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閑話 猫耳エルフの回想


 気付けば私は一人だった。

 両親も、友人も、知人も、その子供達ですら私の前から消えていった。

 長命な種族の代名詞であるエルフ、その寿命は長い者で千年とも言われている。

 だけど何事にも例外は存在するようだ。

 千年が経っても私に死の瞬間が訪れる事はなく、いつまでも変わることなく若々しい身体は衰えを感じる事さえない。


 そして遂には一族の終焉をこの目で見送った。排他的で閉鎖的なコミュニティーを形成していたが故の当然の帰結と言えるだろう。

 最後の一人を弔い、私は生まれ育った森を後にする。この世界に存在する私と同じ境遇のエルフを求めて。

 世界を巡り、情報を集め、幾つもの同族の集落を訪問した。

 けれど終ぞ出会うことは叶わなかった。


 私は悩み苦しんだ。何故自分だけが他のエルフとは違うのか。何故自分よりも後に産まれた子供達の死を看取らなければならないのか。何故同族にさえ畏怖を抱かれ、忌避されなければならないのか。私は何だ、この横に長く突き出た耳はエルフの象徴ではないのか?

 いつも答えのでない自問自答が頭の中をくるくる回る。

 生きることに疲れ、自らの手で終わりを齎そうと考え、実行に移したことも多々あった。


 けれどその全ては産まれ持った精霊の加護──しかも複数──によって阻まれる。私が加護持ちであると知った時、両親はとても喜んでいた。訳も分からず私も喜んだ。その幼き日の光景は今でもよく覚えている。加護は私の誇りだった。

 でも今ではそれが疎ましい。生殺与奪権を奪い、終わりの瞬間さえ選ばせてはくれず、憎しみさえ抱く。出来ることなら私もみんなと共に逝きたかった。


 孤独は私の心を蝕み狂わせる。

 人肌が恋しい、誰かに寄り添いたいと望んだ事もあった。

 しかしその誰かは確実に私の前から居なくなることは嫌と言うほど知っている。

 失うことへの恐怖を、失った瞬間の喪失感を、後悔を、絶望を、痛みを、苦しみを知っている。

 一時の癒しの代価としてはあまりに重すぎる。

 だから孤独へと逃げることしかできなかった。


 だがある時、私は『魔王』を知った。

 御伽噺に登場する悪役ではなく、魔族を率いる存在という意味でもない。

 魔王の名が持つ力の本質に気付いたと言うべきか。

 この世界に魔王として認められた瞬間、その存在は種としての在り方を大きく変質させている。

 例え元の種族が人間でもエルフでも魔族でも竜種でも、それこそ魔物だとしても、本来の種族からは考えられないような能力を保持し、種の枠を大きく逸脱した存在と化す。

 力を持つ者が魔王となるのか、魔王と成った者が力を持つのかは継続した研究が必要だろう。


 それでも元人間の魔王が勇者に討伐されるまでの数百年、老衰することなく君臨し続けた事実は私に大きな希望と可能性を齎した。

 そう、私が寄り添い続けられる者が存在しないというのなら、それが可能な者を創り出せば良いだけだ。

 その考えに思い至った時、私はひどく後悔した。何故もっと早くそのことに気付かなかったのかと。


 魔王創製計画の開始から幾星霜、意気揚々と挑んでみたものの残念ながら結果は思わしくなかった。

 肉体が与えられた力に耐えきれず死に至る者、心が壊れ廃人と化す者、精神に異常を来たし狂人と化す者、力に溺れ暴君として闇に落ちる者、思考を手放し獣に成り下がる者。

 彼等失敗作の魔王達は何の捻りもなく勇者達に討ち倒され、時に私自らの手で簡単に処分された。

 勇者如きに敗れ、私の力に拮抗する事もできずに消滅する。


 その程度では私を一人残して先にこの世を去る可能性が極めて高いだろう。

 試行錯誤を繰り返すが、なかなか望んだ成果は得られない。

 もっとも現時点でも老化現象が確認できない以上、時間に関して焦る必要はなく、研究に没頭している間は孤独を紛らわす事もできた為、完全に無駄な行為でもなかったと自分に言い聞かせた。


 もっと上手く出来るはずだ。次こそは、次こそは、次こそは……期待と落胆の連続は私の心に影を落とし、いつからか諦めの二文字が脳裏を過ぎる。

 そんな時だった、私の心に光が差したのは。

 突如として天から降り注いだ全てを呑み込む激しく眩い光。

 実験施設たる魔王城の周囲に展開された防御結界は光が触れた瞬間、刹那の抗いも許されずに砕け散った。何層にも魔法障壁を積み重ね、例え戦略級大規模魔法の直撃でも揺るがない私渾身の結界だというのに。


