逃走
前話
ハヤトの救出を決意する八木ちゃん
何もせずに暗い牢屋で過ごす時間は、気が遠くなりそうな程、長く感じた。地下牢に入っているため、外の様子はわからない。
とはいえ、もう深夜にはなっているはずだ。何もすることがないので、寝てもいいのだが俺はそうしなかった。
なんとなくではあるが、「夜に皆が助けに来る」という確信があった。トラ美の性格を考えると、「何もせず帰りを待つ」は百パーセントありえない。
できれば手荒な事は避けてほしいと思うが、これもまたトラ美の性格的に無理な気がしていた。
そんな風に考えていると、建物一階に上がる階段から小さな音が聞こえ、光が漏れてきた。ずっと真っ暗な中にいたため、漏れて来る光だけでも姿が見える。
八木ちゃんが早足で牢の前に到着し、かちゃりと鍵を開けた。こんなスマートな登場は期待していなかっただけに驚きだ。
「おまたせ、ハヤト君」
「助かった」
素早く階段を上がる。一階の詰め所には、口から泡を吹いている衛士二人が倒れていた。
「死なせてないにょろ、噛みついて神経毒でしびれさせてるにょろ」
「使える技能だな」
アオイさんは二人をいそいそと拘束ベルトで緊縛し、声を出せないようにさるぐつわを噛ませていた。
しっかりM字開脚で固められており、これならキュアで治してやっても、騒いだり他に知らせたりは出来ないだろう。
死んではないとにょろ助は言ったが、長く麻痺状態が続くと、もしもの事故もありえるからな。
キュアの効果はヒールよりもさらに速効性があるようで、瞬間的に顔色が良くなった。
「騒ぐと殺すしか無くなる。静かにしておいてくれ」
一言だけ脅しを入れて立ち去る。
外に出ると町は完全に暗くなっていた。
「なっ、どうやって出たんだ!」
悪い事は続くものだ。扉を開けて外に出た瞬間、別の衛士に見られてしまった。ひょっとすると交代の時間だったのかもしれない。
衛士は高く響く笛を吹き、再度、俺達の逃走が始まった。今度は北の街道側に向かい、一番大きな通りを那須じいの背中に乗って疾走する。
「こっちだ! 撃て!」
指示の内容にどきりとして後方を見る。
今まさに路地から躍り出ようとしている衛士の武器が見えて、血の気が引いた。
ボウガンだ。
一撃で死ななければどうとでもなるだろう。だが頭にくらったりすれば即死も免れないのではないのだろうか。
衛士が体の向きをこちらに整えているのが、スローモーションで見えたその時――
「どぅっわっ!」
衛士が三日月の軌跡を描いて転倒していた。いつの間にか、アオイさんが上空からどばどばとローションをまいている。
衛士たちはなめし革の靴を履いているせいか、おもしろいように滑っていた。
街道出口にはトラ美が先行し、通すまいとしようとしてくる衛士を、軽く蹴散らしている。おかげで難なく北の街道に抜けることができた。
「助かったよ、みんな」
「ハヤト君が無事で本当に良かった。協力って素敵だね」
「とはいえ、今日は散々だったな。銀貨以上の貨幣全部と槍と外套を失ってしまった」
まあ貨幣はまた一ヶ月待てばいいか。
「でも……『俺のペットに触るな』って言ってくれたご主人様は、とっても素敵でした」
「そうは言ってない」
「トラ美、気が短くてごめんにゃあ」
「別にいいよ、いつも俺を守ってくれてありがとうな」
いつになく、トラ美はひげがしょんぼりしている。
「やっと僕の技能も役に立ったにょろ!」
「ああ、にょろ助は頼りになるな」
「はーちゃん、戻ってきて嬉しいっピー!」
「ピピも頑張ってくれてありがとうな」
俺以外全員、技能が役に立っている状況は少しあせってしまう。
「記念すべきハーレムメンバー一号を紹介するぞい! 栗毛の栗田じゃ!」
「ヒヒーン」
「じじいは少し反省しろ」
今夜はとても月が明るい。ひどい一日だったが、今はとても愉快な気持ちだった。




