第6話 歌う魔女
あ、ありのまま今起こったことを話すよ。魔女を出迎え、対峙していたと思ったら、いつの間にか彼女の膝の上に座り、あまつさえ後ろから抱き抱えられ、後頭部を柔らかな二つのクッションに預けていた。
な、何を言っているのか分からないと思うけど、私も何をされたのか分からない。頭がどうにかなりそうだよ。催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃない。断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったよ。
いや、がっつりやった後でなんだけど、このネタはもう旬が過ぎたかな? 一時期は結構はやったけど。
けれど現状の説明としては間違っていないだろう。現に今、私は魔女である彼女に後ろから抱きしめられ、頭を撫でられている。外見年齢を思えば分からなくもないが、子供扱いは止めて欲しいところだ。何とも気恥ずかしい。
でも満足げな表情を浮かべる彼女の顔を見ては、あまり文句は言えず、実害は無いので放っておくことにする。
どうしてこうなったかと言えば、知人を我が家に招待した結果という至極単純な理由だった。
呪歌なんて物騒なスキルを保有する彼女だが、私に対して敵意を抱いていなことは知ってる。
その為、戦闘に発展する事などあり得るはずもなく、立ち話も何だから取り敢えず家においでよ。お茶でも出すからと話が進んだ。
まあ、唯一想定外だったのは彼女が私を膝の上に座らせたことだが。
彼女の名はセシリア・ハーモニック。
銀の長い髪、アメジスト色の瞳、そして整った顔立ち。身に纏うは漆黒のドレス。生憎と三角帽は被っていないし、箒も手にしていない。
駄エルフとはタイプの違う美人さんだ。駄エルフが派手めの迫力系美人だとすれば、セシリアは儚げなおっとり系美人。共通点は胸が大きいところか……。
くっ、お前達はどこまで持たざる者を嘲笑えば気が済むんだ! 成長の余地のない私を馬鹿にしているのか!? 無駄に自己主張しやがって、ぎりり。私を憐れむな、私だって本気を出せば、幻術や洗脳魔法で自身の姿を自由に錯覚させる事が出来るんだぞ。胸の大きさを変えることなど造作もない。だから憐憫の視線を向けるんじゃない、くそっ。
とお約束のネタで脱線するのはこの位にして話を戻すとしようか。
彼女の事を語る上で外せないのが、やはり魔女と呪歌についてだろう。
この世界における魔女の定義は前世の知識と異なっている。魔女と言えば女性の魔法使いや呪い師、占い師や薬師などを思い浮かべるのが一般的だろう。まあ百歩譲って魔法少女を含めても良い。だけどこの世界ではそのどれもが魔女とは呼ばれていない。
魔女、それは人も魔族も魔物さえ区別なく、等しく脅威を抱く災害指定存在であり、嫌悪の対象だった。
遙か昔、魔王に恋した力ある魔女──この時代までは前世の知識と同様の認識だった──が意中の彼を振り向かせるために、人も魔族も魔物も老若男女無差別に殺戮したことに由来しているらしい。本当にメンヘラって怖いね。
未だ世界には何人かの魔女の存在が確認され、聖教会に所属する聖騎士や異端審問官が日夜討伐に向けた努力を重ねているようだ。
あらゆる種族から忌避される魔女に、虫も殺せないようなセシリアはカテゴライズされてしまっている。
やはりその原因は彼女が持つ固有スキル=呪歌の性質せいだ。呪歌とは読んで字の如く呪いの効果を持った歌である。その効果はスキル保持者によって異なるとされているが、聞いた者を状態異常にするという点では同じだと言えた。
似たようなものに戦歌姫の戦歌というスキルがある。これは戦場に赴く兵士達を鼓舞して戦意を向上させ、一時的に興奮状態を生み出すスキルだ。しかし呪いと呼べるほど強力な効力はなく、催眠や洗脳系の魔法を使った方が確実かつ効果的と言えるだろう。
また魔物では船乗りを海中へと誘うセイレーンの歌声が該当するのかも知れない。ちなみに最初は半人半鳥だったセイレーンが、中世以降に半人半魚のイメージへと変化した背景には羅針盤の登場により航海能力が向上したためだとする説が有力だ。私個人としては某最後の幻想から耳元や髪から翼を生やした美女のイメージしかないが。
