第9話 自室へお招き
とりあえず、工藤だけを家の中に上げた。外にあんなのがいられたら我が家の評判が落ちかねない。他の大人たちには申し訳ないが、外で待機してもらうという形で話をつけてもらった。
リビングのソファで、秋葉と母さんに事情を説明している工藤の顔を、ちらっと見てみる。
いつもの制服姿ではなく、小綺麗なスーツを着て格式張った装いをしている工藤。ただでさえ整った彼女の容姿も相まって、実年齢よりも遥かに大人びて見えた。
「――というわけで、本日は謝罪に参りました」
どうやら工藤が、あらかたファミレスでの出来事や事情を説明し終えたらしい。彼女の話なんて何一つ頭に入ってこないまま、ただぼーっと聞き流してしまっていた。それほどまでに今の状況は掴めない。
「竹原に頼まれてここに来たってわけか。まぁーなんというか……すんごいの携えて」
母さん達も工藤の話を聞きながらも、チラチラとテーブルに置かれた五つの箱に目をやっている。見るからに高価そうな桐箱。テレビやネットで皇室献上品とか最高級〇〇みたいな大層な紹介をされる時に入っている、まさにあの手のやつだ。
「こ、これの中身ってなんなんですか?」
「左から、鹿児島県産黒牛1kg、特製クラフトコーラ飲み比べセット、プレミアム手焼きワッフル詰め合わせ、静岡産クラウンメロン、特製水羊羹と高級煎茶の詰め合わせでございます」
「あ、開けてみてもよろしいですか……?」
「もちろんでございます」
思わず敬語になっている秋葉が、緊張した手つきで一番左の木箱へと手を伸ばす。
「ヒィ……ッ!」
それは一般家庭では見ることができないような、霜がのった極上のお肉。他のも大層立派で思わず頭の中で金額を値踏みしてしまう。たぶん五つ合わせたら十万いくかいかないか……いや、考えるのはやめよう。
今は俺が冷静でいないといけない。何故なら今にも失神しそうに顔を青くしている母親と、引きつった顔が戻らなくなっている姉貴が横にいるからだ。
「お気に召しませんでしたでしょうか……? それでしたら、申し訳ございません。別のものをすぐ手配いたします」
「違う違う。ありがたいんだけど、二人とも理解が追い付いてないというか……な?」
「なるほどそれなら良かったです」
こちらは全く良くない。どうすんだこれ。どう食べたらいいのかすら分かんねぇよ。
「……ねえ母さん、これやばいよ? このまま返すのも……」
「……ええ。もう少しあの娘に聞きたい話もあるし」
青白い顔のまま、母さんと秋葉がヒソヒソと緊急会議を始めた。覚悟を決めたような顔で頷き合うと、母さんが意を決したように工藤へ向き直る。
「あのね、工藤さん。せっかくこんな凄いものをいただいたんだから……よかったら、今日うちで夕飯食べていかない?」
「え……私が、ですか?」
「うん! 話を聞く限り誰も悪くないみたいだし、それなのにこんな立派なものだけ貰うなんて恐れ多いもの! それにほら、まだちゃんとお茶も出せてないでしょう?」
工藤は一瞬だけ目を見開いた後、顎に手を当てて何かを思案し始めた。そして、おもむろにポケットからスマホを取り出す。
「……一度確認を取らせてください」
スマホを取り出し触り始める様子を後藤家は静かに見守るしかなかった。そして数分後、工藤が静かに頭を下げた。
「申し訳ございません、お待たせいたしました。『ご家族のご意向であれば、ありがたくお受けしなさい』とのご許可を頂きました。ご意向に甘えさせていただきます」
「ほんと!? 良かったー! それじゃあ工藤さん、お肉すき焼きにするからゆっくりしていってね!」
なんか話が二転三転したがどうやら工藤はうちで晩飯を食べるらしい。
母さんはホッとしたように表情を緩めると、秋葉を引き連れて大急ぎでキッチンや玄関へとバタバタ走り出していった。たぶん気まずい空気を察して逃げたな、あの二人。俺に押し付けたともいえる。
