森オーガ
前話
オーガのお腹の虫が鳴る
互いに自己紹介の後、二回目の飯の準備にとりかかる。
オーガのリーダーはセフと名乗った。
「もう一回、魚を取ってきてくれるか」
「かしこまりにゃ」
「行って来るにょろー」
にょろ助に籠を持たせ、トラ美に川に走ってもらう。那須じいは取り上げた石器の槍を使い、芋を追加で掘り起こしてくれていた。
「トラ美というんだが、さっきの猫が帰ってきたらお前達の手枷を外す。変なことをしようとしたら、次は身の安全は保証しない。俺と違ってトラ美は気が短いからな?」
「あれは、猫なのか……わかった」
「飯でも食いながら話をしよう。いくつか聞きたい事もある」
言いながら、ごろりと集められた芋にキュアをかけた。
「人間と我らで、食べられる物は変わらない。マガタマイモは毒があるんだが、なぜ食べて平気なんだ?」
マガタマイモと言うのか。
「俺は解毒とか治療ができるんだ」
「なんと……人間にはそのような力があるのか」
「多分俺だけだ」
トラ美が帰ってきた。にょろ助が籠をひっくり返すと、またもアマゴがたくさん入っている。
「この魚は普段食べてないのか?」
こちらもキュアをかけながらオーガ達に訊く。
「ヒガンマスと言ってこれも毒魚だ。深さのある川底に棲み、住処に近づくものには攻撃する。身にも歯にも毒があるため、我らは深さのある川で食料を探すような事もできない」
にょろ助の毒を消すためにかけたキュアだったが、そもそもこの魚自体も毒を持っているらしい。
「けっこう過酷な森なんだな」
「人間に見つかれば殺される。人里以上に過酷な場所などない」
「聞きたいのはその事についてだ」
アオイさんに調理をまかせ、まずはこちらの状況から話す。
「俺達は追われてて、追っ手をまくためにこの森に逃げ込んだんだ」
「何をして追われているんだ?」
「特に大した事はしてない。まあ仲間の姿を見て大騒ぎになってしまったから、害意がないことすら説明させてもらえなくてな」
本当は何もしてないわけではないが、あまり正直に言い過ぎるのも良くないだろう。などと考えていたら、セフからもすぐに同意の反応が返ってくる。
「ふん、人間はいつもそうだ」
「なので引き返せと言われても正直困る。どうしてもというなら、方向を聞いて迂回するぐらいだな」
「この先はドルバ河が国境で、越えるとヴィルアック王国だが、カプラーン大森林は王国側にも広がっている。これから王国に逃げるつもりか?」
たしかお妃様が亜人の貧しい国だったか。
「まだ決まってない。町で聞いた話だと、この国は亜人差別がひどいそうだが、セフ達もそれで森に逃げているのか?」
「差別程度のものではない。……迫害だ」
セフは苦々しい顔で吐き捨てた。
「なるほど。王国に行かず、この森に留まる理由はなぜだ?」
「王国には他国からの奴隷商人が入ってくる。人間は狐人族や狼人族、爬虫人族などはただの奴隷としか見ないが、オーガは別だ。討伐軍を向けて根絶やしにしようとしてくる」
何やらオーガと人間にはよっぽどの事があったようだ。
「お話し中ですけど、お芋が焼けました」
アオイさんが炒めた芋を大皿に盛ってくれた。
最初はおっかなびっくりだが、大丈夫だとわかると四人ともぱくぱくと食べていた。
アオイさんは次々と芋を炒めて差し出してくれるのだが、彼らの空腹度合いも半端ではない。
「それに王国に入っても、ここ以上に食べるものが無い」
勢いよく食べ続けるオーガたちはたまに喉に詰まらせそうになっている。
「奴隷商人はこの森を超えて王国に行くのか? その場合、お前らの村が見つかったりしないのか?」
「カプラーン大森林を超えようとする商人などは居ない。森を抜ける事自体も大変だが、中央のドルバ河は橋などかかってない大河だ」