 ただ単純に威力を以て結界の強度を上回る神の如き一撃、それを放つことの出来る存在の出現に私の胸は高鳴った。

 半瞬、強引に破壊された結界の反動が施術者である私に襲い掛かる。全身を貫く激痛に辛うじて意識を手放すことなく耐えながら、私は咄嗟に転移魔法を使用した。そのまま光に呑み込まれれば結界と同様に、私の肉体は容易く消滅したことだろう。その選択肢を選べなかったのは自分の意思ではなく、痛みによって強く喚起した生きるという生物が持つ原初の意思=生存本能によるものだと、かつて死を望んだ私は言い訳しておく。


 しかし痛みを感じたのはいつ以来のことだろうか。痛みは自分が今この瞬間を生きていると実感させ、この世界に存在している事実を深く刻みつける。

 おそらく精霊の加護が無ければ──術式の規模に比例して大きくなる──反動を受けた時点で絶命していたに違いない。図らずもまた生き長らえたことを喜ぶべきか、それともまた死の機会を逃したと嘆くべきか。その答えはすぐに私の前に提示された。


 私は運命と出会った。思わずそんな安っぽい表現をしてしまうほどに衝撃的なものだったと言える。

 転移した先──地形から魔王城からそう遠くはない地点だろう──で待っていたのは一人の幼い少女。

 満天の星空を内包しているかのように輝く黒髪、どんな煌びやかな黄金細工も敵わない綺麗な金の瞳、その幼さに似つかわしくない怜悧さを感じさせる整った面立ち。年の頃は十にも満たない幼子であった。

 同行者の姿を確認することが出来ないが、ここが北の大地である事実を考慮すれば、ただの迷子だとは到底思えるはずがない。

 現に少女から心細さなど微塵も窺うことは出来なかった。何らかの意図を持ち、自らの意思でこの場に立っていると考えられた。


 彼女は静かに悠然と構え、値踏みするかのような視線でこちらを見つめている。まるで私の心の奥底さえ見透かしているのではないかと恐れを抱くが、魅入られたようにその金の瞳から視線を逸らすことが出来なかった。

 転移の際、転移先を指定する余裕などなかったことから、私にとってこれは意図せぬ出会いであったことは明白。

 しかし少女は突然私が目の前に転移してきても驚いた様子を見せては居なかった。彼女にとってこの出会いは偶然ではなく、必然であったのだろう。

 もしかすれば彼女が私を喚んだのかも知れない。


 だがどうやって?

 発動した転移魔法に干渉し、術式を書き換える方法などこの長い一生でも聞いたことがない。

 戸惑う私を余所に少女はゆっくりとした足取りで、こちらへと近付いてくる。

 身構えようとするが反動のダメージが残る身体は意に反して動かず、王の御前に侍る臣下の如く大地に跪いた格好のまま、彼女の接近を許す結果となった。

 少女はおもむろに私の耳元へと顔を寄せる。

 近い、すごく顔が近い。息遣いはおろか心音さえ聞こえてきそうなほどに。

 そして口を開き、私の耳に舌を這わした。


「ひゃっ!? ななななななななにをッ!?」


 私は生娘のような──……生娘だけど──悲鳴を上げ、跳ね起き、赤面しながら後ずさり、激しく狼狽した姿を晒してしまう。さらに驚きのあまり自然と涙が込み上げてきた。

 果たして目の前の彼女は理解しているのか?


 精霊の声を聞くために発達したと言い伝えられている長い耳は一族の、いや全エルフの種族としての誇り。その為、例え両親兄妹や親しい友人だとして触れることは許されず、唯一触れても構わないのは生涯を誓った伴侶のみとされている。

 そして神聖な耳に舌を這わす行為は、それこそ肉体的な契りにも匹敵するということ。まさしく自分の物だと唾を付ける行為であることを。

 まさかこんな少女に私の初めてが……。

 どうにか動揺を押し殺し、少女を射殺さんばかりに殺気を乗せて睨め付ける。

 だがそれでも彼女は平然と────


「ああ、ごめん。つい嬉しくてね、興奮を抑えきれなかった。私はエルフ(キミ)に出会いたいと思ってたんだよ」


 思わず見惚れてしまう笑顔で微笑んだ。




 この後、私は呪いの如き加護に感謝することになる。

 この無駄に長かった生涯も、私を苦しめ続けた加護も、彼女との出会いを齎すためのモノだったと今では確信している。

 私は、私の魔王を見つけたのだから。

 だから今日も私は猫耳を装着する……ニャ。





     ▼






 魔王城の一角に存在する秘匿区画、その部屋は転移の間と呼ばれていた。

 部屋中に複雑な魔法陣が折り重なるように刻まれ、四隅を巨大なクリスタル状の鉱石──術式の効果を増幅させる魔晶石──が囲う。

 通常の転移には必要のない、それどころ過剰とも言える施設。それこそ万の兵を世界中の好きな場所に送り込むことだって出来てしまうほどに。

 だけどそんな事に使う気はさらさらない。これは彼女の下へ辿り着くための手段なのだから。もっともその気になれば魔法に頼ることなく、単身会いに行けるだけの能力は有しているが、魔法の利便性は捨てがたい。