一方、セシリアの呪歌は狂乱歌、聞いた者を問答無用で殺し合わせる。例えそれが友人でも恋人でも夫婦でも家族でも容赦なく無差別に。しかも彼女の呪歌の効力は最高レベルらしく、例え聖教会の聖女によるデスペルでも打ち消すことが出来ないほどだ。
それによりセシリアは都市を滅ぼし、魔女に認定されたという。
けれどそれは彼女の意思ではなく事故のようなものだ。
強大な力が故の反動なのかは不明だが、彼女の呪歌は他者だけでなく彼女自身にも呪いを与えている。
彼女の清らかな歌声は意思に関係なく、その全てが呪歌の効果を孕む。ラブソングや民謡、童謡や国歌、果ては吟遊詩人の詩に至るまで──試したことはないが多分アニソンや電波ソング、ヘビメタなんかも例外ではないだろう──ありとあらゆる歌が呪歌へと姿を変える。
幼い頃より歌うことが好きだった彼女は、自身の変化に気付くことなく歌ってしまったのだろう。ほんと彼女に呪歌なんて能力を与えた神が居るなら凄惨な滅びを迎えるれば良いと思うよ。
「で、今日はどうしたのかな?」
「……ダメ?」
身体の向きを変え、セシリアに今日私に会いに来た理由を尋ねる。いや、別に自惚れて居る訳じゃない。私に会いに来る以外に彼女が黒の森を訪れる理由が思い付かないだけだ。
で、その結果がこれである。
首を傾げる仕草が何とも愛らしいが、普通なら会話が成立しない。
彼女はコミュ障だ。そう、それも知らない人と話すことを極度に苦手とする私以上、というかそれ以前の問題レベル。彼女の境遇を考えれば仕方がないのかも知れないが。
そう言えば最初に出会った時は困り果てたっけ。
まだ私が完全な引き籠もり精神を取り戻す前、出かけた先で恥ずかしながら迷子になって人里離れた森の中へ迷い込んだ先、夜の湖畔で彼女とは出会った。
月明かりに照らされて輝く水面は彼女の容姿をより引き立て、その歌声は今まで私が聞いたどんな歌手よりも素晴らしく、胸を、いや魂さえ震わせ、思わず最後まで聴き入ってしまう。歌が終わった時、私はまさしく一人スタンディングオベーション状態。
拍手の音で私の存在に気付いた瞬間の彼女の動揺は凄まじく、私は単に人に歌声を聞かれてしまった事が恥ずかしかったのだと考え、彼女に黒歴史を作ってしまった事実に申し訳なさで一杯だった。黒歴史の痛さを知っている身としては、どうやって償うべきか割と本気で悩んだ。
結局のところそれは私の勘違いで、呪歌を聞いても影響を受けなかった初めての存在に驚愕しつつも歓喜していた様子。流石はチートボディ、各種状態異常のレジスト性能も抜群だね。
ただその事を理解するまでが大変だった。何を喜んでいるのか、どうして好意的なのか、何故懐かれたのか分からず、新手の詐欺かと私もおどおどするばかり。
最終的に窮地を救ったのが通訳スキル。転生物ではお決まりのご都合主義の力か、それともこの身体が言語能力までチートだったのかは判断できないが、通訳や翻訳は完全に死にスキルとなっていた。
まさかこんな形で役に立つとは思いもしなかった。
さっきのセシリアの答えに対して通訳スキルのフィルターを通すと次のようになる。
「……ダメ?(いえ、これと言った用はなく、ただ貴女に会いたかったから遊びに来たのですがダメですか? ご迷惑だったでしょうか?)」
うん、普通に考えて分かるわけがない。
駄エルフを筆頭に本当に私の回りにはキャラが濃いとか属性過多な連中が多いね。類は友を呼ぶ? いやいや、ご冗談を。
「いいや、丁度私も暇を持て余していたところだ、むしろ歓迎するよ」
私の返答にどこか緊張していたセシリアの表情が満面の笑みに変わる。きっとマンガとかならにぱーとか擬音語が付きそうなほど。
一見クールに見える彼女のあどけない表情はギャップ萌えポイントが高い。
「まあ突然の呪歌には少し驚いたけれどね」
「……ごめんなさい(驚かせたことは謝ります。ですが私には戦う術が呪歌しかないです。もしかして怒ってますか?)」
笑顔から一転して心配そうな表情でこちらを窺うセシリア。さっきまでぶんぶん振っていた尻尾が急に垂れ下がる光景を幻視する。
ああ、もう!
