第8話 竹取姫
ファミレスを奢って、俺と工藤達の関係は終わりを告げた。終わりというか、これ以上特別に関わる機会なんてもうないのだろう。
元々クラスも違えば、所属しているコミュニティも違う。強いて言えば数学のクラス分けくらいか。来年もし同じクラスにでもなれば会話くらいはあるかもしれないが、それまでに彼女達が俺のことなんて覚えているかも怪しいもの。
だからこれ以上彼女達と仲良くなることなんてない。
――なんてことをあの放課後の帰り道までは思っていた。
竹原お嬢様のファミレス初体験会から、一週間後の学校。
「今日の昼もどうするよ? いつも通り原田達がバスケしないかって誘ってきてるけど」
「ちょうどグルチャに来てんな。まあ今日も」
「……パスだな。食堂行こうぜ」
友人の柴田とそんな話をしながら教室を後にした。うちの学校は比較的自由な校風なので、昼になると校庭・体育館が解放される。俺達もそれにあやかり昼時は決まって、なにかスポーツをしていた。サッカーにバスケ、バレーやテニス色々しながら昼休みを満喫していた。
二年に上がってクラスがバラバラになってからは、その集まる頻度もすっかり減っていたが。まあ、俺たちが最近体育館に行かない理由は、それ以外にもうひとつあるけど。
「柴田がいる限りみんなでバレーはできないな」
「あのクソ女がいるから……! 三年なんだから受験勉強してろっつう話だろ!」
それは柴田の人間関係的なトラブルのごたごた。柴田の元カノは三年の先輩。その先輩も俺たちと同じように昼休みは体育館で汗を流すタイプらしく、行けばどうしても鉢合わせてしまう。
別れた理由もなかなか訳ありで、噂によれば彼女側の愛が重すぎたからだとか。それ以上深い事情は、恋愛経験のない俺では聞くこともなかった。
「あーあ、早く梅雨明けねぇかな! そしたらグラウンドでサッカーできんのに」
「それな……今日の湿気、不快指数高すぎるだろ」
そんなくだらない雑談をしながら食堂に到着した。相変わらずごった返す人混みをかき分け、入口付近まで伸びた食券機の列の最後尾につく。
この利用人数に対して圧倒的に席数が足りないため、学校側が教室で昼食をとってもいいという救済措置を出しているほど、うちの食堂は混雑している。並んで受け取りに最低でも十分はかかりそうだなと覚悟をしていると、柴田が俺の肩を強めに叩いてきた。
「どしたー?」
「やっぱり今日もいるよ、竹取姫」
「はぁ? 竹取姫? なんそれ」
柴田が指差す方には、この人混みの中でもわかりやすく目立つ二人の少女。竹原輝来と工藤明日香の姿があった。食堂前でキョロキョロとあたりを見渡すと、俺達の列の最後尾に並び始めた。
「……竹原のことかよ。なんで竹取姫?」
「体育祭の時周りからの指名を無理難題で断ったじゃん」
「スクワット一万回やれるんなら行ってあげてもいい、みたいなことそういえば言ってたな」
「そうそう。それが竹取物語で、かぐや姫が求婚してくる貴公子達に難題を突きつけるやつにそっくりだろ? 名前も竹原だし。だから一年達が名付けてそれが定着したらしい」
「理解した」
高校生のつけるあだ名なんて基本滅茶苦茶だ。それでも彼女を竹取姫と呼び始めた奴のセンスには脱帽する。前に流行った映画になぞらえてかぐや姫と安直なあだ名をつけないのも逆にいいな。
「なんか竹原が食堂いるの最近見るよな。お嬢様だからキャビア・フォアグラ・トリュフみたいなのしか食べないと思ってた」
「お前の金持ちの解像度低すぎだろ。でも確かに、前食堂になんかいなかったよな。いつから?」
「一週間くらい前じゃね? 体育祭の後くらいから」
確かにそれくらい。何ならあのファミレスに一緒に行った次の日くらいから見るようになった気がする。
「春はあの後、工藤と話したりした?」
「……まったく。あの場だけの関係」
「だろうな。あの美人は竹原にしか興味ないし、お前も音楽にしか興味ないから進展もく
そもないか」
「わかってんじゃん。そういうことよ」
なんて笑い話で誤魔化しているが、全然話している。何なら今もグループチャットで……
〈竹原:後藤さん。本日は何を注文する予定?〉
〈春道:チキン竜田丼〉
〈竹原:昨日も食べておりませんでした?〉
〈春道:育ち盛りの男は栄養なんて気にしないんだよ〉
こんなやりとりが繰り広げられている。
何故か知らないが、竹原はこういったメッセージを結構な頻度で送ってくる。別にこれが煩わしいとは思わない。他の男友達に送るのもこんな適当な内容だし、何ならもっと生産性がない下世話な物ばかり。
それでもほぼ毎日この頻度の連絡は驚いたりもする。対して工藤の返事は業務的なもの。
〈竹原:よくないですよ。工藤もそう思うでしょ?〉
〈工藤:はい〉
こんな感じで工藤との間にはまだ距離があった。
それでもこんなやりとりをするような、仲にはなるとは思っていなかった。
◇
学校が終わってすることなんてたいしてない。今日はバイトもないので家へ直帰。家ですることと言えば、サブスクでアニメやドラマを見るくらいのことだ。
そうして今日もリビングのソファでだらだらとスマホを眺めていると、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。
「ごめん! 母さん今手が離せないから秋葉か春道で出て!」
キッチンから俺と姉貴を呼ぶ声が聞こえてくるが、俺はスマホを見るのを止めない。
「私も今スマホ見るので忙しいから、春出なよ」
「俺だってスマホ見てんだから、秋葉が出ろよ」
「はぁー? 姉の言うことは絶対でしょ」
「その姉がもっと優しくて弟思いだったら出てたかもねー」
往生際の悪い俺達のやり取りを見かねて母さんの声が飛んでくる。
「どっちでもいいからさっさと出なさい!」
「だってよー春ー」
「……ヘイヘイ。わかりやしたよお姉様ー」
どうしてこうも姉という生物は、家庭内で無駄に強い権力を持っているのだろうか。結局、押し付けられるのはいつも俺だ。ため息をつきながら渋々ソファから立ち上がり、重い足取りで玄関へと向かった。
この時間だしどうせ宅配。姉が服を頼んだか、父親のゴルフ用品とかどうせその類いだろう。変な勧誘とかならガチャ切りすればいい。だるそうにドアノブを回し、ろくに顔も見ずに玄関のドアを開け放った。
「はいはい、どなたですかー……」
「突然のお邪魔、失礼いたします。後藤様」
「……はぁ?」
玄関前に立っていたのは、工藤だった。しかも後ろにはこの前コインパーキングで会った強面の大人達が控えている。
急に学校終わりに家に来てどういうことだ。そんな連絡されてないし、なんなら俺は工藤に家も教えてない。
話が見えない状況に俺は瞬きすることしかできなかった。




