の異常を感じたりした場合はすぐに言ってほしい」
「あ、ああ…ありがとう。うちらは普段これを食べないんだけど、ハヤトさんはどうやって食べてるんだ?」
「火にかけて炒めて食べてますが、多分茹でても煮込んでもふかしてもいいんじゃないでしょうか」
代わりにアオイさんが答えてくれた。
オーガ達には調理器具もなさそうで、普段どうしているか聞くと、厚みがあるしっとりした葉と竹を半分に割ったものを持ってきた。どうやら焚き火の下で蒸し焼きが定番らしい。
「グリセリンで甘みをつけて食べると、手軽に高カロリーが取れていいかもしれんの。倒れておった子は芋もすりつぶしてあげた方がええじゃろう」
「甘いふかし芋って感じになりそうだね」
甘いものが好きだった八木ちゃんは嬉しそうな声を出す。
「待つ間に、この広場も座り心地をよくしておこうかのう」
那須じいの発する緑色の光を見て、オーガ達の目にさらなる期待が高まっているように見えるが、ただの草だと知ったらがっかりしそうだ。
飢えた四十七人相手だと、今の芋だけではまだまだ足りないだろう。魚にも取り掛かる方がいいか。
「オーセ、このあたりに川はあるのか」
「ドルバ河の枝分かれがすぐ東にあるね」
「じゃあそこに案内を頼む。かごなんかもあれば持ってきてくれ」
「わかった」
オーセは竹で編んだようなかごをすぐに持ってきてくれた。
「アオイさんと那須じいはここで待っておいてくれ」
「はい、料理を続けておきますね。すぐにお芋が食べられないオーセさんはこれをどうぞ」
アオイさんはグリセリンの容器をもう一つ出して手渡す。
「このように蓋をあけて、ぺろりと舐めてください」
「なっ……これ、あまぁ……」
オーセは手にとって舐めた姿勢のまま固まり、目を向いて驚いている。
「それだけ飲みすぎると腹がゆるくなるかもしれん。ほどほどにな」
「あ、ああ……。それなら子供達にこれをあげてもいいかい」
「まだたくさん出せますし、お芋にかけてあげるつもりなので、それはオーセさんが召し上がってください」
「わかった。大切に食べさせてもらうよ」
「それじゃ行って来る。魚の串の準備は那須じいが指示してやってくれ」
「任されたわい」
串だけではなく、たき火の拡張なども那須じいは指示してくれていた。
魚の調達もすでに慣れたものだ。にょろ助は口をあんぐりと開けて牙から毒液を勢いよく出し、浮いてきた魚をくわえてはひょいひょいと籠に入れていく。
「自在に尻尾が動くんだな……」
オーセはさっきから驚きっぱなしだ。
「猫のトラ美と蛇のにょろ助はくっついてるけど別々なんだ。ちなみに人も一人、入ってる」
かごにキュアをかけながら答える。
「生まれた時からなのか? それとも一緒の生き物になる儀式などがあるのか?」
「後から一緒になった。みんな俺の大事な家族だ」
「姉にゃ」
「お嫁さんです」
「弟だにょろ」
驚いてばかりのオーセだったが、俺の言葉に急に安心したような表情を見せた。
「そうか……人間は人間以外を虐げるが、ハヤトさんみたいな人も居るんだな」
「皮肉な事に、そのせいで追われてるんだ」
俺が那須じいを頭に浮かべながら苦笑すると、オーセは突然こらえきれない様子でふきだした。
「あはははは! なるほど、ハヤトさんとお仲間はたしかに人間離れしてるからな。もちろん、これは褒め言葉だよ」
「俺もかよ。まあありがたく受けとっておく」
「スーパーにゃんこのトラ美様だにゃ」
トラ美はえへんと得意げに目を細めた。