「大丈夫大丈夫、私は理解しているから」
私は彼女の頭をお返しと言わんばかりに優しく撫でた。
魔女だ何だと畏れられている彼女だが実は攻撃魔法一つ使えない。呪歌によって強大な魔物──それこそ私の使い魔レベルだとしても──を狂乱によって殺し合わせ、その結果として倒すことが出来ても、純粋な戦闘能力では街人Aにすら敵わない可能性が高い。
その為、彼女は呪歌に頼るしかなかった。だが呪歌は戦闘スキルとして万能とは程遠く、歌い出す前や歌の届かない遠距離から攻撃を加える、またトラップを仕掛けておくなど、割と簡単に対処できてしまう。
ならどうして彼女が未だ魔女と呼ばれながらも、生き長らえているかと言えば、何も人里離れた森に住み、運良く人に見付からなかった──もしくは口封じに成功した──からではない。だとすれば答えは自ずと見えてくる。そう、やっぱり私が関わっているよ。
だって可哀想じゃないか。ただ歌を歌っただけで無過失責任を求められ、命を以て償えと言うのはあまりに酷だ。死者の無念や遺族の苦しみを知らない第三者の偽善だって言われても、私は反省も後悔もするつもりはない。名も知らない多数の死者よりも、目の前に居る一人の人間を助けたい。
だから私はセシリアに一着のドレスを送った。私が冒険者紛いにダンジョンを攻略していた時、とあるダンジョンの隠し階層のさらなる奥で厳重に封印されていたアーティファクト級の一品だよ。
付与されたスキルは一定以下の威力の物理攻撃を無効化する絶対防御、同じく一定以下の威力の魔法攻撃を無効化する魔術師殺し、そして遠距離攻撃を反射する矢返しの加護という防御偏重型。多分、駄エルフの全力魔法クラスでないと貫通できない破格の性能だったりする。
本当は私の個人装備にしようと考えていたんだけど、体型が合わない上に、別に装備しなくて既にそれ以上の防御性能を持っていることに気付き、残念なことにアイテムボックスの肥やしになっていた。
ただ後にそれを知った駄エルフがズルイだの、羨ましいだの、自分も欲しいだの、盛大に駄々を捏ねてウザかったことを追記しておくよ。
それから私達はガールズトーク(笑)を繰り広げた。ああ、そうとも、恋バナとか異性の話題とか甘くて胸焼けしそうな話題は一切無かったが……。
途中、セシリアに一緒にアイドルを目指そうとか言われてお茶を吹き出しそうになったけど。確かに昔、せっかく歌が上手いんだから、どうにかセシリアをアイドルとしてプロデュース出来ないかと動いたことがあったっけ。前世には三千円払えば無料で十連ガチャを回せるなんて迷言を残すようなプロデューサーさんがたくさん居たようだけどね。
録音した歌なら呪歌の効果は消えるんじゃないかと考えたりもしたが、どういう原理か効果は消えなかった。そして彼女の歌を録音したボイスレコーダーを無差別殺傷兵器の如く国中にばらまけば、結構簡単に国が滅ぼせるんじゃないかと思い至り、この計画は封印することを決めたよ。
結構熱く口説かれたけど丁重に断っておいた。どこかのしつこい駄エルフとは違い、すぐに諦めてくれたのは何よりだ。
「ふあぁ」
「……眠い?(眠いんですか、アイナ? はっ、もしかして私のせいで寝不足に!?)」
「ん? ああ、ちょっとだけね。もちろんキミのせいじゃないから安心して」
私が欠伸を零した事に、セシリアは焦ったようにおどおどしている。
欠伸一つで大げさだよ。
「……歌う(眠いなら無理は禁物です。よろしければ私が子守歌を歌いますので、私の事など気にせずにお休み下さい)」
「いや、子守歌って……」
外見年齢を思えば(以下略。
しかし彼女は期待した顔でこちらを見ている。きっと私に自分の歌を聴かせたいのだろう。現状では唯一彼女の歌を聴いても狂うことのない私に。
本当はもっと大勢の人に聞いて欲しいに決まっている。でもこのチートボディを以てしても叶えられない願いだってあるのが現実だった。ままならないね。
「そうだね……。じゃあ、お願いしようか」
「……任せて」
自信ありげに自らの胸を叩き、セシリアは歌い出す。
とても穏やかで、とても優しい歌を。
もしかしたら彼女が幼い頃に母親に歌ってもらった子守歌なのかも知れない。
その曲には我が子に対する親の愛情がたくさん詰まっているように思えた。
ふと脳裏を過ぎる前世の記憶。遠い遠い遙か過去の記憶が呼び起こされる。
自然と涙が込み上げ、それを隠すために、私は本当に幼子のようにセシリアの胸に抱き付いた。
お父さん、お母さん、先に逝ってごめんなさい。
だけど今生の私は多分死にません。前世の分まで生きてみせます。何せチートなバグ幼女ですから。
程なくして訪れた睡魔に私は抗うことなく身体を明け渡した。
目を覚ますと隣でセシリアが寝ていた。
一緒に寝てしまったようだ。
そして何故か、反対側で駄エルフが寝ていた。
どこか幸せそうな寝顔を浮かべやがって、解せぬ。