だからこそ潜むのには最適ということなのだろう。
「じゃあ帝国と王国を行き来する道はまた別にあるってことか」
「普通はドムンド帝国から南のクリーネ山脈の一番標高が低い山道を南に超え、そこから東に進む街道で王国へは向かう」
「魚もそろそろ食べごろだと思います」
焼け具合を見計らっていたアオイさんから魚の串焼きも勧められる。
優しくほほえみながら手渡してくれる彼女は、世が世なら小料理屋を大繁盛させていただろう。
「ありがたい。むぅっ…毒がなければこのようにうまい魚だったか」
セフ達の食事のスピードは相変わらず衰える事を知らなかった。
「話を戻す。さっきの話だと、この森の中は人間が来ないといったことを言っていたが、一点先に謝っておきたい」
「なんだろうか」
「追われていると言っただろう。もしも森の奥深くまで俺を探して追っ手が来るようなら、お前達の集落も見つかる事になる」
「ぬ……確かにその通りだな」
「追い払える戦力は居るのかの? 見たところ期待できなさそうじゃが」
セフは黙り込んでしまった。ファンタジーでのオーガと言えば、筋骨粒々の代名詞みたいなものだが、この飢餓っぷりではどうにもならないだろう。
武器が石器である事もひどいが、防御力に関してはほぼ皆無と言っていい服装だ。
いや、服とも呼べない、茶色い布がかろうじて服の体裁をなしているといった程度のもので、足は裸足だった。
身長は皆二メートル近いが、正直、一対一でも人間に負けそうに見える。
「そこでじゃ」
那須じいは続けて喋り始めた。
「わしらをおぬしらの村に連れていくがよい。わしらは森に潜む間の寝床が欲しい。おぬしらはその間、腹一杯食える。万が一追っ手が来たら、もっと奥地に逃げる必要があるじゃろうし、体力はつけておいた方が良かろうな」
那須じいは俺の方をちらりと見て、眉毛をくいっとあげた。「ここはわしにまかせてくれ」とでも言いたげに見えたので、特に何も言わずセフの返答を待つ。
「ぬ……確かにこのようにマガタマイモとヒガンマスを食用にできるお前達なら、我ら全員に十分な食料を提供できるとは思うが……」
セフ達はオーガ同士で顔を見合わせている。
「人間が信用できん事情もあるじゃろう。村が近いなら、食えるようにしてあるその魚を持って、いったん帰って話し合ってはどうじゃ。夜も随分更けたしの。わしらは今日と明日の間は、追っ手が来ない限りはここにおるでな」
「……わかった。心遣いありがとう。さっきはすまなかった」
那須じいの提案通り、セフ達は大量の焼き魚と炒めた芋を土産に帰って行った。
「じじいの狙いはなんにゃ?」
オーガ達が去った後、トラ美が尋ねた。
「寝床と言ったのは本音じゃ。ここまでは天気が崩れとらんからええが、雨が降ったら快適な野営にはならんじゃろうからな」
「確かにそうですね、しばらく森住まいかもしれませんし」
この前の野宿は山の洞窟で過ごしたが、ずっと森だと雨の日は確かに快適に過ごせなさそうだ。
「あの格好を見てたら、ちゃんとした屋根のお家には住んでなさそうに思うにょろ」
「ならば、腹一杯食わせて建てさせればええ。連中にとってもとんでもなくいい話のはずじゃ」
「それに、飢えて困ってる人を助けるのは天使の依頼でもあるからな」
俺は天使の言っていた『飢餓』というキーワードを思い出していた。
「すごい食べっぷりだったよね」
オーガ達は夜も目が効くとは言っていたが、夜も随分更けてきた。来るとしても翌日だろう。
「寝ようか。トラ美、足音が聞こえてくるようならすぐに教えてくれ」
「まかせるにゃ、みんなゆっくり寝るにゃ」
ハッカオイルのおかげか虫も全く寄ってこない。森の夜も冷えるが、今日もトラ美のモフモフボディとアオイさんの翼に挟まれ、とても暖かい眠りに就けた。