 歩みを進めながら魔法一つで軍服を着込む。ほら便利だと思いませんか?


 部屋を出る前に身嗜みを調えてから扉に手を掛けた。

 扉の外は現在私が所属する魔導開発局へと繋がっている。

 もちろん安全対策はきちんと講じているので問題は無い。最高位の認識阻害の結界により扉の存在に気付く者は居らず、例え気付いたところで扉に触れれば死に至り、中に入っても死に至る。

 そもそも術式を起動できるのは施術者である私のみとなっているのだけど。


「あ、局長。おはようございます」


「おはようございます、今日も美しいですね」


「はい、おはようございます。出会い頭のお世辞ありがとう」


 廊下ですれ違う部下達と作り笑顔で挨拶を交わす。

 ああ、煩わしい。

 やはり今日は休めば良かったと後悔する。

 出来ることなら常に彼女の傍に居たいのだが、そんな訳にもいかない現実が何とも歯がゆい。


「あれ、局長、何か雰囲気違うと思ったら猫耳なんか生やしてるじゃないですか。それどうしたんですか、一体────」


「おい、馬鹿よせ────」


 部下の一人が好奇の視線を私の頭部に向け、もう一人が慌てた様子で同僚を止めようとする。

 でも時既に遅い。

 パンッと水の入った風船が破裂したかのような音が二回した後、脳漿や臓物、身体の中身全てを撒き散らした魔族二人分だったモノが出来上がる。魔族と言えど中身は他の生物と変わらない。精々側頭部に角を生やし、羽根や尻尾があり、人間よりも多少魔力の扱いに優れる程度。強度もたかが知れている。


「これはディアーナさんの失態なのニャー」


 彼女との触れ合いの象徴たる猫耳を好奇の視線に晒してしまうとは何という不覚。最悪今度は私の手で魔王城を消し飛ばす事態になるところだったが、幸い目撃者二人の処理だけで済んだので良しとしよう。しかし気を引き締めなければ。

 私は猫耳を消し、歩き出す。


 ちなみに私が猫耳エルフという極めて異色な立場となった背景は、彼女がエルフ耳だけに飽きたらず、ケモ耳をモフるのも捨てがたいと述べた事が発端となっている。

 だって犬畜生やメス猫に負けるなんて悔しいではないですか?

 だから私はどちらも楽しめる唯一無二の存在として、確固たる地位を手に入れた。出来れば耳だけでなく尻尾も生やしたかったが、残念ながら未だ術式の完成には至っていない。もちろん完成を諦めるつもりはないが。


 などと思考している間に執務室の前まで辿り着く。執務室の扉にも転移の間と同様の安全対策をとっている。こちらは死に至るほど強力なものではないけれど。

 ロックの魔法で解錠し、執務室の中へと足を進める。

 そのまま執務机へ向かい、椅子に座らせていた私謹製のアイナ様人形(非公認)を抱き抱え、椅子に腰を落とす。

 そしてアイテムボックスからお土産に貰った蜜柑を取り出し、腐ることのないよう入念に固定化の魔法を掛け、机の上に並べていく。

 また一つコレクションが増えたことに嬉しくて、自然と笑みを浮かべてしまう。

 彼女にとっては他者に配って渡せる程たわいもない品々なのだろうが、私にとっては一つ一つが宝石よりも価値のある宝物だった。


 さて、いつまでも眺めていては、態々彼女の下を離れ、ここまで来た意味がない。仕事を片付けるとしよう。

 未だこの世界が彼女の物にならないことが何とも口惜しいけれど、いつ何時彼女が心変わりしても応えられるようにしておかなければならない。

 その為なら面倒な雑務も苦ではない。苦ではないが早く終わらせて彼女の下へと帰ろう。

 しかし残念ながら現実はままならず、執務室を訪れた部下の報告が私のささやかにして最大の望みを打ち砕く。


「ご報告します。本日『魔女』の一人が動きを見せたとのことです」



アイナ「確かにテンプレだけどさ、今更ニコポって……」

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