もてなしと言ってもやることもないし、このままリビングにいても家の中の空気が重くなるだけだ。俺の部屋に招き入れるというのもどうかと思ったが、まあ相手が工藤なら大丈夫だろう。
「あー……とりあえず、俺の部屋でもいる? ここなんもないし」
「……っ。……わかりました。それではお願いします」
工藤はほんの少し息をのむと、うつむきながら応じてくれた。それなら自室用の準備が必要になる。俺はキッチンに向かい、お菓子とお茶の準備を始める。
そういえば竹原にお礼を言っておかないと。準備をしながら俺は、グループチャットで竹原をメンションして『わざわざありがとう。家族も喜んでた』と一言残しておいた。
◇
昨日たまたま掃除をして綺麗にしておいて本当に良かった。
「じゃあ工藤、入って。別に面白いものがあるわけでもないけど」
「……失礼いたします」
まさに男子高校生の部屋らしく、自分の趣味全開の空間。壁の有孔ボードには好きなバンドのタオルやラバスト。他にもCD特典のポスターを飾ったり、棚には漫画、それにエレキギター。
お世辞にも女子を招き入れられるような部屋ではない。実際、工藤も部屋全体を物色するように隅々まで見渡している。
「狭いし何もないけど、適当に座ってくれ。あ、上着預かるわ。ラックにかけておくな」
「……あ、ありがとうございます。……失礼いたします」
工藤は丁寧な動作でスーツのスカートの裾を整え、床にちょこんと正座した。別にここだから足崩してもいいのに、相変わらず真面目だ。俺はいつも通りベッドに座った。
「後藤様のお部屋……とても落ち着く空間ですね。それにご自身の好きが詰め込まれていて良いなと思います」
「お褒めいただき光栄だよ。……さーってなにすっか」
すき焼きがどれくらい作るのにかかるのかはわからない。それでもいつもの夕食時間を考えると、あと二時間くらいは二人で過ごすことになるわけだ。
「工藤何かしたことある?」
「いえ特には……後藤様は先ほどまで何をされていたのですか?」
「サブスクでアニメ見てた。これ見たことある?」
俺が見ていたのは漫画原作のバトルアニメだ。一番最初は俺が生まれるより前、平成初期に放送された作品なのだが、四年ほど前に最終章がアニメ化したのをきっかけに見始めた奴だ。
「申し訳ございません。存じ上げない作品ですね」
「まじか結構有名だけどな。工藤ってアニメとかそんなに見ない?」
「お嬢様がお好きな作品であれば拝見いたしますね。異世界転生モノですとか、悪役令嬢モノですとか」
「逆に俺そういうの見ないわ」
工藤の口から異世界転生なんてワードが平然と飛び出してくるのが、なんだか妙に可笑しかった。このアニメを知っていればそれを見るでもいいのかなと思ったけど、どうやらダメそうだ。
とりあえず部屋にあるテレビモニターにリモコンを向けてサブスクのページを開く。
「一応いろんな作品観れるけど……なんか気になるやつとかあるか?」
画面に並ぶ作品のサムネイルをスクロールしながら尋ねる。工藤は画面と俺の横顔を交互に交互に見つめ、少しだけ思案するように首を傾げた。
「後藤様が先ほど観ていらっしゃった作品が気になります」
「えっ、あれ途中から見ても分かんないから、一番最初から見るか? ちょっと古い絵柄だけど大丈夫?」
「はい。問題ありません」
「オッケー。じゃあこっちきて」
そう言って、俺は隣を叩いた。この部屋のレイアウトは、俺がダラダラ過ごすために最適化されている。テレビ台の位置も、ベッドで一番見やすい最適解の場所にセットしてある。床に正座したままだとテレビも見づらいだろうし、首も疲れるだろう。
「……後藤様。……よろしいのですか?」
「ん? あー、まあ床に座らせとくのも悪いしな。気にせず腰かけてくれ」
「……失礼いたします」
「これクッション好きに使っていいから」
俺が普段使っているクッションを手渡すと、工藤はそれを両手で大事そうに受け取り、ギュッと胸元に抱きしめた。




