第5話 魔女襲来
「ひーまーだーよー」
コタツでゴロゴロしながら思わず心情を吐露する。
最近熱心に興じていた携帯ゲームも一区切りがつき、読みかけの小説も読破してしまった。
そしてこれと言って急いで終わらせなければならない用事もない。
まあ、もっともプロの引きニートである私にとって、このヒマさ加減も不快ではなく、むしろ心地良いのだけど。
こんな時、いつもなら呼ばれてもいないのにやって来て、自由気ままに振る舞う駄エルフも、しばらく来られないと言っていた。きっとサボってばかりで仕事を溜め込んでいたか、ついに上司の堪忍袋の緒が切れたのだろう。真面目に働けと私が言うのもどうかと思うが。
べ、べつにキミに会えないからって寂しくなんてないんだからね!
いや、本当に。こう一人でゆっくりと出来るのは久しぶりだ。
これはあれだね、惰眠でも貪るとしようか。二度寝、三度寝も思いのままなのだから。
やっぱり平穏が一番────
『警告します。黒の森深部への侵入者を確認。また周辺にて呪歌の反応を感知しました』
「ですよねー」
どこからともなく聞こえてくるセキュリティプログラムの人工音声に対し、私は脱力しながら呟きを零す。
平穏とは壊すために存在する一種のフラグである。
うん、知ってた。平穏なんて長く続かないからこそ尊いのだということぐらい。
でもよりにもよって呪歌か。さすがに無視を決め込むことは出来ず、私自らが出向かなければならないね。
しかし私をコタツから出そうなんて良い度胸だ。トイレでさえ我慢し、尿意とチキンレースを繰り広げ、どうにもならなくなって最終的に駄エルフにトイレまで運んでもらった黒歴史を持つこの私を。
というのは冗談だ。どこまでが冗談なのかという判断は各自に任せるとして、のんびりしていては被害が拡大してしまう。
私は重い腰を上げ、転移魔法を使用する。さらばコタツよ、私も辛いが一時の別れだ。
さてここで恒例の説明パートに突入しよう。
何からが良いかな。
そうだね、まずは私の家について語ろうか。
中央大陸の中心に位置する樹海、通称黒の森の最深部に存在する古代遺跡こそ私の現在暮らしている家──まあ家と呼んでいるが実際は天高く聳える巨大な塔の一区画に過ぎないが──だ。
そして何を隠そうこの遺跡は遙か昔、資源を求めて外宇宙へと飛び出した人類の調査船団旗艦が墜落し、この星の大地に突き刺さった姿だというではないか。
つまり紛れもなくこの世界はファンタジーにしてSFだったというわけだ。
墜落した根本原因は件の魔導侵食によって引き起こされたエラー。墜落後にも様々なドラマがあったようだが、何分にも私が覚醒する遙か以前の出来事であり、データベースやライブラリに残された断片的な情報でしかないため、ここでは割愛するよ。
未だ稼働する各種システムや艦内に残されていたコタツや携帯ゲームといった恩恵を得られた事が、私にとっては何よりの幸運と言えた。
普通なら冒険者や遺跡荒らしの手に掛かり、文明レベルの違いから到底理解されず蹂躙され、機能を維持できていたのかさえ疑わしい。
そうならなかったのは偏に黒の森が、この世界における最難関ダンジョンであった為だ。王道ファンタジーRPGのラスダンである魔王城よりも遙かに高いレベルの魔物が出現する、所謂隠しダンジョンといったところだろう。
しかも開発側が調整をミスったんじゃないのかと思えるほど凶悪で、例え魔王を討ち倒した勇者パーティだとしても、下手をすれば雑魚エンカウントでフルボッコにされるに違いない。
ボスクラスに至っては如何に戦わずにやり過ごせるかを考えた方が良いレベル。
実はこれに関しては私が反省すべき黒歴史の一つだったりする。だって魔物を交配させたり配合させたり合成させたりして、より強い魔物を創り出すのはやり込みゲーマーの義務だと思うんだ。
当然この世界の魔物に関する攻略サイトなんて無いから、結果に一喜一憂しながらトライ&エラーを繰り返すのは楽しかったよ。
さらに一部の魔物は使い魔契約を交わし、契約者である私の影響下に入ったことでさらなる強化や進化を遂げてしまっている。これは私にとっても予想外の事態なので責められても困ってしまう。
しかし苦労を重ね必死になって森を抜けた先で手に出来るものが、金銀財宝でも伝説の武器でも不老不死の秘術でも女神の加護でもなく、自己満足と蜜柑だと知ったらどうだろう? 酷いね。前世の私だったらコントローラーを投げ捨てて憤慨するが、現実であるこの世界の住人だと発狂したり絶望死したりする者が居てもおかしくない。よし、後で宝箱にそれなりの物を入れて設置しておこう。
閑話休題。
深い森の中を進む。その名の通り森の木々は深部に近付くほど、光さえも吸収してしまうほどに黒く、常夜の闇に包まれているかの如く。
まあ私として勝手知ったる庭も同然なので、特に迷うことも初見殺しのトラップに掛かることもなく目的地──チートボディの地獄耳が捉えた歌声の発生地点──へと向かう事が可能だった。
スッと胸の奥まで届き、心が澄み渡るような綺麗な歌声だった。これが呪歌と呼ばれてしまうのだから、もし存在するなら神は本当に酷なことをする。会う機会があれば一発殴ってやりたいものだ。
などと考えながら、ふと背後を振り返り、我が家のある方角を確認する。
偽装鏡面と呼ばれる光学迷彩と認識阻害結界の合わせ技は今日も正常に機能しているようで、その巨大な姿は視界のどこにも映らない。
自然の迷宮である黒の森とそこに住まう魔物に守られ、自ら姿を秘匿する事の出来るシステムを持つ我が家。引き籠もり生活を送るには最高の条件だと改めて思う。
私の浅はかさが招いた結果=黒歴史が生み出した平穏ブレイカー達の襲来を受けなければの話だが……。
そして私が唯一呪歌の歌い手として知っている存在『魔女』と対峙する。




