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ラストです。
「ちょっと公式ぃ! 聞いてないんだけどぉ!!」
メルシアが苦情混じりの声をあげる。
現在、大空を泳ぐように飛ぶ竜の背の上で、彼女は荒れていた。
「何なのよ! 死ぬの怖いのに、数年かけてどうにか腹括って、もうすぐ殺されると思いきや、原作と違って颯爽と助けられて、しかもその相手が、影が薄いことをネタにされてばかりの今一ぱっとしないサブキャラでっ! 実は、敵数十人相手に立ち回れるようなチートキャラで、おまけにレオンと意味有り気な会話までするし! 何なのよもう! 本当に何なのよぉ、信じられない!! ちょっと裏設定どうなってるの!? 全然、原作じゃ触れられなかったわよね! 少しぐらいその情報、前もって開示してくれてもいいじゃない!! ──滅茶苦茶気になるわぁ」
強風に煽られ、乱れる髪を抑えつけてメルシアは半狂乱になりながら叫ぶ。そうしなければ、吹き荒れる風で声が掻き消されてしまうからだ。
「さっきからうるさいんだが、静かにしてくれないか? 我が主」
後ろから、うんざりしたような声が飛ぶ。スヴェンのものだ。彼女の慟哭は、先ほどから続いているのだが、彼は聞き流すことにした。正直、メルシアの言っていることが理解出来ないからだ。一々取り合うのも面倒なので、言いたいように言わせることにしたのだったが、そろそろ落ち着いて欲しい。
「主って、その呼び方は何!? 何なのっ?」
興奮状態のメルシア。意味なく突っかかってくるのが、実に煩わしいとスヴェンは思う。
「行くところがないから、君に仕えることにした。今後ともよろしく頼む」
「え、えぇー……何それ。もう、意味がわかんないだけど」
げんなりとした表情になるメルシア。百面相を繰り返して、ずっと顔が忙しそうである。
一通り荒ぶった後、彼女は深呼吸をした。どうやら、ようやくして心を落ち着かせることにしたらしい。
「……はああ、よし。もう、大分吹っ切れたわ。それで、これからどうするの?」
スヴェンはおもむろに振り返った。学園はもう、遥か遠く。今は、グルハプス王国の国境付近だろうか。そして追手が来ている様子はない。むしろ、竜の飛ぶ速さに追いつくような存在がいたら為す術もないが。
「このまま西に向かおう」
メルシアの問いに、スヴェンは簡潔に答える。
「へえ、西には何があるの?」
「迷宮がある。学園よりも大規模なものだ。その周りに都市が築かれているという話を聞いた」
──迷宮都市。スヴェンはそこを訪れたことはないが、風の噂では知っている。その場所では、迷宮に侵入して魔石を手に入れることを生業としている者達が大勢いるらしい。完全な実力主義で成り立っていて、他国の介入が認められていない、荒くれ者たちが生きる場所。
「しばらく、そこで身を隠す。おそらく、そこまでは王家の奴らも追ってこないだろう。仮に追ってきても、僕らを探り当てるには時間がかかるはずだ。その間にまたどこかに逃げればいい」
「なるほど……原作はグルハプス王国内というか、ほぼ学園内で完結していたから……それは盲点だったわ。気付かなかった」
小さく呟く。でも、とメルシアは心配そうな表情を浮かべる。
「いつまでかは分からないけど、そこで生活するわけよね。私、これでもお嬢様だから、あまり世慣れとかしてないし、迷宮に侵入して日銭を稼ぐとして戦闘をするにしても召喚師だから、はっきり言ってあまり強くないわよ? 私自身、接近戦とかからっきしだし。魔物に近付かれると、どうしようもないんだけど」
学園内の迷宮よりも大規模であるということは、その分、出現する魔物も強力になり、危険度も増すということだ。彼女は、自分がスヴェンの重荷となると思っているのだろう。
「何を言っているんだ。僕が守る。そのための騎士だろ」
その顔は、当然だと言わんばかりである。
「それに今しがた大人数の騎士や魔術師を竜を操って蜘蛛の子を散らすように圧倒しておいて、今更その自信の無さはなんだ。……それに、今の君はひとりじゃないんだ。今後、いくらでも僕を頼って欲しい。僕と君の実力なら、おそらくどこの迷宮でもやっていけるはずだ」
「まあ、そうね……。そうよね、頼りにしてるわよ、騎士様」
スヴェンの励ましの声に、彼女は屈託のない微笑みを浮かべた。
「ああ、任せてくれ、お姫様」
スヴェンは自信に満ちた表情で胸を張りながら即答する。
「うわあ、それ何……? 凄い恥ずかしいんだけど。絶対に止めてよ、人前でお姫様とか言うの」
スヴェンの発言にメルシアは頬を赤らめる。そして、発言したスヴェンも顔を伏せるように下を向いた。
「安心してくれ、もう言うつもりはない。僕も死ぬほど恥ずかしかった……」
そして二人して羞恥に身もだえしたのだった。
「──ねえ、聞いてもいいかしら」
唐突にメルシアは、話を切り出した。彼女の声音は真剣味を帯びている。
「どうしたんだ?」
「その、あなたと……レオンは兄弟なの?」
スヴェンの琴線に触れないよう、恐る恐るといった様子で、メルシアは訊いた。
「ああ、そうだ。血は半分だけ繋がっている」
しかし、大した事ではないという風にスヴェンは答える。
「……そう」
「幼い時は、僕は彼を心の底から尊敬していたよ。でも、変わってしまったんだ、何もかも……」
「……第二王子は子供の頃に亡くなったと聞かされたわ」
「そうだな、その通りだよ。王子としての僕は、既にいないものとして扱われている。今の僕はスヴェン・ハイリ・グルハプスではなく、スヴェン・ハイリエンだ」
その名をどこか懐かしむように、スヴェンは目を細めて言葉を発する。
「別に、もうそんなことはどうだっていいんだ。僕は、スヴェンだ。今は、君の騎士をしている。──それだけで、十分なんだ」
メルシアは、何も言わなかった。そのことに関しては、今回のことでもう彼の中で決着が着いたのだと。かけるべきは、慰めや同情といった類の言葉なんかでは決してない。
「──ありがとうスヴェン。私を助けてくれて」
気付けば、自然とその言葉を口にしていた。
その言葉に、スヴェンは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに柔和な笑みを浮かべて言った。
「それは、こちらの台詞だ。──ありがとう、メルシア。僕を救ってくれて」
心からの礼。長年悩んだしこりがとれるかのように、スヴェンの心は、晴れやかだった。
スヴェンは、悪役になった。しかし、少女の前では一人の英雄であったのだから。
今までお読み頂きありがとうございました。
活動報告にて、第一王子のその後の話(+α)を掲載しています。正直蛇足なので、覚悟のある方だけどうぞ。